初めに断わっておくが、僕は『新約聖書』を正当に評価
するつもりはない。むしろその思想を悪用する国際テロ組
織の壊滅のために著者である聖パウロの精神分析を通して
大衆にこの本の有害性を知らしめ、全世界的に廃棄される
ことを目的としている。
結論を先に言えば、これは著者パウロの「関白宣言」あ
るいは愚痴日記のように思われる。前半の物語部分はとも
かく、兄弟たちに「つぶやくな」と教えながら自身はひた
すら愚痴を垂れ流しており、とても神の霊感を受けて書か
れたものとは考えられないからである。しかも彼はキリス
ト教徒でない人に対しても神の同労者(fellow worker)たる
自分を敬え、崇めろ、服従しろと繰り返し要求している。
ただし個人主義が発達し、割れ窓理論が良くも悪くも人
々の良心や分別に悪影響を与えている現代社会においては
これに共感する者が少なくないであろう。だからこそ有害
図書に指定する必要があると考えるのである。
最初に気になったのは「ローマ人への手紙」第五章の八
「しかし、まだ罪人であった時、わたしたちのためにキリ
ストが死んでくださったことによって、神はわたしたちに
対する愛を示されたのである」(P.455)という記述。
*13:55 12/23 ヘリが威嚇飛行。
さらに十二で「このようなわけで、一人の人(アダム)に
よって罪がこの世に入り、また罪によって死が入ってきた
ように、こうしてすべての人が罪(イエスと敵対)を犯した
ので死が全人類に入り込んだのである」と定義し、十八と
十九で「一人の義なる行為によって命を得させる義(天国
の住人となる権利)がすべての人に及び、一人の従順によ
って多くの人が義人とされる」と解釈する。これを読んで
僕は集団ストーカーの教義に応用できるのではないかと考
えた。すなわち一人の正直者を集団で追い込んでイエスの
ような清貧かつ孤独な生活を送らせたうえで処刑すればあ
るいは自殺させれば彼らの組織のメンバーたちは神に愛さ
れて義人になれる、すなわち天国に入れると考えているの
ではないかと。そして彼らは「アダムと同じ罪を犯さなか
った者」という扱いで「律法が無ければ罪は罪として認め
られない」(十三)ゆえに信仰による行いと自称しているの
であろう。
しかも第三章の五で詭弁を弄してちゃっかり咎めの保険
をかけている。「もし私たちの不義が神の義を明らかにす
るとしたら何と言うべきか。怒りを下す神は不義であると
いうのか。断じてそうではない。もしそうであったら神は
この世をどう裁かれるだろうか」。
七「しかしもし神の真実がわたしの偽りにより一層明ら
かにされて神の栄光となるなら、どうしてわたしはなおも
罪人として裁かれるのだろうか。」――そしてまた八で保
険。彼らが詭弁を弄して神に挑み、「善を来たらせる
(good mays result)ために悪を勧めている」と非難する者
を有罪にすべきだと言っている。そして勝ち誇ったように
言う、「不法を許され、罪をおおわれた人たちは幸いであ
る。罪を主に認められない人は幸いである」(第四章の七、
八)と。集団ストーカーをマスコミが報じず、警察が捜査せ
ず、国会議員が国会で議論しないのはこの教えに習ってい
るためである。
今や彼ら自身が忌まわしい偶像崇拝者である。「彼らは
神を知っていながら崇めず、感謝せず、愚かにも不朽の神
の栄光を変えて朽ちる人間や鳥や獣や這うものの像に似せ、
神の真理を変えて虚偽とし、創造者の代わりに被造物を拝
み、これに仕えたのである。(ハロウィン、クリスマス、ミ
ッキーマウス)」
「ゆえに神は彼らが心の欲情にかられ、自分の体を互い
に辱めて汚すままに任せられた。すなわち彼らの中の女は
自然な関係を不自然なものに変え、男もまた男色に身を染
めて乱交に浸った」。=神を説き伏せたので欲望のままに
乱痴気騒ぎに浸った。
そうして彼らは「あらゆる不義と悪と貪欲と悪意にあふ
れ、妬みと殺意と争いと詐欺と悪念に満ち、またざん言す
る者、そしる者(国会における野次)、神を憎む者、不遜な
者、高慢な者、大言壮語する者、悪事をたくらむ者、親に
逆らう者となり、無知、不誠実、無情、無慈悲な者となっ
た」。さらに「彼らはこうした事を行う者どもが死に値す
るという神の定めをよく知りながら、自らそれを行うばか
りでなくそれを行う者どもを是認さえしている」。
(第一章の二十一から三十一、P.445~446)
「すべてのことは私に許されている。しかしすべてのこ
とが益になるわけではない。すべてのことは私に許されて
いる。しかし私は何ものにも支配されることはない」
(コリント人への第一の手紙 第六章の十二)
「私はすべての人に対して自由であるが、できるだけ多
くの人を得るために自ら進んですべての人の奴隷になった。
ユダヤ人にはユダヤ人のようになった。ユダヤ人を得るた
めである。同様に律法の下にある人には律法の下にある人
のようになり、律法のない人には律法のない人のようにな
った。さらに弱い人には弱い者になり、すべての人に対し
てはすべての人のようになった。何とかして幾人か(5%の
共感者)を救うためである」。(コリント人への第一の手紙
第九章の十九から二十二)
「福音のために私はどんな事でもする。私も共に福音に
あずかるためである」。(第九章の二十三)
そして著者パウロ(たち)と集スト実行犯およびQアノン
メンバーのパーソナリティーの共通点を解析。これを見る
とこの本を愚痴日記と評価する根拠がお分かりになるだろ
う。
さて、「あなた方の間にいて面と向かってはおとなしい
が、離れていると気が強くなる」このパウロがキリストの
優しさ、寛大さをもってあなた方に勧める。
「たとい弁舌は拙くても知識はそうではない」コリント人への第二の手紙第十章の一第十一章の六「
金持ちへの恨み言「世の富を持っていながら兄弟が困っ
ているのを見て憐みの心を閉じる者にはどうして神の愛が
彼の内にあろうか。子たちよ、わたしたちは言葉や口先だ
けで愛するのではなく、行いと真実をもって愛し合おうで
はないか」
「それによってわたしたちが真理から出たものであるこ
とがわかる。そして神の御前に心を安んじていよう。なぜ
ならたとい私たちの心に責められるようなことがあっても
神はわたしたちの心よりも大いなる方であってすべてをご
存じだからである」――私はニートだが、その心の葛藤を
神は理解してくださる。
「愛する者たちよ、もし心に責められるようなことが無
ければわたしたちは神に対して確信を持つことができる。
そして願い求めるものは何でもいただけるのである。それ
はわたしたちが神の戒めを守り、御心にかなうことを行っ
ているからである」――たかりを?
(ヨハネの第一の手紙3-17~22, P.708~709)
恐喝「憐れみを行わなかった者に対しては仮借のない裁
きが下される。憐れみは裁きに打ち勝つ。
わたしの兄弟たちよ、ある人が自分には信仰があると称
していても、もし行いがなかったら何の役に立つか。その
信仰は彼を救うことができるか。――ああ愚かな人よ、行
いを伴わない信仰の空しいことを知りたいのか」
(ヤコブの手紙2-13,14,20)
恐喝2「だからあなた方はこのパンを食し、この杯を飲む
たびに神に感謝すべきである。主の体を弁えないで飲み食
いする者はその飲み食いによって自分に裁きを招く。あな
た方の中に弱い者や病人が大勢おり、また眠っている者も
少なくないのはそのためである」――俺様にパンを分け与
えないからだ。(コリント人への第一の手紙11-25~30 P.511)
「あなた方はすでに満腹しているのだ。すでに富み栄え
ているのだ。わたしたちを差し置いて王になっているのだ。
対して神は私たち使徒を死刑囚のように引き出し、全世界
の見世物にされた。わたしたちはキリストのゆえに愚かな
者となり、あなた方はキリストにあって賢い者となってい
る。わたしたちは弱いがあなた方は強い。あなた方は尊ば
れ、私たちは卑しめられている。今の今までわたしたちは
飢え、乾き、裸にされ、打たれ、宿無しであり、苦労して
自分の手で働いている。辱められては祝福し、迫害されて
は耐え忍び、罵られては優しい言葉をかけている。わたし
たちは今に至るまでこの世のチリのように、人間の屑のよ
うにされている」。(コリント人への第一の手紙5-8~13)
・・・先に自ら進んですべての人の奴隷になったと言い
ながらこの愚痴。ここでいう「あなた方」とは彼の十八番
を奪って名誉と金を集める外交的な人のことであり、彼ら
が「偽預言者」とか「偽使徒」と呼ぶ人たちのことである。
また彼らの言う仕事とはスポンサー集めと競争相手の排除
であり、やくざと相違ない。彼は社会不適合者であり、自
閉症かつ重度のナルシストである。それゆえ病的な承認欲
求から誰にでも迎合し、いじめられても拒絶されてもそれ
を抑圧して怒りや憎しみとは逆の態度を表してしまう。そ
のくせ腐敗した世の中を作っている張本人である権力者に
はよく従えと言う。これは彼のプライドを支えているもの
が神をはじめとする絶対の権威者であるからであるが、一
方で金持ちを非難する。――我々のイメージでは金持ちと
権力者は同一であるのに――。これは彼の中に貧乏に対す
る復讐心があるからに他ならない。金が無いから自由にな
れない、金が無いから人に軽蔑される、金が無いから仲間
外れにされても堂々と立っていられない。金が無いから固
い意志を貫けない。そのため彼は頭の中に神の社を築いて
二十四人の長老や七つの神の霊や四つの生物や十万の軍勢
を配備し、自分にしか読めない秘密の巻物さえ作り出すこ
とにした。それなのに、要領のいい人は彼の妄想をことも
なく実現してしまう。それが許せない。彼は本にもその憤
りを吐露している。
「しかしあなたに対して責むべきことがある。あなたは
あのイゼベルという女をそのなすがままにさせている。こ
の女は女預言者と自称し、私のしもべたちを教え、惑わし
て不品行をさせ偶像に捧げたものを食べさせている。私は
この女に悔い改める時間を与えたが、悔い改めてその不品
行をやめようとはしない。
見よ、わたしはこの女を病床に投げ入れる。この女と姦
淫する者をも悔い改めて彼女の技から離れなければ大きな
患難の中に投げ入れる。またこの女の子供たちをも打ち殺
そう。こうしてすべての教会はわたしが人の心の奥底まで
も探り知る者であることを知るだろう。そしてわたしはあ
なた方一人一人の技に応じて報いよう」
(ヨハネの黙示録2-20~23、P.726~727)
この本の中で「コリント人への手紙」が一番狂っている
と思われたが、ラストに向けて再び狂気を抑えられなくな
る。
「あなたは自分は富んでいる、豊かになった、何の不自
由もないと言っているが、実はあなた自身がみじめな者、
哀れむべき者、貧しい者、目の見えない者、裸な者である
ことに気づいていない。そこであなたに勧める。富む者と
なるためにわたしから火で精錬された金を買い、またあな
たの裸の恥をさらさないため身に着けるように白い衣(勝
者の徴)を買いなさい。また見えるようになるために目に
塗る目薬を買いなさい」――やくざの押し売り。資本主義、
貧乏への復讐。金持ちへの妬み、ひがみ。
「すべてわたしの愛している者をわたしは叱ったり懲
らしめたりする。だから熱心になって悔い改めなさい。
見よ、わたしは戸の外に立って叩いている。誰でもわた
しの声を聞いて戸を開けるならわたしはその中に入って彼
と食を共にし、彼もまたわたしと食を共にするであろう。
勝利を得る者にはわたしと共にわたしの座につかせよう。
それはちょうどわたしが勝利を得てわたしの父と共にその
御座についたのと同様である」――飯を恵んでくれたら勝
利をあげよう。私の世界の中であなたは巻物を読むことを
許される地位を得るだろう。
(ここまで「ヨハネの黙示録」3-17~21, P.729~730)
「ただわたしは手紙であなた方を脅しているとは思わ
れたくない」――嘘付け!(コリント人への第二の手紙
10-9 P.545)
寄付行為の正当化「種まく人に種と食べるためのパンを
備えて下さる方はあなた方にも種を備え、それを殖やし、
そしてあなた方の義の実を殖やして下さるのである。こう
してあなた方はすべてのことに豊かになって惜しみなく施
し、その施しは私たちの手によって行われ神に感謝するに
至るのである。なぜならこの援助の働きは聖徒たちの欠乏
を補うばかりでなく神に対する多くの感謝によってますま
す豊かになるからである。すなわちこの援助のゆえにあな
た方がキリストの福音の告白に対して従順であることがわ
かり、そしてこの援助のゆえにわたしたちもまたあなた方
をしたい、あなた方のために祈るのである」
(コリント人への第二の手紙9-10~14)
――下々民は種をまき、私たちがそれを食う。それが神
が最も喜ばれることであり、その働きは私たちの方から間
違いなく神に伝えてあげよう。
自閉症の嘆き「不貞の輩よ、世を友とするのは神への敵
対であることを知らないのか。おおよそ世の友となろうと
思う者は自らを神の敵とするのである」(ヤコブの手紙4-4
P.680)
「あなた方はこの世と妥協してはならない。むしろ心を
新たにすることによって造り替えられ、何が神の御旨(み
むね)であるか、何が善であって神に喜ばれ、かつ全きこ
とであるかを弁え知るべきである」
(ローマ人への手紙12-2, P.474)
Q隊員および集スト実行犯たちへの教え
「絶えず祈りと願いをし、どんな時でも御霊によって祈
り、すべての聖徒に祈り続けるために常に目を覚ましてい
なさい。ついでにわたしのためにも祈ってほしい」
(エペソ人への手紙6-18~20)
獄中からの励まし「私が獄に捕らわれているのはキリス
トのためであることが兵営全体にもその他のすべての人々
にも明らかになり、そして兄弟たちの多くは私の入獄によ
って主にある確信を得、恐れることなくますます勇敢に神
の言(ことば)を語るようになった」。――世間を恐れて引
きこもってるだけだろう。
「一方では妬みや闘争心からキリストを宣べ伝える者が
おり、他方では善意からそうする者がいる。後者はわたし
が福音を弁明するために立てられていることを知り、愛の
心でキリストを伝え、前者は私の入獄の苦しみにさらに患
難を加えようと思って純真な心からでなく党派心からそう
している。するとどうなのか。見栄からであるにしても真
実からであるにしても、要するに伝えられているのはキリ
ストなのだからわたしはそれを喜んでいるし、また喜ぶだ
ろう」
だから「各々自分のことばかりでなく他人のことも考え
なさい」(ピリピ人への手紙1-13~18, 2-4)
――これは過激派と穏健派また異論を唱える者に対する
戒めであろうか。
「キリストの内には知恵と知識の宝がいっさい隠されて
いる。わたしがこう言うのはあなた方が誰にも巧みな言葉
で迷わされることのないためである。あなたは空しい騙し
事の哲学で人のとりこにされないように気を付けなさい。
それはキリストに従わず世のもろもろの霊力に従う人間の
言い伝えに基づくものに過ぎない」
(コロサイ人への手紙2-3, 8)
「この世の知恵は神の前では愚かなものだ。【神は知者
たちをその悪知恵によって捕える】と書いてあり、さらに
また【主は知者たちの論議の空しいことをご存じである】
と書いてある。だから誰も人間を誇ってはならない。すべ
てはあなた方のものなのである。パウロも、アポロも、ケ
パも、世界も、生も、死も、現在のものも、将来のものも、
ことごとくあなた方のものである」
「そしてあなた方はキリストのもの、キリストは神のも
のである」。そして「このようなわけだから人はわたした
ちをキリストに仕える者、神の奥義を管理している者と見
るがよい」(コリント人への第一の手紙3-19~23, 4-1)
「わたしたちは神から出た者であり、全世界は悪しき者
の配下であることを知っている」(ヨハネの第一の手紙5-19)
「わたしたちは神の同労者である。あなた方は神の畑で
あり、神の建物である」
「そこであなた方に勧める。わたしに倣う者となりなさ
い」(コリント人への第一の手紙5-16)
・・・つまりボスは私だと言いたい。世間が哲学を排除
した原因はこれか。しかし彼はキリスト教徒や兵士たちに
向けて手紙を書いているはずなのになぜ世間一般に命令す
るのか?結婚するなとか。若いやもめは速やかに結婚させ
ろとか。主の日には地球滅亡とともに道連れになれとか。
自分の信念に従って生き、個人的に神と交信すればいいの
に自殺する勇気が無いので自殺志願者で集まってカルト教
団に特有の集団自殺を企画し、それでも死にきれないから、
自分だけ降りたら逃げたと思われるからと「義人」も「神
から生まれた者」もいる世間を悪に仕立て上げてみんなを
道連れにしようとする。自分だけ天国へ行けると妄想する。
自分は人生を放棄して他人の人生にケチをつけ、限定し、
嘲り、自分だけが神と交信できると自慢し、また自分が健
全な人間関係を築けないからといって結婚や家庭生活を否
定し、同志たちの恋愛さえ禁止してほだされるなとか自分
を裏切るなとか怠けるなというメッセージを送る、そんな
醜い魂の持ち主が絶え間ない復讐の実行によって天国に行
けると信じている。・・・正味の話、彼らの個人的な葛藤
は他人には一切関係ない。おそらく信者同志もうわべだけ
共感して復讐の矛先を勧めるだけだろう。四の五の言わず
に世間に出て働け。死にたければさっさと死ね。(どうせ
冥界から入国を拒否されている状態だから浮遊霊になるだ
けだが。だから殺されることにこだわる。強制成仏をもく
ろむ。エクソシストや霊媒師の所へ行けばいいよ。どんな
仕組みか知らないけど)
Q隊員(ネット左翼)のためのマニュアル「もし異言を語
る者があれば二人か、多くて三人が順々に語り、そして一
人がそれを解くべきである。もし解く者がいない時には教
会(その場)では黙っていて自分に対しまた神に対して(ある
いはDMで)語っているべきである。
預言をする者の場合にも二人か三人かが語り、他の者は
それを吟味すべきである」
(コリント人への第一の手紙14-27~29)
暴力団のスローガン「兄弟たちよ、あなた方にお勧めす
る。怠惰な者を戒め、小心な者を励まし、弱い者を助け、
全ての人に寛容でありなさい。そしていつも喜んでいなさ
い。絶えず祈りなさい。すべてのことについて感謝しなさ
い(それでもあなた方はなお娑婆に留まっているのだから)。
これがキリスト・イエスにあって神があなた方に求めてお
られることである。御霊を消してはいけない。預言を軽ん
じてはならない」(テサロニケ人への第一の手紙5-14~20
P.610)
ストーカー保護「あなた方のうち誰も人殺し、盗人、悪
を行う者あるいは他人に干渉する者として苦しみに遭うこ
とのないようにしなさい。ただしクリスチャンとして苦し
みを受けるのであれば恥じることはない。かえってこの名
において神を崇めなさい」――それはイエスに似せた正直
者の死によって贖われるのだから。
(ペテロの第一の手紙4-12,13, 15,16, P.693~694)
集団自殺の勧めと心得「万物の終わりが近づいている。
だから心を確かにし、身を慎んで努めて祈りなさい。愛す
る者たちよ、あなた方を試みるために降りかかってくる火
のような試練(人工災害またはトカゲのしっぽ切り)を何か
思いがけないことが起こったかのように驚き怪しむことな
く、むしろキリストの苦しみに与れば与るほど喜ぶがよい。
それはキリストの栄光が現れる際に喜びにあふれるためで
ある」(ペテロの第一の手紙4-7,12,13 P.693)
「すなわち彼らはこのことを認めようとしない。古い昔
に天が存在し、地は神の言によって水が基になり、また水
によって成ったのであるがその時の世界は御言(みことば)
により水でおおわれて滅んでしまった。しかし今の天と地
は同じ御言によって保存され、不信仰な人々が裁かれ、滅
ぼされるべき日に火で焼かれる時までそのまま保たれてい
るのである。愛する者たちよ、この一事を忘れてはいけな
い。主の日は盗人のように襲ってくる。その日には天は大
音響を立てて消え去り、天体は焼け崩れ、地とその上に造
り出されたものもみな焼き尽くされるであろう。
このようにこれらはみな崩れ落ちていくものであるから
神の日の到来を熱心に待ち望んでいるあなた方は極力清く
信心深い行いをしていなければならない。わたしたちは神
の約束に従って義の住む新しい天と新しい地を待ち望む者
であるのだから」――そこへは冥界から入国を拒絶され、
人殺しの秘密ときずなで結ばれた5%の悪党が入ることを許
され、インターネットカフェのような鉄格子のない監獄で
コンピューターを通してのみつながる電脳世界であろう。
子も気の合った二人の思考を搭載したアンドロイドを作る
に違いない。すなわち自らがAI化する。そこには確かに煩
わしい人生も労働も愛も人間関係も病も空腹もないだろう。
容姿で悩む必要もない。ゲーム感覚で好きな時に他人に干
渉し、自慢していればいい。気に入らない奴をデリートす
る時も一層手間とリスクを減らせる。そもそも完全に遮断
することができる。孤独になってなお自分を誇っていられ
る。裸の王様でいられる。ただし彼らは一層絶望を抱える
ことになるだろうし、そこから抜け出す手段を完全に失う
だろう。そうなれば消滅するしかない。結局今も未来も同
じ問題に悩まされる。
愚か者よ、逃げ切れないことを悟れ。そしてあなたの人
生を清算せよ。
(ペテロの第二の手紙3-5~13 P.701~702)
支配者への恭順(政教一致の勧め)
「あなたは彼らに勧めて支配者および権威のある者に服し、
これに従い、いつでも良いわざをする用意があり、誰をも
そしらず争わず寛容であってすべての人に対してどこまで
も柔和な態度を示すべきことを思い出させなさい」
そして「愚かな議論と系図と争いと律法についての論争
を避けなさい。それらは無益かつ空虚な事である」
「あなたがたはすべて人の立てた制度に主のゆえに従い
なさい。主権者たる王であろうと王から遣わされた長官で
あろうとこれに従いなさい。そしてすべての者を敬い、兄
弟たちを愛し、神を畏れ、王を尊びなさい。しもべたる者
よ、心からのおそれをもって主人に仕えなさい。善良で寛
容な主人だけでなく気難しい主人にもそうしなさい」
(ペテロの第一の手紙2-13, P.689)
「世々の支配者、不朽にして見えざる唯一の神に世々限
りなく誉れと栄光とがあるように。アァメン」
(テモテへの第一の手紙1-17)
「各自はそれぞれの順序に従わなければならない。最初
はキリスト、次に主の来臨に際してキリストに属する者た
ち、それから終末となってキリストはすべての王たち、す
べての権威と権力を打ち滅ぼして国を父なる神に渡される
のである。なぜならキリストはあらゆる敵をその足元に置
く時まで支配を続けることになっているからである。そし
て最後の敵として滅ぼされるのが死である」――権力者と
はグルだから統合するだけでよい。
(コリント人への第一の手紙15-23~26)
そして極めつけは「マタイによる福音書22-42」(P.66)。
その内容はイエスが祭司長やパリサイ人を風刺するために
たとえ話をして彼らをやっつけた場面で、イエスは「もし
ブドウ園の主人が管理を任せた農夫たちにブドウ園を乗っ
取られた挙句、収穫の分け前を受け取るために送ったしも
べのみならず彼の息子さえことごとく打ち殺されたとした
らこの主人はどうするか」と問い、祭司長やパリサイ人た
ちは悪人たちを罰して別の農夫にブドウ園を貸し与えるべ
きと答えた。
それに対してイエスは、「大工が捨てた石が家の隅のか
しら石になったのは主がなされたことだ」と説き、国もま
たふさわしい実を結ぶような異邦人に与えられるだろうと
説いた。正にユダヤの日本侵略を励ますかのような内容で
ある。
裏切り防止「しかし民の間に偽預言者が起こったことが
あるが、それと同じくあなた方の間にも偽教師が現れるで
あろう。彼らは滅びに至らせる異端をひそかに持ち込み、
自分たちを贖ってくださった主を否定して速やかな滅亡を
自分の身に招いている。(それはあんただ)
また大勢の人が彼の放縦を見習い、そのために真理の道
がそしりを受けるに至るのである。(哲学の否定)
彼らは貪欲のために甘言をもってあなた方を欺き、利を
むさぼるであろう。彼らに対する裁きは昔から猶予なく行
われ、彼らの滅亡も滞ることが無い」(ペテロの第二の手
紙2-1~3, P.698)
「ユダヤ人の作り話や真理からそれていった人々の定め
などに気を取られることが無いようにさせなさい」
(テトスへの手紙1-14, P.636)
「あなた方は地上でおごり暮らし、快楽にふけり、”ほ
ふらるる日”のために己が心を肥やしている。そして義人
を罪に定め、これを殺した。しかも彼はあなた方に抵抗し
ない」(ヤコブの手紙5-5,6, P.682)
聖書の批判者に対する戒め「聖書の預言はすべて自分勝
手に解釈すべきでないことをまず第一に知るべきである。
なぜなら預言は決して人間の意志から出たものではなく、
人々が聖霊に感じ、神によって語ったものであるからで
ある」――嘘付け!(ペテロの第二の手紙1-20,21)
ブーメランアタック
「不正を行う者は自分の行った不正に対して報いを受け
るであろう。それには差別扱いはない」(コロサイ人への
手紙3-25 P.599)
「罪を犯した者に対しては他の人々も恐れを抱くに至る
ために全ての人の前でその罪をとがめるべきである」
(テモテへの第一の手紙5-20)
「あなた方を迫害する者を祝福しなさい。祝福して呪っ
てはいけない。誰に対しても悪をもって悪に報いず、全て
の人に善を図りなさい。そしてできる限りすべての人と平
和に過ごしなさい」
「愛する者たちよ、自分で復讐しないで神の怒りに任せ
なさい。なぜなら【主は言われる、復讐は私のすることで
ある。私自身が報復する】と書いてあるから。
またこうも書いてある、【もしあなたの敵が飢えるなら
彼に食わせ、乾くなら彼に飲ませなさい。そうすることに
よってあなたは彼の頭に燃え盛る炭火を積むことになるの
である】。悪に負けてはならない。むしろ善をもって悪に
勝ちなさい」(ローマ人への手紙13-14, 17~21 P.475)
*13:24 12/24 破戒してPCを攻撃。
「悪魔に機会を与えてはいけない」(エペソ人への手紙
4-27P.576)
「私はあなた方の所にいたときに【働こうとしない者は
食べることをしてはならない】と命じておいた。ところが、
聞く所によるとあなた方のうちのある者は怠惰な生活を送
り、働かないでただいたずらに動き回っているとのことで
ある。こうした人々に対しては静かに働いて自分で得たパ
ンを食べるように主イエス・キリストによって命じまた勧
める。さらに主イエス・キリストの名によってあなた方に
命じる。怠惰な生活をして私たちから受けた言伝てに従わ
ないすべての兄弟たちから遠ざかりなさい」
(テサロニケ人への第二の手紙3-10~12, 6)
「それとも正しくない者が神の国を継ぐことはないのを
知らないのか。間違ってはいけない。不品行な者、偶像を
礼拝する者、姦淫をする者、男娼となる者、男色をする者、
盗む者、貪欲な者、酒に酔う者、そしる者、略奪する者は
いずれも神の国を継ぐことはないのである」
(コリント人への第一の手紙6-9~10)
「富むことを願い求める者は誘惑と罠に陥り、また人を
滅びと破戒ら沈ませる。無分別な恐ろしいさまざまの情欲
に陥るのである」
「金銭を愛することはすべての悪の根である。ある人々
は欲張って金銭を求めたために信仰から迷い出て多くの悲
しみと後悔で自分自身を刺し通した」
(テモテへの第一の手紙6-9,10)
「あなたは年が若いために人に軽んじられてはならない」
(テモテへの第一の手紙4-12 P.621)
・・・こういう次第であるから、キリスト教会は責任を
もってこれを廃棄するか新しく書き直すべきである。さら
にこれを悪意を持って解釈する国際テロ組織を全世界が一
致して速やかに壊滅するべきことを要求する。僕も日本社
会に江戸時代にさかのぼってキリスト教の布教を禁止する
ことを声高に叫ぼう。

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