まとめてつぶやき1021 成功者が社会を腐らせる

4/28 日曜日

11:45 晴れの日を有効利用するべく出る。

12:02 ヤマトが動線挑発。

12:06~,12:34,12:38~ ポイントに着くと偽軍人がうなる。1111/111

12:16 いつもの様にヘリが取り付く。そして燃料を無駄にしながら時間潰し。

同 老夫婦が背後のベンチに陣取る。

12:36 せせら笑いが聞こえたのでポイントをずらす。

14:15~ 4組がロックオン行動をして去った後、脱水攻撃が始まる。

14:31 ロックオンを避けると杖付き老人が引き返してきてまた近くに止まる。

 ガザの住民達はなぜハマス軍に出ていけと抗議デモや反戦デモを起こさないのだろうか。中東の歴史を見ても敵の指導者を差し出すことで弱小国は生き残ってきたじゃないか。空爆によって家を壊され家族を殺されてなお犯罪者との共存を断念しようとしないその執念はどこから来るのか。

馬鹿を相手にすると本当に話が進まない。「行動する」ということは相手や世間に何らかの影響力を与えるということなのだから「ホームランを打てます」と言ってもバッティングセンターで160キロの球を打っても意味が無く、公式の場でバッターボックスに立たなきゃならない。ならば私が「罪人に罪を償わせろ」と叫んだらフォロワーの数を増やすなどして私の言葉に社会的影響力を持たせるのが周囲の正しい反応であって可哀想と思うかどうかとかサービスをしてやるに値するかという捉え方をするのは明らかにズレている。はっきり言えば大衆が英雄を讃え服従して腐敗した社会を浄化するべき場面なのだが、日本人は進歩に対する抵抗が強すぎる故に英雄崇拝を受け入れない。そしてそんな日本で漫画やアイドル/偶像崇拝文化が発達しメッカとなり、逆に英雄崇拝を受け入れている西洋でこれらを創作できないのはあべこべであるがちゃんと理由がある。つまり西洋では心が若いので他者の人格や行動や思想に対して敬意を表することへの抵抗が少ない。ウェイターやストリートパフォーマーに対するチップの習慣がそれを支えている。英雄は彼らにとって身近な存在でストライキやデモに参加する人々は一人一人が英雄的行為を自負している。それ故に政治家や芸能人とも対等な人間として見ている。公園でイギリス人旅行者の兄妹を見た時などもまるで『ハリーポッター』のハーマイオニーとロンの会話のように流暢に話し、知性を感じられた。これに対して日本の子どもは幼稚そのものでその親も子どもの抗議に臆して力尽くで押さえ込む。さらに政治家のことを先生と呼んだりケーサツのやりたい放題を許したり、コミュニケーション能力ゼロのCMを流したり芸能人を籠の鳥にしたり百円均一店の品を重宝したり円安で外国人に見下されていると感じてベトナムへ行って豪遊しようと呼びかけたりと他者の評価が病的で職業全般にプロフェッショナルを求めないから自信がないのに横柄な態度を取れる相手を探したりお客様脳をこじらせてクレーマーになったり漫画の主人公やアイドルのような絶対者を求めたりする。罪人を裁けないのも煽りを食って自由が奪われると自覚しているからなのだろう。だとしたら日本の漫画やアイドル文化は決して世界に誇れるものではなく、精神病者が創り出した妄想に過ぎない。

彼らがプロフェッショナルのクオリティを求めるのは趣味の領域だけでこれを提供する制作者にのみ厳しい目を向け、かつ彼らは好きなことをして遊んでいると見なして嫉妬する。よって本気を仕事をする人は必ず彼らに快情報をもたらさなければならない。そういう意味で日本人はプロデュース業を英雄的行為と位置づけているのかも知れない。つまり日本人の奥ゆかしさが病的に発達して自らは表舞台に立たず品定めされることも非難の矢面に立たされることも避けながらアイドルを通して褒められたい、「神」になりたい。推し活が流行るのもそんな彼らの願望に叶うからだ。推し活や食べ歩きが彼らの本気の上限なのだ。それは進歩をコントロール(抑圧)するために覇権を求める権力者と同類である。そして私は進歩をもたらす者であるから影響力を持たせないようにする。反社の影響力を削ごうとはしないのに。結局善悪の判断について何も行動していない。口だけなのは彼らの方である。

・・・やはり日本人は仕事の能率が悪いのだ。本質を理解していない。

高齢者は本当に(若者の)進歩について来られないのだろうか。子どもの能力と同じく古い評価で見誤っているのではないか。確実に進歩していないのは実は成功者で役者でもテレビドラマ俳優と舞台俳優とではレベルが違うし、監督のレベルも違うだろう。国会議員と地方議員または市長の違いに目を向ければ行政への取り組み方や意欲の違いが見えてくる。さらに都会人と地方民では人生や人間関係に対する姿勢や意欲が違うし、ケーサツと市民の生活に対する取り組み方も違う。進歩とは謙虚さであり、謙虚さを失った方がルールを管理するから社会が腐敗する、人々の欲求が歪むのだ。上限の見えた政治家や犯罪者が泡銭を手に入れ、女を金で買って満足してルール/不文律を固定しようとする。そんなことは極論すれば借りた金でも出来ること、タイムリミットがある点でも大差は無い。しょぼい成功体験で満足して成功者や権力者、絶対者を自負していることが愚かで傍迷惑なのだ。組織票に頼った当選も看板商品のある会社の売上の増減も視聴率もギャグが受けたもしょぼい成功体験に過ぎない。人々に転職を勧める前にまず彼らがそんなものにしがみついていないで進歩するべきで人間社会においては人生で二度以上成功することがマストなのだという意識があれば「出る杭は打たれる」とか「一発屋でも売れたらすごい」なんて言っていられないはず。そんな彼らに現実を突き付けない大衆もまた人生観が浅すぎる。

SDGsの立案は量産品の開発を待つだけ、権利やサービスの拡張を待つだけの図々しい穀潰しの時代が終わったことの宣言ではないのか。あらゆる動物の群れが欲している人材は常に第一人者/ファーストペンギンであって彼らの行動、成長、呼びかけを妨害する者には罰を与えなければならない。主役はお前じゃないと。

 四の五の言わずに全員が一度罪の清算をすれば多くの問題が一度に解決するんだがな。失って惜しい物や人などひとつも無いのに。

 前にも言ったかもしれないが頭が悪い人ってなぜ敵の理屈で戦うことにこだわるのだろう?それを破壊、修正するために立ち上がったのではないのか。それを鹿と馬の区別もつかないというのだ。

 極論すれば人間社会には文化を受け継ぐ人だけ生きていれば良い。文化の破壊者などは税金のようなもので根拠も無いのに私たちの人生に割り込んできて居座っているが、私たちは税金と生活費を支払うためだけに生きているのではない。私達はそれを断ち切ることで自分らしく文化的な生活を送ることが出来るのである。文化の破壊者を優先的に生かさなければならない道理など誰にも説明できやしない。

 1億円の家には現代の物質的満足の粋が詰まっている。と言ってもメイド(ロボ)付きで家のことを何もしなくて良いというわけではなく生活空間の域を出ない。したがってそれは物質的満足を求める全ての人の手に届かなければならず、あなたにこれを断念させるものは物質的快楽を司る者ではない。必要なものを断念していながら物質的快楽を撒き散らす連中を好意的に評価する人は騙されていることに気づくべきである。

 才能こそ人間社会の真の通貨?

4/26 金曜日

10:15~:18,:21,:31:43,:53,11:01,:16,:39,:59,13:08,:18,:27,:33 資料のメモ中ヘリがしつこく辺りをうろついてスマホを暗転させてきた。偽軍人とセスナは脱水攻撃。明らかに敗者のやることだろ。

4/27 土曜日

8:57,9:30,10:03,:08,:11,10:26~:32,:38~11:45,~:53,13:58 マドハンドの違法な商取引の告発を受けてマドハンド3及び外部の共犯者2名が3台の軽バン(ワンボックスと表記していた車)で周回とガレージへの帰還を繰り返した。ヤマトも6回挑発に訪れ、10分間の荷物整理を組み込んできた。プラス不明の配達車が3回路駐。のび太もゴースト状態で3台の偽乗用車を起動。(出かけた回数ゼロ回)その都度風呂に駆け込みナメクジレーザーとリンクを張った。ヤマトとポリ公はカルト時間に遭遇するために好き勝手に停車したりショートカットをしたりするが、彼らは強い組織に所属することに重きを置き、これをアピールすることで満足している。実質犯罪を尻拭いしてくれる便利屋としか思っていないくせに。そして組織が反社会的勢力だと思えばこそ彼らは犯罪行為で組織に奉仕するのである。政府・警察を最も侮辱しているのは彼らであって自分の仕事に対して誇りや敬意があれば制服を汚すようなことはしない。私はまともな人間と入れ替えろと言っているんだぜ。国民の統治に失敗した国王を含め成功者は自分の仕事に敬意を払わずその影響力に翻弄されるから家臣や市民に出し抜かれて反乱を起こされる。誰よりもその仕事について熟知していなければならないのに着せられた権威を振りかざしてぼーっと突っ立ってるから王の素質を持つものを目覚めさせてしまうのだ。

7:55~ ワタナベとマジョも私が目覚めた瞬間からパチンコ台に座り、カルト時間に合わせてポケット(股間)を狙って撃ってきた。そしてポケットから外れると大騒ぎ。パブロフの犬、ギャンブル依存症。カスみたいな成功体験の繰り返しで必要も無い時間を無理に消費して命を盗んでいる。理性対感情の戦い。見せしめにしたいならビデオを回して自分たちの奇行、蛮行をYouTubeにアップしろや。それで叩かれるのはお前らの方だ!こんな偽市民は社会にいらない。

4/30 火曜日

13:35~15:13 レポートの加筆をする。

13:35~ ポイントに着くと偽軍人によるカツアゲ脱水攻撃が始まる。傍に清掃車。

13:40~:42 ヘリが取り付く。

 上司と部下の関係は仕事を知っている者が未熟者を導くことに意義があり年齢やキャリアや役職には意味が無い。アスリートが天才と出会って引退を決め、後輩指導の道に進むのは天才や暴君に限らず人がいつか誰かに道を譲らなければならないことを悟ったからである。道を譲りたくなければ天才の進歩や天才の世界に死に物狂いでついて行って第二の成功を収めなければならないが、察しの悪い人は徒に地位にしがみついてパワハラやセクハラや組織犯罪をやって場を混乱させ、職能を麻痺させる。天才を凌駕する後輩なんて現れるはずがないと決め付けて集団に絶望を押し付ける、感染させる。能力も無いのに居座ることこそが最大のパワハラであり独裁と戦争の歴史の元凶であった。我々はいい加減この古代以来の悪しき社会体制を解体して正しい命のサイクルを営まなければならない。一度くらいの成功を大袈裟に考える奴は人間社会(息の長い現役生活)では生き残れないと知るべし。―――私はこれまでにあなた方に何ギア上げて見せた?私のギアの数だけあなた方は脱落している。科学は人間の進歩/要求には勝てない。そんな物に頼った時点であなたの敗北は確定している。他人の利益や幸福を考えられない人もギアを上げることはできないだろう。科学に根性論は通じないし、使用者の利益しかもたらさないからである。

 人々が与党の言うことには従い、野党の言うことには影響力を持たせないというこだわりにも進歩への抵抗が見られる。政権が腐っている、売国奴だとわかったなら野党を支持しないまでも彼らの国会での発言を切り取ってバズらせることで与党に圧力をかけても良いはずで一部の限られた人間及びグループの言葉にのみ実行力を持たせる考え方は前時代的であり非効率であり民主主義に対する欺瞞である。市民は国家権力と彼らの御用商人、御用学者及び手下の意見だけが通りそれ以外の何者の意見も却下される社会の危険性に対する反省から民主主義体制を導入したと理解すべきであり、最高権力者であっても成功の連続を免除されることは無いという認識を通して我々は独裁を克服することが出来るのである。

 人生はそれこそ野球と同じく成功の連続によって成り立っている。進学も就職も恋愛も子育ても。打てない人は守備ばかりやることになり、アウトを取れない人はバッティングピッチャーや噛ませ犬を演じることになる上手く生きるには走攻守、心技体が揃っていなければならず、相手にバッターを譲ることができて初めて人は人格者になれる。自分ばっかり打ちたい人は剣道で永遠に一本の判定をもらえない。しかし私達はそういう連中ばかり成功者と認めてきた。自閉症児は自分のルールに固着して譲れないがために社会から脱落するのだ。政治や大人の世界も同じで科学的発明だけが彼らに進歩を強要できるのではなく市民や社員の意識改革もまた彼らに二度目の成功を要求できるべきでこれに答えられないリーダーは転落しなければならない。そして我々の要求はパワハラやセクハラや裏金の禁止などという生ぬるいものでは無い。

注意されたことだけ表面的に改善して見せていい子を演じてればいいんでしょという考え方は反抗期の子どもと一緒でそんな人は成功者ではない。彼らには成功者に対する敬意が足りない。自分の仕事を侮辱する人から仕事や地位を取り上げるのは当然の報いであるがそれをしてこなかったから彼らは付け上がっているのだ。大衆の側にも成功に対する敬意が足りなかったせいだ。恩恵やサービスを主体に考えてるからだ。恵まれた生活に対する感謝と人生に対する敬意が足りない。いい加減な生き方をしているからヤンキーの溜まり場のような環境で楽しいふりをして若さを浪費してしまうのだ。

脇道で渋滞を引き起こすネズミたちも車を使っても業績が上がらなかったという現実と向き合って速さで誤魔化すのを諦めて自分の職業スキルを高める努力(自分のスキルで勝負する仕事観)に切り替えるべきだ。

 民主主義に関して補足すれば多数決制の会議は前提として賛成者と反対者を同数揃えて話し合いを開始するべきで話し合いの内容によってどれだけの人間が心動かされたかを判断の対象としなければならない。つまりは綱引きのようなもの。組織票とか談合とかロビー活動とか賄賂とか出席者を話し合いの内容以外で誘惑する行為はもちろん日和見主義者は不正を働く者であるからこの会議には参加できない。数の力で間違いを押し通そうという悪意は賢者に対する嫉妬と憎悪を前提にしており話し合いの拒否に等しいからである。

 もちろん政治は綺麗事だけでは成り立たないので憎まれ役を演じなければならないこともあるが、政治家には国民全体の利益や長期的な利益を見据えた計画を立案する先見の明や視野の広さを具えていることがマストであるのだから目先のことや自分のことしか考えていないバッターと真っ向勝負して打ち取ることなど容易いことであろう。故に審判を買収したり、障害者を盾にして追及をかわす(障害者は成功できないと決めつける)ことは許されないのである。

 家電や文明の力に関していえばリモコンのないテレビやポケベルに戻りたい人は居ないだろう。しかしガラパゴス携帯や黒電話には不便を感じない人もいる。文化にも残すべきものと捨てるべきもの、進歩を要求されるものがある。ティックトックやインスタは若者たちの拠り所であるが成功への意欲と外界(政治や社会)への関心を低下させているので距離感を学ばせる対策を講じなければならないだろう。一方で公衆電話や公園の遊具は政治的思惑があって撤去されているのだろうから警戒しなければならない。(泥棒の二つ用心)

それこそ子どもを持つ親たちが必要だと声を上げて彼ら以上の影響力を示すことで遊具の近未来化を促し、公園に子どもたちが戻ってくる未来を作らなければならない。そうして地域社会に活気と人通りを戻せば陰気なスパイ共もやりにくくなるだろうから。

*15:11~ 脱水攻撃。彼らは我々と同じ数の賛同者を集められるのかね?

コンプライアンスに配慮した発言こそキレイゴトだと思う。人生を舐めている奴に配慮なんかしなくて良いし、その提唱者の本命は「袋のネズミに市民権を与えろ」という事なので的外れな気遣いで真っ当な市民同士が潰し合いをする必要はない。そもそも注意や非難に対して一言でリズム良く切り返したいという発想の根底には(人間的な)成長の拒否があり、そんなことが許される時代など永久に来やしない。したがって全ての言動を監視するのではなく「成長しねえなあ」とか「代理に逃げるな」という趣旨のNOに対して周囲が速やかに社会的影響力を与えて社会的地位や数の力を無効にするだけで良い。それこそ社会的弱者が欲してきた力なのだから。

離婚の理由はなんですか?パートナーが成長しないことです。

子どもが親を嫌うのはなぜですか?親が成長しないからです。そしてそんな親を許すのは社会に出て親以上に身勝手で子供染みた人が故意に他者に危害を加えてのうのうと居座っているのを見たからです。すなわち消去法と妥協。友人や芸能人の愚痴やマッチングアプリやSNSのミュートやブロックがそれに拍車をかける。

 自分は成長しないヤツらの犠牲になりたくないが、誰かが犠牲になるのは仕方がないと思っている。

 「夕飯何がいい?」と聞かれて「何でもいい(けど好みや今の気分を察してね)」と答えるようなもので成長しない人は常に相手に負担を負わせる。それが日本人の真面目さやサービス精神の正体。しかしこの時彼らは食事だけでなく団欒さえ惰性のものと考えてないがしろにしているのである。それが家族のまとめ役としては不安でストレスなのだ。「それを言ったら終わりじゃない?」と。こっちはその気分すなわちどういう食事風景をイメージしているかを聞いているんです。

 成長することは大袈裟なことじゃない。あなたの意思が邪魔しなければいつでも出来る。ただし成長の方向を歪める搾取者には注意しなければならない。

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