8/14 水曜日
11:36,:38 ようやくポイントに着くと間髪入れずに偽軍人とサイバーテロ戦闘機がうなる。前進する者に何かを失わせなくては許せないヤツら。
11:39 レポートの作成を開始。
11:43,:58,12:00 サイバーテロ戦闘機がリターンしてスマホにロックオン行動。
12:33 戦闘機。
12:43 レポートを書き上げるとヘリと戦闘機がうなる。一歩も進めない。死ねばいいのに。
今週心に残ったことは『TEPPEN』のピアノ演奏と『おしゃれクリップ』のいとうあさこさんの話だけ。あとは仕事漬けだったので新しい修正点を発見したことくらい。早く記事にして世に出したいが時間が足りない。
まずは『TEPPEN』を観てピアノを弾きたいなと思う気持ちと私の嫌いな無機質な音を改めて感じた。素人ながら個人的には技術と感情の融合が大切と考えているので「精密機械のような演奏」と謳われている人が優勝したのは日本社会の不文律が見えて引いた。・・・正直仕事をしながら聞き流していたのでよく覚えてないんだけど。それでも正確性を問うステージでは私の好きなZARDの曲も流れてきたしピアノを弾きたいなと思わせてくれたもののフリー演奏/アレンジ演奏のステージでは全体的に感情のムラが目立ってつまらないと感じた。お手本が無いと表現をまとめられないのは曲を作りこんでいない、イメージの構築が不完全である故に技術と感情が乖離しているからだろうなと思う。そんな中でなのはなさんは2曲とも体温が上がる演奏を聴かせてくれたので私としては彼女に優勝して次のステップに進んでもらいたかった。つまり観衆とコミュニケーションを取りながらピアノ道を追求してもらいたかった。でも『のだめカンタービレ』にも見られるように情感豊かな演奏者はプロ受けが良くないらしく世間を含めて彼女にまだ不遇の苦労をさせたいらしい。
いとうあさこさんの人生も白族に与えられる典型的な境遇をなぞっていて客観的に自分と同じ人生のフローチャートを確認するとやはり腹立たしいことだ。無駄な回り道が多すぎるし、体を壊すまで無茶をやらせないと気が済まないほど我々が憎いのかと叫びたくなる。結婚もされてないし。彼女はきっと今のポジションを演じるのに時間も屈辱の日々も必要なかったし、上手くやれていたはず、それを乗り越えて確実に残ったと思える信念だって不遇を経験しなくたって確認できたし、遊び呆けてたって譲らなかっただろう。試すポイントを間違えてるんだよ!
私の仕事もそうだけどなぜ世間は仕事をやり切ってからでないと人を認めないのだろうか。試験してこの人はセンスがあると思ったら世間や同業者とコミュニケーションを取りながら道の追求を始めればいいじゃないと思うんだけどやり切ってから認められてそのあと私は何をするのか?若者たちとしても「頑張りました」と完了形の話ばかり聞いても自分も頑張ろうとは思わないでしょ。社会を活性化するには現在進行形で頑張っている人や進歩している人たちの声が飛び交う環境を作った方が絶対にいいのになぜ終わった人にばかり発言させる?いとうあさこさんが「この仕事は自分がやりたいと言ってできるものじゃないからね」という感じのことを言われたのがものすごく悲しかった。そこでこの不文律をどうしても変えたくてここまでの移動中に考えた。人が進歩するには優しさを捨てる必要があって進歩することでより深い優しさが手に入るのだが、その間の時期には怒声を伴う厳しいキャラクターを演じなければならない時があって周りにも当然進歩と理解を求めることになるのだが、世間も職場も為政者もそれを嫌ってがむしゃらな人を敬遠するのではないか。「進化を終えて優しくなってから来て下さい」と。女性の処世術として苦しくても笑顔でいることが求めらるのもこの種の敬遠を回避するためで、また「何かを手に入れたら他の何かを失わなければならない」という呪いも進歩しない人の理屈で妨害工作だろうと思う。しかしそれが何のために必要で誰の救いになるのか?世間も若者も一度優しさを捨てなければダメだ。強くならないと。テロリストどもは他人が大切なものやささやかな幸せを失うことばかり祈りながら生きている。そんな人生は虚しいだろ。

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