まとめてつぶやき887 一文惜しみの百失い

まとめてつぶやき

一文惜しみの百失い

10:01 10/5 レポート作成と買い物のために出かける。

10:23,:26 嘘つきポリ公が2台で示威行動。

10:41 ポイント着。米パウロが早速威嚇飛行。2回。

10:49,11:09,:20,13:11,:19,:27,:34,:47,14:17,:35,:46,:50,15:12,:20,:46 地上からの支援ができない場所のためヘリがあせって取り付く。そしてまた独りよがりに暴れている。それを摘発された後の人生をイメージできないからしつこく同じことを繰り返しているのである。この気違いを誰が止めるのか?

11:24 軽トラ接近、一般車両立ち入り禁止の場所に。

11:20~ 情報検索を終えてレポートを書き始める。→16:30 買い物のために中断。

10/6 9:53 レポート作成に出かける。

9:57, 10:02 ポリ公とポリヘリが取り付く。僕の影響力が上がった証拠か?

10:55~11:03,11:17:36,:44 この日もヘリが仕事もせずに人のスマホを覗いている。

10:30,12:00 戦闘機も合流。

13:40 やっと書き上げることが出来た。今週のレポートは難しすぎた。

金曜ロードショー『インディージョーンズ/最後の聖戦』のシナリオ構成は唯物論の限界を示している。つまり宝でも玉座でも不老不死の願いでもがむしゃらに追い求めて最後の最後で諦めることがキリスト教徒にとっての悟りなのである。だから諦めるまでの過程では破壊や殺人を含めあらゆる種類の快楽が肯定される。個人主義もナルシシズムも権力闘争も拝金主義も(不老不死の)聖杯を求める行為と見なして良い。

しかしそれでは不老不死は手に入らない。「永遠」は受け継ぐ者がいて成立するものだから。天皇制が血縁を重んじたのもそのためで平安貴族や戦国武将そして現代の資本家たちも栄枯盛衰を受け入れられないゆえに現世利益を肯定する宗派に傾倒し、仏教者もまた存続のために彼らの願いに寄り添った。ユダヤ教との結び付きも「諦めなければならない」という結末を共有していたからであろう。

織田信長が「第六天魔王」を名乗り、本能寺の変で謀反の犯人が明智光秀であることを知った時「是非もない」と言って諦めの境地に達したのも天台宗の教えの故であった。恐らく光秀は天台宗の指南役で、信長は師が諦めろと言うなら仕方がないとして名誉の死を選んだのではないかと思う。よって信長の死は殉教であり、その直後に秀吉によって討たれた光秀の死は世俗的な死であった。明智光秀は信長の師であっても英雄ではない、これを誤解するのが唯物論者の浅はかさなのである。ちなみに今週テレビでやっていた光秀=天海説はネットで奇説とされている。まったく学者の風上にも置けない夢想家だ。僕の計画の足を引っ張らないでもらいたい。

―――ついでに言えば日米修好通商条約(1858年6月19日)の調印を大老井伊直弼が独断で調印したというのもデマ。開港を積極的に進めていたのは全権の井上清直と岩瀬忠震(ただなり)で彼らは無知と西洋かぶれのゆえにとにかく開国することが正しい(エリート主義に適う)としてハリスの要求するままに交渉を進め、領事裁判権や協定関税制や最恵国待遇に一切異議を申し立てなかった。個人的にはこれまで外国船を打ち払ってきた国が長い付き合いのある中国やオランダならまだしも侵略する気満々のアメリカに公使の江戸駐在を認めて首都の生活を観察させるなど正気の沙汰とは思えない。しかし幕府内で行われた全体評議で井伊直弼が天皇の承認を得るまで調印を延期すべきとの主張に若年寄の本田忠徳を除いて全ての家臣が即時調印を主張する岩瀬を支持したため、大老はやむを得ず「ハリスと更に交渉して万策尽きた場合は調印しても仕方がない」と指示して全権を送り出した。

彼はその後大老として全権の行動を天皇や公家らに弁明して回ったが6月23日に開港派の老中堀田正睦と松平忠固を罷免するよう将軍家定に要請し、鎖国方針(破約攘夷派)の者と入れ替えさせている。ちなみに井伊直弼を暗殺したのは一橋慶喜を将軍にすることにより国政に参加する権利を得ようとし、明治維新の立役者となる勢力で井伊直弼ら南紀派は彼らを体制転覆を目論む過激派組織として安政の大獄を実行したのである。

その後も彼らはひたすら目の前の障害を取り除き、あるいは無力な大衆をそれを乗り越えるための踏み台とした(増税、徴兵など)。そして維新後は自ら否定した貴族を名乗り、農民や労働者を搾取することを正当化するため軍隊や警察組織を強化し続けた。

そもそも日本の身分制度が廃止されたきっかけは交通の便の発達とそれに伴う人の移動と戦争の西洋化であり閉じた世界で我慢するしか無かった搾取や暴力が他国との比較によって不当であることが分かったとき領主に対抗しうる知識と勇気を得た。兵士たちも戦争の主力が銃や大砲などの大量殺戮兵器に変わったことにより大将の首を獲ることと兵士の半分を吹き飛ばすことや町を破壊することが同列となり戦争の美学や秩序が失われてただ結果を求めるだけの戦争に身分は必要でなくなった。―――しかしそうしてできた「平等社会」は社会階層レベルの身分制度を個人レベルに薄めただけで支配する者とされる者という社会構造および支配者の条件は何一つ変わっていない。山内容堂が徳川慶喜に政権返上(大政奉還)を勧めた時も新政府にポストが用意してあると偽ったがこれは坂本龍馬の献策で、薩長藩は彼のアイデアをパクりながら新政府の資金不足を補うために徳川家の所領を没収する必要から後の批判を恐れて坂本龍馬を暗殺し、かつ西郷隆盛は大阪城(薩摩藩が物資や兵を補給するのに重要な拠点)に立てこもった慶喜を挑発するために江戸に500人の浪士を送り込み数日間にわたって昼夜を問わず御用商人の商家などを強盗した。

また江戸時代の天皇や公家や武家の間には「汝夷狄(外界の野蛮人)、我中華(世界の中心)」という華夷秩序の観念が広く浸透しており、外国人が日本と対等な通商を求めることは無礼千番で朝貢のように管理貿易に甘んずるのが望ましいと考えていたし、開国によって野蛮人の宗教や扱う物が日本に流通・流布することは百害あって一利なしで国体(国家の体面)を損なうと考えていた。

このような考えで無理に開国しても「朱に交われば赤くなる」「多勢に無勢」という論理に支配されるだけで彼らが危惧した通りに日本は誇りも道徳も失い、通い慣れたスーパーの商品棚同然になってしまった。すなわち数はあっても「何も無い」。

学ぶ意欲のない人の意見から学ぶことは無く、学ぶ価値のない命令は確かに問題解決力を持たないであろう。クソゲーのボスがステータスに9を並べて強くなったつもりでいるようなものでこちらのステータスを支配できない限り、僅かに1上回るだけで倒せるのだから彼ら以上に面倒で扱いにくい敵はいない。馬鹿というのは彼から生み出されるあらゆる考えに不備不足があるという意味でそれを宣告された人の反発には何の価値も無い。たとえ愚直でも真剣に取り組んでいればワンパターンな行動も反復練習となり自ずと進歩するはず。それが無いのは自分という現実と向き合っていないからだ。日米条約を見ても一時しのぎで嫌々交渉に臨んだから相手の権利についての議論に終始して一方的にそれを与えることになった。対してアメリカは何も犠牲にせずコストも払わず欲しいものを手に入れた。そしてその経験がアメリカに「脅しは有効」と学習させてしまい、9割の国民をなおざりにして帝国主義政策に興じるという現在のスタイルを確立させてしまった。また彼らに狙われた側も先例に習って彼らを肯定し、朱に染まるか自分より弱いやつに同じ苦しみを味わわせることで体裁を取り繕おうと自国民を脅かし、それを学習する。

しかし指導者は強奪者を取り締まるためにいるのであって自身が強奪者を演じたり組織したり権力機構の運営のために民から重税を徴収するというのでは本末転倒である。それが真なら強盗は周囲の人々が奉仕しないから強盗をするのか?彼は労働に価値を見出せないからまた労働を軽蔑しているから果実のみを欲するのだろう。それで変わるべき自分を変えないで変えてはならないことを変えることに歪んだ使命感を持つに至る。「自分には生きる権利がある、そうだろう!」といって。したがってそれで相手が変わっても自分も変わらなければとは思わない。そこがスポーツ指導者との大きな違い。要するに共存共栄、切磋琢磨する意志がない。こういう人を排除するために指導者があり、かつて彼を征夷大将軍といった。(つまり夷狄を征伐する大将)

共産主義者が暴力革命で廃止したのは征夷大将軍である。自分たちが討伐の対象であればこそ彼らは改革者を恐れ、なにか新しいことをする人は危険人物で心地よいものをもたらす人と叱らない親のみ社会の信用を得て重宝されると大衆に刷り込むのである。(自分こそが最も賢く新しい、完成された人間であるという執念)

・・・今週はまとめるのが難しいな。

彼らが悩みを抱えた人に与えるアドバイスをみても、他者または同じ悩みを持つ人の和に混ざってそれを中和し、集団への適応または仕事の忙しさによってそれを考える暇をなくし、また他者の意見に触れて視点をずらすことで解消できると言うが、では自身の問題に対してどう取り組んでいるのかといえば第一に自分に問題があると認めない、そして認めないから改善しょうもしない。ひたすら他者に責任転嫁したり下の者に丸投げしたり身代わりで解雇したり酒や刹那的な快楽で誤魔化し、改善を求めたり自らそれを実行しようとする人を脅しや実力行使によって妨害する。未知なものを追求することができない彼らは他者の責任を問うことはできるが形のない・返答のない現実(しばしば鏡に映った自分)とは戦えない。

好きなことを仕事にする人への嫉妬にしても自分で選んだ仕事を好きになれない自分への間接的な非難であり言い訳である。自分の仕事を追求できないことに不満があるなら上司や社長にそう訴えればよく、社内で運動を起こせばいい。入社面接でなぜその仕事を選んだのかを問われたはずだ。にも関わらず端から闘うことを諦めて惰性に甘んじている人にそれを勝ち取った人や現在闘っている人を非難する資格はない。

彼らはきっと暗記脳、合理主義者、成果主義者が「具体的に何がしたいのか、何年かかり、予算はいくらかかるのか?」との問いに答えられないから萎縮しているのだろうが発見を操作できるわけがないのだからその問いは愚問であり、自分のために仕事をしてはいけませんかと問い返すべきなのだ。そこから人権問題に発展すれば資本主義から脱却するきっかけになる。「多様性」を主張すべきは資本家ではなく労働者である。自営の中小企業や子会社やベンチャー企業では社員全員が対等に意見を出し合って自分たちの仕事を追求しているのに高学歴者が選ぶ大会社に限ってそれが出来ないなんてことはありえない。なんのために勉強したの?

迫害妄想に苛まれた共産主義者の狂ったプロパガンダに感化されて自分の意見や本音を言うことがすなわち人を傷つけることになると考える人がいるが、人を傷つける要因が配慮不足や言葉足らずにあるとすれば手数を減らすほどそのリスクは高まる。自己主張を抑えればその言動は記号化し、記号化すれば限定的になるからだ。優柔不断な態度などはその典型で人に気を遣いすぎているにも関わらず相手をムカつかせることになる。そして嫌われたくない一心で彼/彼女はより萎縮して言動を限定する。しかしそれが人を傷つけない最適の選択と言えるか?

私たちは自尊心が揺るぎないものとなった時に強くなったと実感する。とすれば強くなるには人に軽蔑されたり軽んじられる行動を慎むことがその鍛錬になるのであって自分を貶めてまで人に好かれようとする行動は自ら自尊心を破壊しているだけで何の救いもない。自分の言動に自分の信条や伝えたいことがちゃんと込められているかを確認することの方が大事でそれで相手の信じていることを否定することになってもそれは仕方のないこと、それがコミュニケーション、擦り合わせというものなのだから。僕の経験では先週のレポートを書きあげてから数十分間は非常に高揚して胴体が光のオーラで満たされるのを感じた。

もしこれが単なる愚痴や悪口なら逆に僕は陰鬱な気持ちになってそれを相殺するための快楽を求めなければならなかっただろう。だからあのレポートで誰が傷つこうと間違ったことをしたとは思わない。(ドラッグやギャンブル、マネーゲームは明らかに犯罪行為でありながら似たような高揚感を感じるところに厄介さがある)

私たちが追求すべきは快楽ではなく個々の人生だ。辛いことを人生のスパイスだとチープな言い回しができるのも自分の人生を追求している人だから言えること。あいみょんさんの歌詞にある「どんな未来がこちらを覗いているかな」という視点もそうだろう。彼女は未来から見ればトンネルの出口はすぐそこかもしれないと思って明日の見えない毎日を頑張ってきたのだ。重要なのはやるかやらないか、問題が難しくても敵が強くても成功が遠くても現実が恐ろしくてもそんなことは関係ない。人間には2種類いて唯物論者のように存在を確認した価値を求めて努力する人と未知なものや形のないものを追求し続ける人がいて前者を暗記脳、後者を創造脳と呼ぶとすれば暗記脳の人はとにかく世間で認知された価値を原動力とし、自身のステータス向上のために他者や宗教を利用する。よって農民や学者やエンターテイナーなどを一括りに第一次産業従事者として搾取の対象、問題解決のための犠牲と位置づけている。問題を先送りするための人材、人生を放棄するための人材を求めれば売春婦を求めるよりない。つまり金を払えば自由になる相手。金を払いたくない相手は敵または身分の低い者と見なせば自由に奪えるし、被害者、弱者、追従者を演じれば相手は断れない。いずれにしても彼は欲しいものがありかつそれを自ら作り出せないから特定の相手に執着するのであり劣等感や敗北感に駆られて相手を下に見る。かつて米企業家アーロン・パーマーも自身が太平洋海運と通商をしたいがために鎖国体制下の日本の漂流者に対する冷淡を非難し、人権問題を盾に個人的な金儲けを推し進めようとした。(こういう人は自身が人権問題を問われると頑なになり暴動を起こす)

一方創造脳の持ち主は自然な出会いや学びを深めることを好むため問題と正面から向き合い、コツコツとそれに取り組み改善すること克服することに喜びや楽しみ、自信を見出すのでそれを他人に丸投げすることを好まないし、農民を社会の基本単位と考え、むしろ門外漢の意見や酒に価値を見出さない。

僕自身も肉体の生き死にに興味はないし、自己採点で僕の人生は成功している。よってここで仕事の成果を書き残せなくたって一切困らないし、金にならないからと悲観することも無い。人間社会が金を中心に回っているせいで犯罪者から説教を食らうというあべこべな状況を経験しても別に気に止めることも無い。結局人類が僕の仕事を一からやり直さなければならないだけだ。

僕の視点では社員や国民の口を封じている会社や国も相当損をしている。何の言葉も思想も美学も発明も持たない暗記脳の原始人が支配する世界には何も残らないからだ。彼らは何も残せないから滅亡する未来しか見い出せず、生きたことがない(人生と向き合ったことがない)から死からしか人生を考えられない。母親の子宮から発生して時々の刺激や感情や規律に対応してきただけ。殺生についても腹が減ったから食う、売り物を買っただけとしか言えず、それがムカついたから殺す、邪魔だから、死を連想させたから、人生を意識させたから殺すという発想に繋がる。快楽も人生から目をそらすための口実に過ぎず、現実逃避でなければ自己破壊行為以外の何物でもない。それらは正に自分を貶める行動以外の何物でもない。

人間社会は個人の仕事を世間が承認する、すなわち対価を支払うことで人生が成り立ち、メディアが承認することで人生が百八十度変わるという因習があるがこの状態でベーシックインカムを導入したら少なくとも個人にとって世間とメディアの存在意義はなくなるだろう。老人の世界観から流行が抹殺されているように。こうした世論の民主化とも言うべき事態は世論の政治的影響力を国民自ら下げて独裁を助ける方向に働く。つまらない一時の嫉妬で奴隷待遇を選択する人より馬鹿な者は無い。これを「一文惜しみの百失い(または百知らず)」という。

以前から言うように世間から成功者を生み出すことは世論を強化するためでそれは個人の自由主義を押し通すためではなく強奪者としての権力を抑止するためである。―――それを放棄するから企業家や芸能人、スポーツ選手、学者らが権力の強化に使われる。権力を何のために抑止するかと言えば人生から人為的な要因を取り除くため、したがって国民の側が役得やお相伴、鶴の一声的な昇進、一攫千金、免罪、そして快楽を求める限り封建社会から抜け出すことはできない。つまり個人が自己の所属集団を離れる自由のない社会。

それは一つの共同体に暮らす3世代、4世代の人がみんなクローンだと言うようなもので遺伝子の働きを否定している雑草以下の単細胞生物の世界観である。条約と同じで嫌々生きている人は貧乏くじばかり引くことになる。アメリカだって大谷翔平選手がMLB記録を樹立するのを恐れて敬遠したりチームの監督がバッターに専念させることを宣言したりするほど弱い国なのに日本は見せかけの恫喝に怯えて自国の権利を放棄している。それはアメリカと嫌々付き合っているからではないのか。嫌なら嫌だ、嫌いだと言えばいいじゃないか。それがアメリカ人を傷つけるとは思わない。彼らには反省と懲罰が必要なのだから。彼らにも言ってやればいい、日本人が日本人の人生を追求してはいけませんかと。イエローコンプレックスを克服しなさいと。

ついでに言えば経団連も政策決定に関わる官僚組織のひとつの考えれば構成メンバーを有権者の投票で決めるべきではないか。貧富の差をなくしたいなら尚のこと市民で謀って大企業をふるい落としてただ組織の決定に従う立場に留めておくべきだろう。そうしたら優遇や法人税の引き下げや水道施設の優遇的利用をなくせる。なんか支店が突然閉店になるのは水道施設をタダで(?)使える期間がすぎたことも理由の一つらしい。

今週共産主義者がバーサーカー状態になったのは10月2日の土曜日からか。ここで世間の反応でもあったのか?

10/01

6:48~:54 目を覚ますとのび犬が発作的に軽自動車を起動し、あっという間に車庫に戻した。ポリ公にはこの行動がどうすれば正常な行動に見えるのか説明してもらいたい。

10/2

10:06~:14 名乗れないヤマト運輸の配達員とヘリがほぼ同時に来て同時に去った。左こめかみ撃ち開始。

10:43,11:01,:04 マシュマロ(ステ車の代わり)、のび、ヘリの連携。

12:31,:38 ウツボ、のび、ヘリの連携。

12:40,:46,13:14 アサヒ生協、のび、戦闘機の連携。

14:57,15:00,15:04 ガレージのステーションワゴンを2度小移動させ、戦闘機が補強。何が言いたいかと言うと地上と空でどちらが動くと必ず受けの動きをするということ。しかも空の部隊は僕がいる部屋の方角(北か南か)に合わせなければ照準を合わせられないようだ。

・・・もっともそれを指摘したら1階または2階をワンフロア単位で覆う電磁場を張ってきたが。階段の昇り降りで体感できる。

14:26~:34 のびが表のBMWを起動し、そして車庫に戻す。

14:36,:38 のびが同じ偽乗用車を玄関でモニターを確認しながら2度起動。その後近くのパーキングに偽乗用車を放置。

14:41~15:09 のびがガレージから入りまた玄関から出て軽自動車型の偽乗用車を起動、車庫へ戻す。

15:22~17:20 自閉症のびが自殺衝動をいよいよ亢進させてガレージのBMWを起動し、小移動または一方通行を逆走してパーキングへ。・・・奇行ができて何故自殺ができない?死ぬことと金を稼ぐことを結び付けるからイカれた行動をすることになる。

この頃から右膝の裏側に低温やけどによる発赤が確認され、針で刺すような刺激が感じられるようになる。

23:55~4:53 図書館に本を返す日が近づき資料整理を急ぐ。

10/3 0:30~1:34 脳への電磁波攻撃により眠気に襲われ、5分だけ目を閉じて休もうかと寝転がると気絶させられる。―――進歩の妨害だけのために生きている奴らは一体何時代の人間なのか。無二念打ち払い令を出せ!

8:30~9:34 テレビ視聴中にまたてんかん攻撃。

15:06,16:54 資料を読み込むために寝転ぶと玄関ポーチで待機し続けているウツボとのび子(ベランダ)がドアを鳴らしてんかんレーザーをセット。

19:58~23:00 のびが犯行声明を出し、発赤攻撃開始。四肢に発赤。

21:21~ ウツボが追加。ブレーカーをリセットする他に蛍光灯を消すことでも動悸を和らげることが出来た。

23:14~:42~0:45 そしてまたてんかん攻撃。

10/4

8:10 起床時に左腕とスネに発赤を確認。

11:24,:43,14:46,:54,15:53,16:44 魔女がウツボに命じられて奇行を代行する。

13:16~14:01 昼食後の再開に合わせて魔女が軽自動車を起動。

14:23,:55,15:05,:20,:28 ヘリの奇行開始。

16:23~:29~:31~:33 南側の部屋から移動したのに(明らかに)合わせてヘリが北上し、10分間ごまかし行動を続けた。それがウザいっつうの。ハッキリせえ!

18:27 シャッターに合わせて魔女がやらされている感を演出しながらアコーディオンドアを鳴らす。―――だから何故テロリストがテロリストの定義を決めるのか?腹に爆弾を巻かれて自爆テロを実行した少女もテロリストだろ。そして世界共通でテロリストは死刑だ。諦めろ。つまらん小細工をするな。

19:55~20:27 資料整理を始めるとマシュマロがバイクを出し、そして戻す。

19:00~23:00 四肢への4時間にわたる発赤攻撃開始。銃を乱射している間だけ静かなウツボ。ブレーカーをリセットするなどして攻撃が途切れると犬を虐待し、発赤攻撃を再開するというのを5度繰り返した。その後静かになったが人を傷つけた後によくグースカ眠れるものだな。追い詰められた焦りより明らかに乱射の快楽の方に比重がある。何故それを家族に向けないのか?寂しいなら一緒にご飯を食べようとチャイムを鳴らせばいいのにプライドからそれをせず家族が気づけと僕を怒らせて甘えている。

21:34 それを指摘するとのびがガレージから偽自転車を戻し、「じじいと向き合え!」と怒鳴ると偽軽自動車をひと吹かしして夕食前に移動した冷蔵庫に対応する。

どいつもこいつもやけを起こして自分を追い込む行動しかしない。自分が伝えたいのはこんなことじゃないと気づきそうなものなのにその知能がなく、他者のズレには神経質になるくせに自分のズレは見て見ぬふり。世間もさっさとトドメを刺してやればいいのに原始人、記憶脳の社会には愛という概念がないため止めようとしない。暗記脳の人はコンピュータと一緒で誰かが入力したこと以外の情報を一切持たないらしい。だからルールが生き物であることも理解できない。キリスト教徒も聖書に書かれていないことはしても良いと解釈してそれ以上の追及を停止しているらしいからな。そんなの信仰じゃないだろう。

*13:32 10/6 米パウロが脱水攻撃。何のメッセージ性もない。原始人の吠えづらだ。

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