まとめてつぶやき1037 施設性人格障害

8/21 水曜日

9:05 家を出ると戦闘機が追尾開始。

9:09,:53,:57 ヤマトが動線挑発。

9:57,10:00 佐川はまたいつものコンビニ前にたかっている。

10:07 藤森神社前にカエルの生協が長時間停車を開始。

10:07~11:02~ 偽軍人がうなる。1111111

同,13:26 サイバーテロ戦闘機も合流。111

10:49,13:07,:25 ヘリが合流。

10:53,11:04,13:00,:24 戦闘機が合流していつものロックオン行動。ネット検索の日には偽軍人とサイバーテロ戦闘機が交互にうなりを上げて私の集中を妨げてくるのにレポートを書く日には戦闘機が主流になって動いている。

10:58 工事トラックが大学に入ってきて近くに停車。大学がヤクザの使い方を覚えてどうする?問題の核を考えろよ。

13:11 車2台が近接。→13:13 離れる。

14:11~:13~19~:32~:41 真後ろに停められた車が気になって移動を始めると偽軍人が追いながら股間と腸を撃ってくる。この異常者を排除することの何が難しいのか?車を寄せるだけで排除できると思っている奴らも自分こそが嫌われ者でサイバーテロを行う危険人物という認識を利用して仕掛けてきているのだから立ち去るべきは彼らの方だろう。嫌われ者が支配する社会を誰が望んでいるというのか。公表して世間に議論させろよ。

14:48 戦闘機が合流。社会から逃げて空で妄想している異常者。

 マイノリティーへの無条件の冷遇や偏見をなくすには多数派優位主義や権威主義を規制しなければならない。法律は本来多くの人が犯してしまいがちな罪や加害行為に対して自制を促すためのものであるが、マイノリティー(のすること)が悪いという意識を人々が持つようになったのは政府・警察がテロリストやストーカーや特殊詐欺などの組織犯罪を創作し、それが少数の反射社会的人間や人格異常者がすることと宣伝したためである。地上世界に地獄出身者の方が多いなら尚のこと人々が無意識に行うおかしなことやおかしな考え方を自制の対象にするべきなのだが。彼らはそのような大衆のニーズを察し利用して多くの人が犯しがちな過ちを見逃すよう仕向けている。その代表的なものが持て余したもの(金、命、時間、権力)を無理に使おうとして社会の価値観を嘲弄するような浪費行動や自己破壊行動に走ってしまうことである。集団生活でも団体競技でも合奏でも関わる人数が増えれば質が落ちることは周知の事実であり、(スペースこそがそのものらしさを表現しているのに余剰はスペースを埋めるから)監督はレギュラーを選抜することによってチームの秩序を維持しているが、社会においては補欠でも運営できるシステムを目指してレギュラーレベルの意見を封殺している。これは特定の集団の利益を守るための施設化に他ならない。これによる弊害は首謀者だけでなく成員たちも集団全体の利益を考えなくなることである。かつ所属集団内で世界を完結しておきながら足りないものや満たされないことを外部のコンビニ(植民地)やスケープゴートで満たそうとする。帝国主義政策はその典型。当然外部の健全な精神を持つ人々と対立することになるが彼らはこの人々をマイノリティーの餌ランクとして一方的に敵視、軽視し、正論や敗北を認めず、彼よりも劣る所属集団のレギュラーメンバーに対してレベルアップを要求できない。そればかりか異常者を輩出するとこれを排除することも解散することもせず、彼の性格に同調しようとする。自分がレギュラーレベルの能力を身に付けろと言われたくないがために。

 ゆえに施設は人権意識を育まない。おかしいことをおかしいと言えない集団に人権や平等があるはずもないのだから。そんな彼らが外部に対して人権を訴える時には自分はマイノリティーであるから守られるべきという自分勝手な権利と自由と生命と財産の保護の訴えであり、自集団がしてきたことを外部の人々も当然マイノリティーになった自分に対して行うであろうという迫害妄想に基づいているが、もうひとつの視点から言えば愛着障害に基づいている。彼らは施設で一人の人間として尊重されず、人格の発達や人間的な成長を促されてこなかった、すなわち愛されてこなかった故に基本的信頼感を欠いているのである。それで組織の性質ゆえに満たされなかったものを外部に求める利益の二重取りが(甘えとして)許されると思っている。芸能人もチヤホヤされる環境に依存して馬車馬のように働かされ、休みなく利用されることを有難いと錯覚している。普通の感覚なら世間に認められたのに政治団体の支配下に置かれて自由に市民寄りの発言ができないのはおかしいと思うはずなのにそれを抑圧して黙っているのは異常心理である。彼らも部屋で一人ネットで満たされない心を埋めてくれる物を漁り続けているのだろう。

乞食党が作る法律は全てこれと言っても過言はない。好きで施設暮らし、部落生活をしているくせに日夜足りない足りないと愚痴って外部への破壊、侵略、略奪行為に明け暮れている。増税も無い物ねだりだろう。彼らは国民のニーズのためでなく自分たちが自民党員、政権政党、独裁者であることに飽きて退屈を埋めるために金をかき集めている。しかし何でもタダで手に入れば落ち着いた生活を送れるかと言えばそんなことは有り得ない。タダでギャンブルができれば人はギャンブル漬けになるし、酒がタダなら酒浸りになる。ドラッグでも風俗店でもゲームでも焼肉屋でも同じだろう。その待遇に落ち着いた生活などは無い。無い物ねだりをする人はまず自分が落ち着く場所や条件をリサーチし把握するべきで民意を問う時にもそれをベースにしてプレゼンするべきなのだ。いい歳をしていつまで世界の中心にいるつもりか。人生には全体の利益(利他主義)を考えるようになる年齢や経験値ってものがあるだろう。施設の外に出ないから損得勘定から抜け出せないのだ。あなたはその環境にもメンバーにも飽きている。

 夫婦間の小競り合いもタスク処理に終始する妻とこれをいなして収集癖に走る夫はお互いに夫婦関係に飽きて意識を遮断しているのである。妻が髪型を変えたことを夫が気づかないという話をよく聞くが、相手を知ろうとすることをやめるから利害の対立(粗探し、完璧主義)に傾倒することになる。パートナーのこと、自分のこと、仕事のことを知ろうとすれば無限に考えることはあるし、私のように毎週新しい見方を発見することも出来る。しかし訳知り顔の人は「お互い好きなことをして適度に距離を置くことが円満の秘訣」などと安易な結論を出し、落ち着きがない人や家庭生活に向いてない化け物とは距離を置くことさえ許されないという悲惨な実情を理解しない。(その環境に利害関係があるなら)運が悪かったと思って諦めろという態度を取る。彼の性格や人格を改善するため家庭環境を健全化するために世間が彼を化け物と認知するべきとの主張を認めない。

 授業中や会議中に手遊びや落書きや居眠りをしてしまう人は集団から意識を遮断している。それは集団の中で一度に多くの情報を処理し続けることが難しいからでこういう人は友人とワイワイ騒ぎながらも孤独を感じてしまう。フリースクールで教師と一対一でなら勉強できるとか趣味や専門職に没頭することできるというのも生きた人間を観察することにどれだけの情報処理能力が必要かということを私たちに教えてくれる。ただし自閉症と天才を結びつけてサヴァン症候群と分類することには賛成できない。自閉症のこだわりの動機は完璧主義とミスを許せないことだから、細密画を描く能力はあっても複数の情報を一つに結び付けたり予想外の事柄に対処する能力は発達していないので問題解決能力が高いわけではないし、信頼できる数少ない理解者だからといってその人のことを深く知ろうとはしないからである。「出世して社会的に成功する人にサイコパス遺伝子を持つ人が多い」という指摘についても無い物ねだりの成果を上げた人が英雄扱いされるのは海賊と同じである。健全な出世条件とは思えない。本来なら退屈で無気力で非生産的で悲観的な集団に意識改革を促して成員にやる気や希望をもたらした人こそが出世するべきだ。「侵略者になって外部に敵を作り、勝ち続けなければならない集団になるか古い体質と戦って風通しの良い明るい会社を作るかどちらが落ち着けるか」を問うて。才能というのは悪習を絶って停滞を解消する能力にこそ与えられる称号であって自閉症の人やコピー能力に才能や個性はないと思う。才能やセンスはそれを好きでやっていることの指標になる。退屈しのぎや自己顕示や金儲けでする人は邪道を作り出したり価格破壊またはブランド化によって文化を破壊するが、好きでやっている人は新しいものも古いものも受け入れてその本質を楽しむ。学びを深めていけば新旧に共通する真理や法則や世界観や信念といったものを見い出せるからであろう。好きでない人には売れるかどうか、世間にウケるかどうかしか興味がない。自分の置かれた環境についても無いものは自分で創り出さなければ仕方がないという意識がない。自分に合ってないから遮断しているのにどこかに自分に合うものが存在しているはずだと期待して楽をしてズルをする。そうして多くの人が自分に合うものを探し回っているから社会が進歩しない、社会問題を解決できない。話が前に進まない。そして彼らは社会を遮断して関係者との駆け引きに終始しながら仲間とか絆とか助け合いなどと安っぽくて大層なことを言っている。全体から見れば彼らは帝国主義者や海賊の類なのに、しかもその根本的な動機は勉強したくない、自分のことを知りたくないし知られたくないであるので手に負えない。

 彼らの言う同調圧力というのも遮断しているのになぜ入ってくるんだという苦情に基づいた言葉だと思うが、そもそも遮断する人が悪いという認識を取り戻さなければならない。多くの野心的な人は侵略者であり詐欺師だが人格が崩壊した集団を立て直そうと声を上げている人もいるのだから。リーダーの選択を間違えてはならない。それには見透かされたくないと思うより出し切った先に新しい自分が現れるのだと考えた方が良い。創作活動をする人なら誰もがそれを知っている。

 足りないものを数える生活に勝利や安泰などありはしない。武力を増強し続けなければならないのも足りないものを探すことを生活の基本にしているからであなたの敵はあなたが考えるほどあなたのことを考えていないし、あなたの足りないものとは関わりがない。足りない環境ならばあなたが出ればいい。立てこもっているのもあなたの勝手な迫害妄想であって我々と共存するための努力をしようとしないことが唯一の問題点なのである。この点でも我々に譲歩の余地はない。おかしな生き方を改めて無い物ねだりを恥と認識せよ、そして二度と部落を作るな!社会を施設化するな。

 政治+現実=誠実/政実。政治は現実に則して行われるゆえに実を得られるのであって聖域で行われるままごとは政治ではない。妄想や意地に成果などない。今の政治のやり方をすれば黒シャツという廃棄物を生み出し、しかもその処理方法もないと言うなら政治のやり方を変えるしかないだろう。処理場を探して廃棄物を押し付けることに権力を行使して何になる?政治を突き詰める気がない奴は政界から去れ。

 差別とは自覚の拒否であると思う。突きつけられた非難に対して適切な反論を用意できない時に人は差別という言葉をカウンター攻撃の材料にする。白人が黒人やアジア人を差別するのは彼らよりも能力が劣っていることを認めたくないからである。金持ちが貧乏人を虐げるのも貧乏人に劣っているものを感じてそれを否定するために過酷な環境を与えている。コンプレックスに基づくリベンジ行動は差別なのだ。しかし彼らは一方で彼らからリーダーだと思われたがる。厄介なヤツらだ、施設性人格障害者。内弁慶ともいうか。どんな集団でも成員は皆内部の改革にのみ意識を向けるべきだ。本音を話したくらいで人間関係は終わったりしない。終わらせたいと思われている関係を繋ぎ止める方が相手には迷惑だと知るべし。

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