まとめてつぶやき903 人は主眼を置いていないことに夢中になる

まとめてつぶやき

弱虫リストカッター共はまだ負けを認めない。ストックホルム症候群どもが庇うからだ。罪を咎め更生させようとする時に本人に言わず第三者(法廷)に言えとはどんな倫理観だ!?

罪の意識をその概念から無くしたいのか?仮にその主張が通ったらこの先何年間人に害を及ぼさずに生きるつもりか考えてみよ。数日から1ヶ月の間に次の獲物を探し始めるならサイコパス(猟奇的犯罪者)決定だろう。ナンパ男は女性の恋愛や結婚したい願望を打ち砕いて自身の不毛な欲望をぶつけるが加害行為を繰り返す人も同じである。それを一人に対してぶつけることが退屈かつ罪悪感に耐えられないから不特定多数の人を犠牲にするのだ。少しずつの負担なら許されるだろうと。―――それはお前が決めることか?これが進歩を阻む者の腐った思考だ。

木曜日の深夜に沖縄で暴走族を取り締まる警官がバイクを制止しようとして警棒で男子高生を殴って右目眼球を破裂させる怪我を負わせた事件についても『サンデージャポン』の出演者やネット世論ではその後の若者たちの警察署襲撃に視点を置いて若者を非難したが警官の暴力はダメと言いながら警官の暴行傷害罪を見逃すのはダブルスタンダードだし、アメリカ人が日本警察の暴力事件を庇うのもカオスだ。ましてケーサツは最初事件当時警棒を手に持っていたか腰に差していたかも曖昧にしていてそれくらい本人に聞けば分かるだろうとのひろゆきさんの指摘に細野弁護士が事実確認は法廷でやるべきと反論したのも本当にカオス。食品偽装や脱税の確認をいちいち法廷でやらないだろう。痴漢の冤罪だって事実確認無しで女性の曖昧な主張だけで男性を逮捕するから起こる悲劇だ。そもそも血を流している人を放置して(得意げに)立ち去った警官の行動は非人道的でひき逃げと差別化するのはおかしい。沖縄でもケーサツによる暴力が日常化しているのかと想像させることが問題。(その後の調べで男子高生は一人でバイクで転んで救急車を呼んだと証言しているらしく真相はまだ未定だが)

それに逃げた奴に対しては暴力を使っても追い込んでよいと言うなら何故俺から逃げ続けているポリ公や米軍やヤマト運輸、ウツボ、のび犬を追い込まない?これもダブルスタンダードだ。

芸能人がポリ公を庇うのはドラマのネタが減るからか?そんな個人的な利益のために社会悪を弁護するような世界だからヤクザや麻薬の売人が入り込むのだ。賤民を強調するなら公共の電波を使った発言を控えるべきだろう。ニュースや風俗全般に口を挟まず芸だけやっていろ。そして人殺しの話しか書けないサイコパスはさっさと廃業してリハビリ施設へ入れ。何でそんなに殺したいんだ!?それからスタッフの50人や100人くらいスパッと切れない奴も政治を語る資格はない。身内のために政治をやる政治家は独裁者だろう。

権力を行使したければ政治家になれという主張も歴史を知らないバカが洗脳されてそう思い込まされているのだ。徳川吉宗の治世などを見ても近衛家(朝廷)や譜代大名の裏金ルートを確保するために勘定奉行を司法担当と財政担当を分けたり代官の入れ替えを行ったりし、賄賂を横行させ、傾奇者を再利用し、その経費や手当のために農民、町民からの搾取を強化した。(うろ覚え) これを政治だと思い込んだことに問題がありこの時代に一揆や打ち壊しが増加したのは当然だった。自己中野郎のパシリを尊敬する人などいやしない。そしてパシリに悪の枢軸を倒す力はない。権力の移動がない環境で政治家になんてなっても意味が無い。

雑草を残したまま荒地を耕すことは不可能である。しかし偽善者やビジネスマンは人に雑草の気持ちを考えろと言いながら自分はそこを安易にコインパーキングやコンビニに変えて植物そのものから目を背け、雑草にドライフラワーになって仕えろと主張する。それが雑草を刈って花を植えようという主張よりも真っ当で平等なのか?彼らにとっては世の中の庭師はみんな敵なのか?職業として成立していないのはお前らの方だろう。

正しい道具や乗り物の使い方、働き方が出来ない人はマナー教室にでも通うといい。

学生が制服を着崩すのは一見すると毎日同じ服を着ることに違和感を感じるためだと思うかもしれないが少数派であることから真実は学校生活または家庭生活から目を背けているからである。向き合うべき問題から目を逸らしたいとき人は異端に走る。ゲームに夢中になるのもその一つ。

したがって道具の使い方を誤ったり不正や犯罪に手を染めたりカルトにハマってしまうのはその人が真面目すぎるからても上司に逆らえないからでも正義感が強いからでもなく現実逃避をしているからである。職人やアスリートや音楽家などは毎日同じ仕事、同じトレーニングを8時間やっても飽きないし、粗食を苦にしない。別に大きな目標や信念があるからだ。安易に型を崩すことは個性が強いのではなくそのことに集中していない、専念していないだけ。若者のファッションや言葉が他の世代に伝わらないのも本気で取り組んでいないからだ。人生や仕事と真摯に向き合えないなら辞めればいいのに現実と戦わず、しがみつくことにのみ必死になるから中途半端なことをして人を困らせるのだ。

サボる口実を作るのが上手い人はアイデアマンではなく単なる嘘つきである。自分が有利な立場にある、相手に負い目があって何をしても排除されない(もしくは金があるからいくらでも替えがきく)と信じているからこそ人は嘘をつく。彼の中には虚構と現実と現実逃避(依存していること)があり虚構が強固に守られている故に虚勢を張り続けている。これを改めさせるには嘘をつくと不利な立場に転落することを思い知らせなければならない。謙虚な人は嘘でおだてて技術の拙い人を励ましたり(増長させたり)しない。誰に対しても謙虚でいなさいと諭すだけだ。現実はイージーであることを教えるのに虚構を励ましてやる必要は無い。むしろ虚構に付き合ってやるからドアを増やし続けるのだ。特に未成年に必要なのは現実と闘う力。その最たるものこそ先週から言っている間違いを間違いと主張するための権力なのだ。大人の虚構を押し付けはならない、それはお前に変化に対応するための体力と知力と勇気がないだけ(すなわち寿命が尽きている)、子どもが無力ゆえにその正当化に付き合わされる筋合いはない。お前の時代は終わったのだ。

日本人の職人気質も元を辿れば現実逃避に伴う仕事中毒(ワーカホリック)だったのかもしれない。日本人は独裁者や野心的な宗教支配者に従順でありすぎたために現実逃避に寛容でありすぎた。一揆や打ち壊しや共産主義革命に夢中になったのもそれが現実逃避者が導いたからで同じ内容を現実主義者が唱えても日本人は従いやしない。

今週林修さんが教えてくれたメラビアンの法則(人が相手の話で重視するのは見た目55%,耳38%,内容7%)の比率にしても同業者の言葉なら全く違った値が出るはずでささみをジューサーにかけて飲む人の心理を説明できない。したがってこの統計を元に人の注目を集めたり商品開発をしようと思えば不特定多数のよそ見や現実逃避を促すことを考えなければならないわけでだからコンビニは毎シーズン新商品を出さなきゃならなくなる。でも友人でもない人の気晴らしを提供し続けることは現実的ではないし現実逃避を助け合う関係なんて悲しいことだ。それならおみくじのように縁起の悪い人にはスパッと歯切れの良い言葉を掛けて敬遠するか成長するかを選ばせた方が双方にとってストレスがなくていい。結局成長する人としか付き合えないのだから。

人は2つの知恵の比較によって思考を進め、進歩する。騙される人は騙す人の知恵を学習した時彼らの手口を知る。騙される側の知恵しか持たない人は騙されていることに気づかないばかりか気づいてもなお騙されていない、あの人は良い人だと言い張る。こういう人は救いようがない。ひとつしか知恵のない人は社会人を自負すべきではない。

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9:04 てんかん攻撃により「僕に呪いをかけながら自分で何とかしろとうそぶく祖母」の夢を見せてくる地縛霊。左手に強いしびれ。ならば足を引っ張るなと反論すると鼻で笑い、「おてんとうさま」と渾名して嘲ってくる。それが行動を封じとると言うのだ。要するに進歩について来られない奴が強いて生き残ろうとする事が問題の核なのだ。生きていること自体が違法だから犯罪に平気で手を染める。最悪罪を犯した時点で死を悟るべきだろう。死を覚悟して裁きを促すのではなく死を悟って自分で処理しろ。寿命が尽きたものは飯を食わなくていい。飯を食うために罪を犯すという発想が有り得ないのだ。高齢者はお迎えが来ないと嘆きながらも堅実に生を全うしているのに現実逃避のせいで元気が有り余っている奴に限って早く切上げたがる。しかし現実を突きつけてやると反発する。それじゃ死の覚悟すらできてないじゃないか。ハッキリせえ!

・・・寿命が尽きたくらいで死ぬことが納得出来ないならこういう死にたがりを取り締まり首を取って変わらず社会秩序を構成する一員であることを示すべきだ。やけを起こしてはいないと。

金持ちの息子がミュージシャンを目指すのは金に不動の権力があるとの知恵を共有したからではなく父は同じ土俵で戦わないと見限ったからであろう。ミュージシャンなら初心者もベテランも関係なく同じ舞台で表現し認め合う。しかし大企業はベンチャー企業と正面から戦わず、テレビ局は新規参入を認めず、学会は一研究者及び学者と戦わない。ポリ公も高級官僚や公安と戦わないし政治家も重鎮と戦わない。彼らは状況に応じて権力を譲るという人間関係のルールを守らないからだ。しかし理解ある親は子どもの正義に従い、教師も生徒の意見を尊重する、。だからこそ子どもたちも安心して彼らと闘える。しかし独裁者という障壁を避けた人はその後誰とも知恵を共有しなくなる。自分で勝手に情報を集めて独善的になり自由に執着するようになる。恋人や家族に対してさえである。上下関係でしか人間関係を築けない人に安心できる場所は見つけられるだろうか?

逆説的にいえば趣味が見つからない人はやるべきでないことをやるといい。自分のイメージに合わない、背伸びしていると思って二の足を踏んでいることに挑戦してみればいい。とにかく自分の人生は自分でケジメをつけることだ。時系列を入れ替えると人生を読み違う。日本史もそのせいで解釈が滅茶苦茶になっている。これを修正しなきゃならない。権力にしがみつくヤツらを甘やかすな。奴らの時代は終わっている。

ちなみに寒冷じんましんも電磁波兵器による低温やけどの症状とは違う。発疹の間隔が違うし腫れ方も違う。じんましんは隣の発疹とつながらないだろう。素直に米軍、警察に白状させろ。

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