まとめてつぶやき972 独自の哲学を持っているか

まとめてつぶやき

5/30

10:35 出る。

10:27,:32~:35,:39,11:01~:03,:45/13:30,14:34,:37~:43~,/16:00,:03~:06~:10~:14~:18~:26~ ヘリが付きまとう。石垣でガードすると直ぐに引き返してくる。

10:43~:54,11:27 ポリ公が空サイレンを鳴らして丸太町通を西へ暴走。千本通で追いつくと何事も無かったかのように同じ道を東へ引き返した。たとえこれが2台目でも空サイレンは確定だ。続いてバイク1台で西へ。

10:48,:56:58,11:06,:27,:47 ヤマトが救急車、ヘリ、ヘリ、ポリ公、ヘリに合わせて停車し、最後はセイユーの店内まで挑発に来た。ヘリとポリ公とヤマトがチーム組んで境界性人格障害発作。しかしマスコミにアピールする勇気は無い。

12:03~ ポイントに着くとニセ軍人が切れ目なく唸り続ける。111111111111111111111111

13:22,14:25,:46 ケムトレイル戦闘機が合流。

13:33 運送屋系トラックが何とかして電波を傍受できる範囲に入ろうと辺りをうろついている。

14:00~:53~ 脱水攻撃が始まる。

14:49~ 足裏痺れ攻撃が始まる。

15:18~ チンピラトラックが死角に停車して脱水攻撃を開始する。股間に向けて水平レーザー照射。見抜くと出力をあげる。レーザーの方向へ行くと白の軽トラあり。

京都430 ほ 28―28

15:19 移動。

16:21~ キチガイヘリがうるさく旋回を繰り返しながら足裏痺れ攻撃を再開する。

16:28 近くでヤマトのエンジン音。合わせてヘリが唸る。威嚇でなくただ音を鳴らしただけ。本命がヤマトの取り付きにあるからだ。・・・また移動か。結局この日の作業はここで中止した。

5/31

10:35 ポイントに着くと偽軍人が唸り出し仲間を呼ぶ。

10:45 ケムトレイル戦闘機が合流。アブみたいな音を発している。

12:52 不審なトラックが近接して入力障害を起こしてきたので移動する。うじうじついて来る偽軍人。111

12:56,13:09,:22 戦闘機が合流。

 今週はまたマスゴミや右翼団体が世論の代表のような顔をして「言い方が悪い」といってマウンティングしてきたが、彼らにとって不快な言葉なら会心の一撃は成立しているはずで私は彼らが反省しないことを嘆いているのではない。なぜ一般大衆は彼ら程度の者に頭を押さえつけられて戦おうとしないのかと憤っているのである。

 マスコミの言う「裏取り」とは政府・ケーサツに対する報道許可すなわち忖度のことであろうが、ポリ公は堅気の人間を逃げる素振りを見せただけで捕まえることが出来るのに彼らが糾弾者を脅迫するのを自白と認定できない道理はない。現実的に考えて脅迫行動こそ自白のシチュエーションとして最も分かりやすく、取りやすい行動であるのだから事件の早期解決にとって欠かせない判断材料とするべきである。現にポリ公や米軍は相手に手を出させることで先に仕掛けた違法行為や挑発行為をうやむやにして職権を振りかざすことを常套手段としているし、丸腰で彼らを懲らしめるにはそれを逆手にとって最もダメージの少ない内に取り押さえるしかないではないか。

 そもそも私はケーサツにニュースのネタ/飯の種をもらいに行っている人を当てにしていないし、これまでのニュースを見て戦力になることを期待していない。実体験から情報を練り上げている人に突っかかるふりをしてこれが市民の基本戦術として定着することを警戒しているいちゃもん屋に情報の重みは分かるまい。それこそ核保有国と腰巾着の日本政府が核兵器を使うのは駄目だが持つのは良いと主張するのとマスコミが政府・ケーサツからGOサインがでたニュースに限り報道するのは同じ態度で共に「政府やケーサツの活動に抑止力となることはしない」、「過去を否定してはならない」という二つの不文律を行動原理としている。(後にもうひとつ出てくる) そんな人たちが出す情報に信頼性など無いし、マスコミに広島ビジョンを非難する資格はない。―――この態度は今週のテーマの下敷きにしている沢渡あまねさんの『なぜ日本の職場は世界一ギスギスしているのか』(SB新書)に集団主義のデメリットとして挙げられていることだ。

 また彼らは私の主張の肝である哲学や敵が人生と向き合っていないという指摘を全く無視して都合の良い記述にのみ反応して偏った評価を下している。それは彼ら自身がフェイクニュースと言って警戒を呼びかけているものではないか。不得意分野の情報は受け付けないという態度には偏見と相手をやっつけてやろうという野心、悪意しかない。そうして真実を軽んずる態度こそ非難すべきなのに彼らからは全くこの種の正義感を感じられない。AIと同じレベル。

 言葉による抗議よりも無言の圧力や暴力(自ら作った問題からの逃避)を支持することがジャーナリズムか。米軍による日本の領空支配を擁護することが日本人のすることか。悪意や傲慢の根源である感情論を克服するという人類の最重要課題を無視して犯行を隠し損ねた孤立無援のマヌケのみを裁くことが法の秩序か。加害者にこそ自分で解決しろと言うべきではないか。

 大衆が私の主張に乗ってこないのは彼らが「あなたは何か被害を受けましたか」という減らず口に対応する返しを思いついていないからであろう。またマスコミが数年前と同じ言い訳を繰り返すのも事件を追跡していない、もしくは既に結論に行き着いていて報道許可を待っている状態であることを示している。そうしてマスコミは市民に抑止力を形成させないために情報の共有を阻害している。これも会社における生産効率の低下や社員のやる気や創造力を萎えさせる原因と書いてある。言い換えれば政府や会社役員が気づいていないことを指摘する能力に創造力が含まれているということ。過去を否定するなと言いながら創造力を発揮せよというのは無理難題である。

そして気づきという点から刑法を語るなら被害者に無条件の泣き寝入りを強要しながら加害者の納得を重視する世間一般の態度に強い不信感を抱かずにはいられない。多くの人は自分が正しいと信じて行動するがそれは間違っていますよと指摘することが法による抑止力の基本概念であるはずだ。なのに被害を受けた人にその悲しみや怒りは間違っていますといって説得するのはあべこべである。それは気づきではない。あとでまた言及するがこういうアドバイスをする人は未来への道を見て生きていない。だから愛する人や友人にもそれを示してやれないのだ。人々はその無力さに涙する経験を持った方がいい。

 変わるべきはどう考えても人の道を外れた犯罪者や古代の植民者のやり方から進歩できず国民生活から乖離した時代遅れの政治家や金持ち/封建領主の方だ。彼らが陥りがちな境界性人格障害(BPD)に基づく行動原理を普遍化する試みは不可能だと諦めるべき。例えば彼らが盛んに提唱する自己肯定感の獲得はエリクソンの発達段階に照らせば第四段階の学童期における有能感の獲得に当たるもので自分たちや創造力の乏しい会社員たちを勤勉だが劣等感から自発的かつ前向きな行動を起こせないと分析して有能感を持てば良いと言っているのである。しかし会社員はともかく彼らの問題はBPDを発症していることからも明らかなように第一段階の基本的信頼感の獲得につまづいて希望を持てないことに端を発し、自分の意志がなく他者や被害者に依存し、かつ人に迷惑をかける目的を説明できない。さらには第五段階の発達に必要な「誠実さ」を捨ててしまっているので行くことも戻ることもできない袋のネズミになっていることであるが、彼らはこれを認めようとしない。もうひとつの例を文部科学省が作成した発達課題に照らしても自己肯定感の獲得は小学校高学年の目標に過ぎない。しかも彼らにはギャングエイジからの卒業という課題もある。そのような発達レベルで彼らは本気でこれからも社会人の主人格を担っていくつもりなのか―――悪い冗談だ。

 ・・・とこのような視点で議論すればとっくに決着はついているのに政府やマスコミのやり方に従う理由は無いだろう。学問を冒涜するな。

 ジャーナリズムは学問ではないし、彼らが市民のジャーナリズムを否定していることからそれは文化でもない、単なるお家芸だ。発達が止まった人の再起動は自己肯定感の獲得や放任ではなし得ない。

<子どもの成長に伴う発達課題> 文部科学省作成

・乳幼児期―――愛着の形成(人に対する基本的信頼感の獲得)、基本的な生活習慣の形成、道徳性や社会性の芽生えとなる遊びなどを通じた子ども同士の体験活動の充実。

・小学校低学年―――「人として行ってはならないこと」についての知識と感性の涵養(かんよう、水が染み込むように徐々に教え養うこと)や集団や社会のルールを守る態度など善悪の判断や規範意識の基礎の形成、自然や美しいものに感動する心などの育成(情操の涵養)。

・九歳以降の小学校高学年―――抽象的な思考への適応や他者の視点に対する理解、自己肯定感の育成、自他の尊重の意識や他者への思いやりの涵養、集団における役割自覚や主体的な責任意識の育成、体験活動の実施など実社会への興味・関心を持つきっかけ作り。

・ギャングエイジ―――集団の規則を理解して主体的に集団活動に関与することができるようになる一方で自分たちで決まり事を作って閉鎖的な仲間集団を形成し、付和雷同的な行動強要することがある。

・青年前期(中学生)―――人間としての生き方を踏まえて自己を見つめ向上を図るなど自己の在り方に関する思考、社会の一員として自立した生活を営む力の育成、法や決まりの意義の理解や公徳心の自覚。

・青年中期(高校生)―――引き続き自分の生き方について考え、主体的な選択と進路の決定、他者の善意や考えへの感謝とそれに応えること。

 *断っておきますが、今週はマスコミに対抗してデータで勝負してやろうと気持ちで引用を多めにしているのではありません。先週保留にしておいたメモでは3、4年前まで40軒くらいの店を使い分けて食料を調達していたのに最近では5種類くらいの店でしか欲しいものが揃わなくて移動距離と時間ばかり食うという愚痴からなぜ企業はそんなことになってしまったのかを探るつもりでいたのですが、多くの日本企業が政府のサイロ思考型行政を模倣して同じ問題にぶつかっていることが分かったため阿呆どもの戯言に付き合うことにしたのです。つまり政府を変えることは企業の体質を変えることとイコールである。そして適切な分析は意図しない分野にも役立つ。私は会社員もそういうレベルで仕事をするべきだと思います。競争相手に使われて困るような理屈なら指摘される前にやめればいい。学問は相手を選ばない。

 さてでは今週私が『なぜ日本の職場は世界一ギスギスしているのか』から学んだことを書いていきます。(引用文多し)

 ・日本の企業の多くは数年単位でジョブローテーションを行い、新入社員に10年か20年かけて一通りの仕事を経験させる。このため入社希望者が面接で述べた希望が無視されることが多く、早くスキルアップやキャリアアップの軌道に乗りたい社員を失望させている。

 ・職場における多様性とは男性と女性、正社員と契約社員、派遣社員、育児中の人、要介護者の家族を持つ人、資格試験の勉強をしている人、大学院に通う人、年上の部下、再雇用者、外国籍の人、新卒入社の社員(プロパー社員)、中途採用の人などを指す。

 ・社員食堂は正社員の人しか使えない。

 ・正社員が非正規社員と情報を共有しようとしない。

 ・日本の政府や大企業には「無謬性の原則(むびゅうせい)」といってある政策やプロジェクトを任されたグループは失敗を想定した議論をしてはならないという不文律がある。

 ・加えて五教科主義(一つの分野に突出した人より満遍なく勉強ができる人を高く評価する)や減点評価主義により失敗を許さない風土を作り上げている。

 ・体育会系の組織は近視眼的な目標しか立てられない。

 ・統制型の管理職は社員みんなが同じやり方、同じ強度の仕事をし、同じ苦労を分かち合うことを好み、この価値観を共有しない人をずるいとかサボっていると考えて重要な仕事を任せない。これがテレワークへの不信感につながっている。

 ・営業社員として優秀だった人が管理職に出世すると凡人に成り下がるのは可愛がってくれた上司の昔ながらのやり方を踏襲するだけで独自の管理職像を描けていないからである。普通なら新しい環境に入ってその仕事を吸収する際に学ぶべきこと、伸ばすべきこと、削るべきことの取捨選択を行い、独自の仕事術というものを作り上げてその実践および提唱によって上司に認められて出世していくのが王道だと考えるが恐らく出世までの設定時間が長すぎ、それまでは余程大きな結果を出さない限り独自の視点や方法論を認めない空気があってそれを確立することができずに平凡な社員に甘んじてしまうのだろう。それで出世する頃には変革の意欲をなくしており、かつ出世してまでこの会社でしたい仕事が無いということになる。(メンバーや会社の能力を見限る)

 ・「海外の企業では人を雇うことは専門性を買うことであるが、日本の企業は働く人の時間を買う感覚が強く、会社の言うことは絶対という空気がある」。著者はそう指摘して専門的な知識を持つ社員から雑用や対面会議や出社時間の一切を省くべきと主張しますが、日本人の職人技やもてなし精神は裏表のない行き届いた仕事の成果と考える私は雑用(各要素のつなぎ目となる仕事、勘の働かせどころになる)を全て免除される働き方には賛同できませんし、責任の分散は異なる部門の人々や会社全体の目標や信念に対する無関心を解決し得ないのでこれにも警戒しています。職人気質の立場から言わせてもらえば私たちが全体の成長を断念して自分の仕事に集中するのは同僚の力量や会社の体質に失望しているからでありそんな彼らから「やる気がない」と言われるとお前が言うなと爆発したくなるくらい一触即発の状態にあるのです。しかし日本社会はダメな奴を放任して自己管理能力の高い人に限って監視したがる(足を引っ張りたがる)のでリモートに逃げずに誰かがこれを正面から打ち破る必要があると考えます。

 ・サイロ思考についてはレベッカ・コスタさんの『文明はなぜ崩壊するのか』で呼んだことがある。身に付いてはいなかったが・・・。なのでもう一度おさらいしておくと「サイロ思考とは思考や行動を細分化することで却って情報の共有や協力を阻害し、競争や対立を助長してしまう考え方」とある。これにより「組織は小さなグループ/部門に分裂し、各指導者たちは自分たちの課題に尽力することに集中し、時には組織の残りの部分を犠牲にすることを厭わない。その結果主導権や財務権限、資源をめぐる内部抗争が起こり生産性が低下し企業の目標達成が危うくなる」。これを一言で言えば「分断」であり、日本でも待遇格差として社会全体で行われている。政府やケーサツは大企業やカルト教団と結んで自分たちの利益と課題に集中し、国民だけでなく末端の従業員たちにも情報を開示せず、国内の富と知識と情報を独占しようと画策し、中小企業および大部分の国民/日本人の生命や財産や生きがいを犠牲にすることを厭わない。彼らの課題である経済と軍拡の話に私たちを縛り付けて日本全体の幸福や未来へのビジョンやアメリカとの関係を超えた国際社会における立ち位置や個人や組織の寿命すなわち死生観について議論する機会を奪っている。言い換えれば失敗を修正する機会を半永久的に奪われている。

 著者は人がサイロ思考に陥るのは大きすぎる問題に取り組むには細分化して考えるという数学的なアプローチしかないと思っているからだと言うが、私は以前から指摘しているように人口増加への対策が不適切なせいであると考える。(人手不足や金が足りないはフェイクニュース) 政府や大企業は余剰人員やダメ人間にのために雇用を創出しようとする時、必ず社会から隔離して考える。そして隙間を見つけて彼らをねじ込み、それを定着させるために反対者を排除する。そのしわ寄せはダメ人間本人に向けられることもあるが、「一人も取り残さない」と謳っている政府は全体でその皺寄せを分かち合うことを社会正義と信じているために弱い立場の人が割を食うことになる。そして大抵の場合、そういう仕事は一般社会の仕事と相乗効果を上げるようにはできていないし、違法行為であることも少なくないのでその存在自体隠すケースも多い。サイロ思考のでき上がりだ。こうした国や組織でトライアンドエラーが抑圧されるのはせっかくねじ込んだ人員を掘り起こして排除するあるいは努力を要請することが明確だからである。この背景には社会全体に大人になってから叱られるのは嫌だとか学生並に勉強しなければならないのは嫌だ、自分のやり方を変えたくないという中高年の感情論がある。彼らはこのわがままを取り繕うために落ちこぼれに寛容を示す。

 ちなみにサイロ(silo)とは通例円形塔状の気密性の高い建物で家畜の飼料用の牧草や穀物を貯蔵し適度に発酵させるための倉庫である。植物の種類ごとにサイロを設けることから思考の細分化に例えたものか。

 コンセプト(概念)や信条が変われば生み出される意見が異なるのは当然だ。それは多様性と言うほど大袈裟なものではなく単なる日常会話である。例えば一本の映画について語り合うとき、どこを面白いと思ったかで意見が分かれても怒る人はいないと思うが、映画の関係者に言えばそれは批評になるし、出演者同士で語れば議論になる。また女性の場合は自分に関することで男性が同じような視点の違いを表現すると失望するらしい。要するに人は自分のコンセプトを否定されることを非常に恐れている。しかし物事を悪化させるために反対意見を言う人なんて普通いないのだから良い意見については自分の思考の延長と考えて現在の思考段階とつなぎ合わせれば良いだけなのに先に行かれると無条件に反発してしまうのは進むべき道が見えていないからと言うより他にない。まるで周囲をチョークの枠で囲まれたカエルが背中を押されても動けなくなるようなものだ。原因はあなたの持つコンセプト(概念、行動原理)が実は他者や社会から要請されて作り上げたもので自分の価値観や信念を形成していないことにあり、それで物事の全体が見えないのだ。金儲けや権力のコンセプトもまた過去から踏襲されたものに過ぎないために公の場という全体の利益について話し合う場に出てこられず国会などの自分の庭で勝手に吠えて庭を広げることに終始してしまうのだ。停滞した世界には公の場がないのである。国内の全ての土地を誰かの所有物にして私有財産制という習慣に押し込めて世界を管理した気になっているだけ。本当は無知と思い込みのせいで国民一人一人、また社員一人一人の顔を見ることが出来ないだけなのに。そして国民の側でも権力や金儲けご誰からのどのような要請なのかを理解していないから彼らを非難できない。かつ権力者や資本家の価値観を共有できない。そんなものを失うことに痛みなど感じるはずもなく錯覚である。

 人間的な成長を図らず技術の向上や利益の追求に専念することは本来矛盾している。成長しなくていいなら大衆は大企業に経営が成り立つだけの利益があればもういいだろう、みんなの利益も考えろと言うはずだからである。それをしないでただみんなから遅れないようにと技術や金や権力の力に依存するのは自分が見えていない証拠。技術者や学者との知的格差は取り返しがつかないほど広がっている。小学生レベルの発達段階で社会人面していることが厚かましい。

 企画書が独り歩きして人間は日程と予算に縛られ限られた手しか打てず、仕上がった仕事に企画者さえ満足できないというのは管理された仕事とは言えないだろう。それこそ缶詰工場の仕事だ。西村佳哲さんの『自分の仕事をつくる』という本に500人の社員を抱える大手プラモデルメーカーから6人でやってるプラモデルメーカーに転職した人が納得のいく仕事をするには10人以下が良いと言っていたが、人に打ち明けることで幻滅させられるくらいなら独りまたは少数精鋭でやった方がマシという現実は「一人で出来ることには限界があり、みんなで力を合わせればより大きな仕事を成し遂げることができる」という共産主義者の触れ込みと矛盾している。

夢を持ったことのある人や大きなトラブルを抱えたことのある人なら誰もが経験していることだが他者というのはどうしていつでも無力で頭数にもならないゴミみたいな能力しか持っていないのか?そんな社会で子どもに努力は必ず報われると励ましても意味が無いよね。会社がそれを嘲笑うのだから。それでよく若者に夢なんか見ないで堅実に働けと言えるよな。堅実な仕事と言えばもてなしの世界と創作活動の世界以外に無いじゃないか。どんな場面でも努力がちゃんと積立になるような環境を作るには皆が夢を実現する能力を持っていなければ始まらない。このことを社会全体で真剣に議論してせめて身近な人の夢くらい叶えられる知識や経験や柔軟性を持とうではないかという意識を共有するべきだ。それは必ずコンセプトのない権力や軍事力を無効化する。世界を変えるのは人なんだと断言できるだけの能力を一人一人が持つべきだ。

「社会からの要請」を管理しているのは歴史や習慣である。過去に支配されていては前に進めない。

核兵器の議論も人や組織の死期に基づいて進めるべきで核保有国には核の放棄よりも死の宣告をした方が現実的だと思う。武力で生き延びたところでそれは人間の生ではないとキッパリ突き放してやれば良い。これは犯罪の抑止にもなる。

とにかく人はもっと思いついたことをどんどん言葉にするべきだ。そしてトライアンドエラーを積極的に行う。怒りたい奴は置いていけばいい。気づいてしまったものは仕方が無いんだから。どんどん試してどんどん叱られてどんどん前向きになってやればいいんだ。その上で人生は楽しんだ奴の勝ちだと言ってやれ。悔しかったらひらめいてみろ化石野郎とね。それが社会を明るく元気にする。

5/26 家の北西で改築工事をしている土建屋が電話をかける振りをしてうちの前に角度を測りに来た。また兵器を仕込んでいると推測。

11:55~12:17 のび子と娘がドラッグ診断ために強制排便攻撃を仕掛けながら偽水撒きを仕掛けた。そこに工作員の女が数ヶ月間一度も現れなかったのにその時に限って現れて偽軽自動車を乗り換えた経緯を勝手に喋り出す。カルト教団で契約結婚した奴が身の潔白を謀って何になる?

19:53~:58 土曜日は見たいテレビもないので再び調べ物のために出かけたが宝ヶ池公園は夜中でも電磁場を張りっ放しにしているらしく手の甲が痺れる。そしてこんな時間にも偽軍人はうじうじついてきて作業中9回旋回した。そして作業を終えると構って股間攻撃を仕掛けてきた。病気野郎!

5/28 23:15~:40,0:29~1:02 てんかん攻撃。その後レポートをまとめ直して2時に就寝すると8時まで眠らせても6時間睡眠にしかならないと見越して内股と膝に低温やけど攻撃を仕掛けてきた。わざわざ月曜日を待って間接的にマスコミに挑発。境界性人格障害の症状のひとつに上手くいっていることをぶち壊したい衝動と自らを危機に晒して庇われることで見捨てられる恐怖(こいつらの場合は迫害恐怖)を和らげようとする行動があるが、彼らの場合この行動に対して報酬が発生するためにより強力に依存して構って攻撃を兼ねた破滅的行動を繰り返しているのである。今や家中にトラップを仕掛けてことある事に脱水攻撃やてんかん攻撃を仕掛けてくる。彼らにとって私のスマホは世間との唯一の窓口で壊せば世間から見捨てられると思っている。またブログも世間にかまって欲しくて書いていると思っている。だから王の言葉を語ると激しい嫉妬に駆られて暴力をエスカレートさせるのだ。この傾向はアメリカ映画にも見られるそうだが、アメリカという国そのものが境界性人格障害であり彼らの手口は医学書に既に記載されている。にも関わらずマスコミも世間も国連もこれを学ぼうとせず、ゆえに指摘も非難もせず治療を促すこともしない。解決できる問題を手が付けられない問題、仕方の無いこととして放置している。

*12:19~ 足裏痺れ攻撃が始まる。12:24 ヘリが犯行声明を出す。

MSD manuals境界性人格障害より抜粋https://www.msdmanuals.com/ja-jp/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%8A%E3%83%AB/08-%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E9%9A%9C%E5%AE%B3/%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%BD%E3%83%8A%E3%83%AA%E3%83%86%E3%82%A3%E9%9A%9C%E5%AE%B3/%E5%A2%83%E7%95%8C%E6%80%A7%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%BD%E3%83%8A%E3%83%AA%E3%83%86%E3%82%A3%E9%9A%9C%E5%AE%B3-bpd

12:38 近くの死角にトラックを停めて入力障害を引き起こす卑怯者。正面から問題と向き合えないから正面から戦えない。問題の全体像、コンセプト、ゴールが見えていないからだ!

さらには彼らから武器と運転免許証を取り上げることは自らの立場を危うくし、社会からの疎外感を増長させ、人格障害を悪化させる原因を取り除くことになると言っても聞き入れない。社員は上司が失敗した部下に対してどのような処分を下すかを見ているそうだが世間もまた私の死を制度化する提案を受け入れられない故にキチガイを応援しているのである。故に宗教による世界統一は人類を皆人格障害者にすることでそんなことは不可能だと叫んでも頑なな心を変えることがない。彼らは学がないのに主導権を譲らない。その傲慢さと厚かましさはどこから来ているのかと言えば独自のビジョンを持っていないことなのだ。無知とキチガイの治療が物的証拠というアプローチで始まるわけがない。その証拠に私は物質的経済的に困窮させられてもピンチを感じたことがないし自信も一度も揺らがなかった。根拠がないから。

 知識が増えれば対応は変わる。彼らの野望は多様性に適応できなかったと言える。知識を認めないことで延命を謀ることなんて許すはずがない。人類の進歩を否定することは政治家の仕事ではないばかりかテロである。「それは災難だったね」では済まされないのだ。

5/29

9:20 スマホを2F西に置くと金馬がシャッターを鳴らす。

10:32~12:36 仕事机を細かく移動するたびに偽軍人、カブ、戦闘機、ウツボ、のび子、ワンボックス、魔女、ノイローゼが音を鳴らして尻にレーザーを再ロックオンしてきた。ウツボは日中のトータルで13回ドアを鳴らした。一度も外に出ないで。

13:36,:45~14:00 ジャンキーのび犬がガレージの偽乗用車を起動し、離れた場所からてんかん攻撃を仕掛ける。

15:00~:08 ヤマトのトラックが北東に停車。

15:09 ヤマトが去るとのび犬が偽乗用車を同じ所に置く。→15:14 スマホを移動するとやや接近して停車。→15:16 再び起動してガレージに戻す。―――このように明らかな不審行動をしてもこのエリアの住民達は通報しない。キチガイと戦わない。俺が独りで戦っている。

16:00,:02 スマホを移動するとノイローゼとウツボとヤマトが取り付く。

16:44~:56 雨の中のび犬が偽自転車を玄関からガレージへ、ガレージから玄関へと移動して1F中央スマホにロックオンする。

16:46~:58,17:17~:22 ガレージに来たヤマトもチャリレーザーと合わせてロックオンを解除してやると去ってふざけた時間にガレージに舞い戻り停車。

 ・・・こんな幼稚な工作員を集めて制度化できるはずがない。運営者がバレたらしっぽを切ってまた新しい組織を作ればいいとたかを括っているから人間のクズばかり集めてバンザイアタック/特攻をけしかけているのだ。そんな遊び半分の破壊活動をなぜ市民が黙認せねばならない?大袈裟な戦力を投入する前に本気を見せろや。キチガイを放置して本気なわけないだろ。こいつらを社会人として扱うのは不可能だと認めて諦めろ!

・・・警察署なり自民党本部なりをガサ入れして黒塗り文書を封じれば瞬殺されるような組織がどうして強気でいられるのか。文書のデジタル化は黒塗り文書の作成と証拠隠滅を効率化するためか?それならまずお前の書記官にお前のしていることは仕事ではないと言ってみろ。記録することは本意ではないというなら国民に正面からそう言えばいいんだ。説得できないのはお前らが政治のコンセプトを理解していないからだ。辞めてしまえ!

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