まとめてつぶやき926 あなたの分は誰のため?

まとめてつぶやき

7/13

8:38 出る。

9:06 反射式の尻撃ちレーザーを回避するため橋の下でレポートの作成を開始。

やはり千年来のダメ男ホイホイの呪いを解くのは簡単なことではないようです。オランダのテレビ番組がウガンダで行ったベーシック・インカムの実験でも年収の何倍ものお金を2年間無償で与え続けても村人達のしかめ面を変えることは出来ませんでしたから。(それどころか背後に秘密結社イルミナティが居て彼らの土地を奪うための陰謀だと思った人もいました) 制作側の思惑ではお金に余裕さえあれば人は胸の内にしまっていた願望を叶えてクリエイティブな暮らしをすることを彼らが証明してくれることを期待したのでしょうが猜疑心が強い人ほど家の補修や子どもの教育費など日々の暮らしの強化にお金を使い、先進国の成り上がり連中のように虚栄心を満たすことに散財した人もいなければ投資に回した人もわずか16%という結果に終わりました。もちろん彼らの村には上達すべき技芸や追求すべき学問がなかったために自分磨きに没頭するという選択肢を欠いていたところは否めませんが、それがあったとしても有力な使い道とはならなかったでしょう。人々にとって豊かな暮らしとは何も考えず、何にも悩まされずに一日を過ごす事だからです。だからそのゆとり時間を共有できない野心家やせっかちな人に境界線(パーソナルスペース)に迫られて圧迫されてしまうのです。

風力発電機が出す低周波音による健康被害を長年訴えておられる由良守生さんも民衆の無関心と腰の重さに悩まされてきた一人で、僕も以前からフォローして下さっていた関係で由良さんのツイートを拝見していましたがやはりスルーしていました。今回彼に何かメッセージを送ろうかと考えたことを機になぜ彼の主張をスルーしてきたのかを考えてみました。それは恐らく僕が自己アピールに有利かどうかで他者のツイートを評価していたことと不勉強な分野について勉強するつもりがなかったからだとの結論を出しました。それで流行や震災の復興というテーマでさえ政府やマスコミの影響力をもってしても一部の人しか動かせないのに我々は個人のメッセージ力でそれ以上の人々を動かさなければならないので大変ですね(笑)とまとめてツイートを送ろうかと思ったわけですが、次の瞬間にはそもそも我々が動かすのは人なのかと思い直しました。一部の影響されやすい人を動かすことは政府やマスコミが散々やってきたことでそれでも社会は良くも悪くも変わらなかった。内閣は選挙で変えることができても社会は一人一人の意識が起動しなければ変えられないのです。

・・・そして今週のレポートの締めとして考えていたことと繋がる。人はもう少し自分の幸せを訴えていいんだという事。例えば共に食事をする人の料理を一口もらおうという時相手が計量したものより少なくても自分の裁量で取った料理の方が満足度は高い。そして大鍋の料理をみんなで分け合う時一人一人の食器に取り分ければ余りは出ません。しかし大皿で出してそれぞれが自分の皿に任意の量を取るようにすると変な量が余ることになる。これは偶然の一致ではありません。そしてこの余りを恵まれない人に与えようというのが人権保護団体の主張です。しかし人は自分の分を意識すると分け与えるのが惜しくなる。例えそれが食べ残しや売れ残りでも。先進国における食品ロスはその顕著な問題ですし、アパレルメーカーが売れ残った商品をわざわざ切り刻んで捨てるという話を聞いたことがあります。みんなのものは余りが出るのに個人のものは足りないばかりか余ると捨てなければならない。これはおかしくないですか。お金や幸せの問題もそうです。みんなのものを分け合った方がゆとりがあり満足度が高いのです。

 ではなぜ人々は私有財産にこだわるのか。それは先述した通り、何も考えずに済む一日こそが豊かさだと信じているからです。彼らは総じて勉強が嫌いで変化や現実への適応力が低い。そのため信心深く、菩薩のように純粋な人が「みんなを笑顔にしたい」との願いを持って社会活動を行うと蜘蛛の糸に群がる盲者のように彼/彼女にしがみつき苦労を背負い込ませてしまい、彼/彼女も期待に応えるためというより自分がしっかりしなければとの責任感から際限のない(無言の)クレーム対策に忙殺されて疲れ果ててしまう。彼/彼女は自分でも少しは考えて下さいという権利があるはずなのに「豊かさには犠牲が付き物」との間違った価値観に共感して、また相手の頑な思考拒否に遭って一人で総合職を引き受けざるを得ない状況に追い込まれてしまうのです。

 それでこれに僅かな善意を示す人はヴァーチャルな世界に満足を求めれば人に迷惑や負担をかけずに済むと考え、(反動形成を利用されて)カモにされて外患誘致の大罪を犯すことになります。中途半端な優しさを盲者は決して見逃しません。親切な人はあなたに幼児の自己決定権への終着(自我の芽生え)とギャンブル依存症のカモ根性(反動形成)が価値ある自意識ですかと弱点を教えることで悪人に付け込まれないよう注意を促しますが、悪人は何も言わず弱点を突いてきます。前者は考えろと言い、後者は考えなくていい、気づくなと言っているわけです。だから多くの人々は後者に従って実のない豊かさを求め、上手い話を持ってくるダメ男に次々に騙されてしまうのです。

とくにダメ男ホイホイとリーダーシップの組み合わせは最悪で、ダメ男サークルはとにかくリアルを語る人をしらみ潰しにしたいのでダメ男信者にリーダーシップを持て、強くなれと励まし、敵や獲物には冷酷になれと言いながら罪人には寛容になれといってダブルスタンダードを植え付けます。それがリーダーやヒーローというものだと。これはどういう教育かと言えば結局幹部クラスの第一層のダメ男を退治されないために第二層、第三層のダメ男を重ねて盾になれと言っているわけです。彼らの壊滅を目指す人は当然第一層を集中攻撃しますから正面から戦ったのでは彼らに勝ち目はありません。だから立場や動機の違う人を前に置くことで非難を散らし、また別の解釈をさせることで幹部への直接攻撃をかわそうとしているのです。その点で考え直せ、騙されていることに気づけと言われてキレる人は彼らにとって大変都合が良い人材です。しかしカモにされた人が真っ先にするべきことはダメ男を切り捨てることで、あなたが反省すべきことは自分の幸せを考えなかったことなのです。

 考えることを主体にすればあらゆる活動の目的が変わってきます。例えばボランティア活動の目的は困っている人を助けることではなく、ボランティア活動を通じてあなたに生じた負の感情の処理方法と溢れ出す正の感情を支援対象者及び第三者に伝えることです。創作活動はその最たるもので誰にも良い影響を与えられない活動には何の価値もありません。

人はいつかどうせ死ぬのに縄張りの確保と自己顕示に人生を費やして何の意味がありますか?毎日乗るからといって通勤電車やバスの座席を確保するために同乗者たちを威嚇するようなもの。嫌なら自力で行けよという話、その程度のことで敵を作る人にいい仕事ができますか。

由良さんも「因果関係を示せ」「代案を出せ」の一点張り(相手に難題を突きつけて考えさせている間に自由を満喫する戦略)でごねる政府や業者にてこずっておられますが、代案の必要性を認めながらその役割を果たせない人がなぜ代案を審査する立場を自称するのでしょうか。由良さんがそれを話す相手は彼らではないはず。彼らはまず話し合いの障害になっていることを自覚、反省して役を降りるべきです。そこを勘違いしているからいつまでも話が進まないのです。

助言をもらうことが出来るのは生かすべき能力がある人だけで何も無い人は退くしかありません。しかし多くの人はどこで教わったのか実務を果たせないと審査員に転身して居座ろうとします。それは勉強が出来ない人は自動的に運動や喧嘩が得意になるという妄想と同じタイプのものですか?でもバカは喧嘩も弱いですよね。それは武器が悪の手に渡っていることによっても証明されています。本当にバカが強いなら武器は彼を安全かつ相手を興奮させることなく排除する箒とちりとりの性格を帯びているはず。それが現場を散らかし、チャンバラごっこに使われ、物や街を破壊したり人を傷つけることに使われているのはバカが社会への復讐や自己顕示やクーデターのためにそれを独占しているからではないのですか。強いなら箒とちりとりを市民に返してください。―――とこのような平和的解決法を彼らは決して受け入れない。それで代案を出せという。それならば彼らと話すことは何も無い。私達はそういうレベルの話をしたいのだから。会議の質を下げる人はその参加者としてふさわしくない。よって議場への入場を認められない。これが現実です。

 他者と理解し合うには相手の主張について勉強しようとする姿勢が不可欠です。女性がメイクやダイエット法を指南する動画に興味を持つのは自身が日々それらを実践し学んでいるからです。彼女たちは面白いからそれを観るのではなく必要だから観るのです。ではなぜ人々は自分や家族の生活や財産を守るために必要な知識を求めようとしないのか。彼らが日本の歴史を学び、侵略者たちの野望を打ち砕けば平和な日常を取り戻せるし、国会議員や官僚やポリ公の報酬と経費が多すぎることに気づいて払いすぎた税金を取り戻すことが出来るのになぜか無知を装って彼らのカモであり続けようとするのでしょうか。それは人々が人生を試行錯誤していないから、言い換えれば人生を楽しんでいないからです。ただ義務的に日々をこなしているだけだからルールや内容の充実にこだわらないのです。彼らが人生を諦めるに至った背景をカリスマのファッションの変移に求めてみましょう。

 彼らは時代の寵児として颯爽と世に現れ、その一挙手一投足て人々を魅了して数百万のコピーを生み出していきます。これは小規模で例えれば家庭のルールで家族がまとまった状態です。

 ただし彼らが輝き続けるためには制約があって(これは彼らを商品として扱う企業の要請でもある)定期的に新しいモード(新商品)を生み出さなければならないというものです。そしてその度に古いモードを脱ぎ捨てて新しい自分になり切らなければならない。(自己破壊と再創造) 自己破壊には自己喪失を伴いますからドレスアップのイメージとは裏腹に身を切るような苦痛と心労を伴います。若いうちは無理がききますしファンの声援や高揚感、大きな仕事の達成感、責任感などが体を支えてくれますが、歳をとって興奮剤が効かなくなると自己喪失感に耐えられなくなってデニムとTシャツというシンプルコーデに落ち着いてしまいます。そしてそんな自分を励ますように「ありのままでいい」というメッセージを発信するようになります。・・・しかしそれはファッションの極意ではありません。彼らがカリスマの座から転落したことが示しているようにリタイアした人のどちらかといえば後ろ向きな言葉です。なぜ彼らが走り続けられなかったかといえばファッションを自分を写す鏡とせず、企業のイメージとペースで走ってしまったからです。若者は彼ら自身も流行が変わる度に古い自分を脱ぎ捨てているからこそカリスマに注目するのであって彼らもまた学ばない人には興味を示さないのです。とすれば若者たちの人生における自己喪失感の原因は周りに人生について学び続けているカリスマがいないこと学生気分では生きていけないと言った大人たちが新しい自分を提案できないことに問題があるのではないでしょうか。

それでもう一度問いますがなぜ日本人は侵略者のカモであり続けようとするのですか?それは子どもたちに対する大きな裏切りであり許されざる身売り行為であるというのに。我々は豊かさの価値観について考え直さなければなりません。

 日本史の研究者達も祖先は渡来人の侵略から国家と政府機関を守り抜いたと信じたいようですが、現状を見る限り「日本を取り返さなければならない」と考える方が健全勝つ必要なことだと思います。動機はともかく気づいた人は直ちに人々を感じるよりも考える姿勢に切り替えさせるよう働きかけるべきです。

7/8

8:10~ 目を覚ますといつもの様にヴァーチャル依存症どもがパチンコ台を起動する。腹巻爆弾男は3度家の前を通る。ポリ公の教えなのかこいつらは指摘されると必ず挑発を強化する。時給で仕事を決めるピーターパン野郎は犯罪行為しか出来ないくせに低い自尊感情を埋め合わせるために地位や名誉を求めてトラブルを求める。これを貪位という。

11:30 安倍晋三元総理が演説中に狙撃される。午後5時3分死亡。・・・ダメ男サークルが「成り代わり」の指摘にびびってリアルとの接点を切ってきた。カモ共はこれに尻を叩かれたように電磁波攻撃に没頭し、北西のワタナベが面識もないのにスマホやテレビへの水平レーザーを追加してきた。

7/10 日曜日

この日は朝から晩まで見る番組がなかったが、あれを見るとますます反発の材料が無いからインパクトのある事件で誤魔化したのかと思ってしまう。日曜以降のニュースも彼らの縄張りを確認するようなものばかりだったし。で、興味もないのに僕が安倍の誄番組から何か考察するのではないかと訝ってヘリがいつもは来ない時間からやってきた。お前らの存在を感謝する人はいないって。

11:30~ のび犬とのび子がチャリとベランダでリンクを張る行動を2度繰り返した。しかも1度始まると毎日これをやる。ダメ男を騙されてその罪を隠すために子供を家に閉じこめるカモ女が勉強している隣人に銃を向ける権利があるのか?

1:45~2:02~3:05~:22~4:34~5:09~:23~:45~ +8回 図書館に本を返す日が近づいたので徹夜で勉強をしていたらのび犬とニートアメリカ人が必死にてんかん攻撃を仕掛けて妨害してきた。結局翌10時頃までかかってようやく1冊終わった。だから借りるのは嫌いなんだ。

7/11

14:41~ 徹夜明けで買い物へ行って仕事を始めるとお構い無しにヘリと大和とヤマトが取り付く。買い物中はポリ公が2回。犯罪者として権利を要求するなら刑務所で看守と戦えよ。そして囚人が権利拡大を訴えることが正当な主張なのかを世に問え!その権利はどこから分けた誰の分なんだ?

15:51~,21:59~0:49 そしてまたてんかん攻撃。わずかな時間寝転んだところを狙われた。1F中央にトラップを張っているのはウツボだ。この一族は戸籍がないんじゃないのか?何十年も他人の人生を塗りつぶすことしかしない。火事場泥棒が空襲で所有者のわからなくなった土地に入り込んで無戸籍のまま潜伏し続け、アメリカ軍と契約してスパイとして暗殺者として商品モニターとして世論操作のサクラとして僕が生まれる前からテロ活動に明け暮れてきたのではないか。家の東側の屋根ものび犬と墨軍機に耐えず攻撃に晒され前庭に破片が散乱する。上がってみたら完全に穴が空いていた。これも因果関係がどうとかゴネて責任を取らないのだろう。こんな奴らは強制送還しても韓国に迷惑がかかるから殺処分するしか以外に解決策がない。殺されることしか頭にないのだから。社会寿命制度も考える社会になれば必ず議論されるようになる。

7/12 17:00 図書館に本を返しにいくとほんのわずかな時間にポリ公のバイク2台、2箇所とヤマトとハイエース(おむつ)3台が挑発してきた。テロリストめと非難してもポリ公は何も言い返さず、アリジゴクのカモ共に復讐を指示する。

17:07~ 帰宅するとポリ公から指示を受けたカブ、ヤマト、魔女、マシュマロ、ウツボ、岡本、のビスケ、ルークが復讐行動に出る。ポリ公が電磁波攻撃を指揮している証拠。しかも個人的な感情で。本来なら彼らはすれ違う全ての市民から出ていけと怒鳴られるはずでありそれが彼らが犯した罪の代償であるのに庶民が彼らに忖度して無知、無関心を装い続けるから彼らも調子に乗っていちいち復讐してやろうなどと甘い考えを抱くのだ。僕は生涯彼らをテロリストと呼び続けし、墨軍とポリ公の解体を諦めない。必要なら新たにアメリカから健全な部隊を発注すればいいんだし、警察組織も作り直せばいい。そのものでなければ嫌だというマテリアル主義的な発想に僕は理解を示さないし、改良、改善がそれに劣るとは思えない。改良や改善が悪いという根拠を示せる人なんて未来永劫現れない。

14:18 7/13 レポートの進み具合を見てヘリが威嚇飛行を開始。ネット接続を狙っている。先週は彼らのためにツイートに障害がでた。

14:48 ケムトレイル戦闘機が合流。

ツイッター用

 蘇我氏が(人民に誤解されるリスクを犯して)蝦夷(ヤマト勢力に従わない東国の人々を一方的に卑しめた呼び名)を名乗ったのは九州から進出してくるヤマト勢力に対抗するため?

 古代の日本人には領土的野心を持っておらず、越(新潟)で採れた翡翠を飛鳥の蘇我氏ご加工して全国に発送し、信仰と儀式と古墳(埋葬文化)を共有することで親密な関係を築いていたので東国の人を野蛮人などと蔑むことはなかった。こうした呼び名は争いを呼ぶ者が使うものと相場が決まっており敵に使うのでなければ不服従者に使うに決まっている。ちなみに古代の歴史に触れた第一印象では飛鳥の地が首都として機能し始めたのは卑弥呼が討たれた悲報が九州からもたらされた時で吉備や出雲などもバックアップの機能を備えていたと考えた。それで台与は邪馬壹国の残党と畿内に避難してそこで即位したと考えた。そして卑弥呼の兄が出雲、吉備に後退しながらヤマト勢力の東征を食い止める役割を果たしたのだと。

奈良盆地の飛鳥の地を「大和」と呼ぶようになったのは蘇我政権を倒して孝徳天皇が即位した後?

八咫烏はスネークカルトの天敵をイメージした団体で孝徳天皇が「白雉」を、天武天皇が「朱鳥」を元号に採用したのは彼らの信者であることを示唆するため?

そして仏教は彼らの洗脳に対抗するために百済から導入され、密教は洗脳を強化するために導入された。それは(真言宗や)禅宗や日蓮宗の発展を促し、戦国時代の父となった。とすれば茶の湯は戦国の道理への対抗手段として発達したのかもしれないし、そう信じたい。時代に流されるな、感じるな、考えろとのメッセージがそこにはあったのだと。そういう意味では武士道も武士に考えることを教えた学問であった。

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