第五巻ではいよいよ恋愛について科学的に解説していきたいと思います。
人間の脳では環境や母国語や特定の人間への適応のためにシナプスの刈り込みが数回行なわれ、生後二カ月頃から生後八か月までの間に増えたシナプスと五、六歳までに増えたシナプスの刈り込みが行われることが知られていますが、実は恋人ができた時や妊娠した時にもシナプスの刈り込みが行なわれ、「灰白質の減少」として認識されています。かいはくしつは脳の各部位の体積を構成している神経細胞の集まりです。
まず妊婦はエストラジオール(エストロゲンの中で最も活性が高いもの)とプロゲステロンの急増により妊娠前から脳の内側前頭前野と右上側頭回と右島皮質(他者の感情や状況を共有、嫌悪感、不快感、嫉妬や不安なども司る)と小脳の灰白質の減少が始まり、少なくとも産後二年までその状態が維持されるそうで、部位によっては生涯減少したままになる所もあるそうです。特に内側前頭前野は他者の利益、感情、恐怖や苦痛を自分のことのように理解し、道徳や公平性に照らした協力行動を取るのに必要な部位でオキシトシンによって活性化し、母親が我が子の写真を見た時に強く反応、またその反応は灰白質の減少が大きいほど強くなるそうです。私見を加えるならばこれにより女性は成人男性や自分自身の複雑な心理的駆け引きを忘れて乳幼児の純粋で単純な欲求に対応あるいは共感できるよう脳構造を変化させます。なお、この変化は人工受精でも起こります。
右上側頭回は右側頭葉の上部にあるヒダ(襞)で聴覚処理や音の記憶、言語理解(声のトーンや表情や視線などの非言語的コミュニケーション併せて言葉の意図を読み取る能力を含む)、感情処理(理解、共感)、空間と状況認識、洞察力(見抜く力)などを司り、機能が低下すると出来事記憶や視覚情報記憶が低下したり、道に迷いやすくなったり共感性が低下したり社会的、対人関係的に不適切な行動を取りやすくなることが推測できますが、恋愛中にはパートナーの視点を優先するとか相互理解が深まるといわれているので母子共々ここが最適化されて愛着や絆の形成を助けると理解すればいいのでしょう。この部位はさらに皮肉や比喩の理解にも関与していて幼少期に親子でよく話した子ほどよく発達して言語理解能力が高まるといわれています。
これを踏まえて思春期(八歳~)における脳の成熟プロセスを見ていくと脳の構造を社会的なつながりや報酬を重視するカイロへ最適化すると共に幼少期のスポンジのようにと例えられる過剰な学習能力を抑えることを目的として二十五歳まで発達が続く前頭前皮質(広く前頭葉)と腹内側前頭前野(内側前頭前野の一部でより情動的・個人的な価値判断に傾倒している)と海馬でシナプスの刈り込みが行なわれます。ただし灰白質は酷使し過ぎたためにすり減るのではなく、使われないから整理されるという仕組みなので実際に活発に活動しているのは別の部位になります。腹内側前頭前野と海馬はデフォルトモードネットワーク(DMN)の中枢を構成する部位で、正常に活動している時に人は安心しリラックスしている状態にあり、過去の記憶に基づいた思考をしている、すなわち経験が通用する課題に取り組んでいる状態にあります。そしてそれが崩れたということは経験のない事態に直面し、ストレス、不安、恐怖またはパニックなどの強烈な感情にさらされていると言えます。ちなみにうつ病初期や九歳から十一歳の逆境体験はこれらの部位で灰白質の減少が起こるきっかけとされています。
そしてこの事態に対応するために活動する脳の部位は扁桃体、背外側前頭前野(dlPFC)、島皮質、視床下部(自律神経センター、交感神経優位)で、扁桃体はブレーキ役である腹内側前頭前野の活動が低下することで過活動を起こし、パニックや強いストレス状態をもたらします。背外側前頭前野は感情の制御が効かない状況でおかれている状況を分析したり不安を理屈で抑え込もうとして過活動になります。島皮質は扁桃体からの情動的な信号や自律神経の乱れを心拍数の増加や内臓の違和感(胃腸の不調など)、体の痛み、不快感、緊張、嫌悪感といった身体的感覚に変換して各部に伝えます。
この状態が慢性化すると慢性的なストレスや睡眠不足を伴いやすく、神経細胞の過剰な刈り込みが前頭前野の成熟を遅らせて先に成熟する大脳辺縁系が司る感情を抑えきれずに不安定になったり、脳細胞や海馬の修復及び再生が停止して脳の機能異常や統合失調症などの精神疾患を誘発したり、もちろん灰白質の減少にもつながっています。まさに激動と言える時期で、幼少期の無条件に守られるべき存在から自己主張して家族や同級生たちと対等な関係を築く一個人への立場の変化に脳がドライに適応して計算、運動、言語など日常の行動や特定のスキルを自動化、無意識化、洗練するために無駄なプロセスや迷いを容赦なく削っていきます。そして使わない回路は淘汰されていくのですこの時期に無気力、不活性に過ごすことのないように脳の報酬系(中脳の黒質線条体や腹側被蓋野や側坐核)とドーパミンが過敏になり、彼らに新しい刺激やリスクに立ち向かう勇気や他者との競争や親密な関係から得られる高揚感や喜びや安心感を与えます。そしてこの変化によって私たちは恋愛や流行に積極的なリア充タイプと部活動への熱中を含むガリ勉タイプと心理学や創作物に興味を持つタイプその他多様な人生観に分岐していきます。(以下の第五層錐体細胞のスパイン形成もその一因)
ちなみに思春期から二十歳までの間に灰白質の約半分が刈り込まれると言われる一方で、六層からなる大脳皮質のうち第五層の錐体細胞では経験依存的(抽象的な思考や複雑なマルチタスク能力の向上)に神経回路の再編成とシナプスの増加(尖端樹状突起における樹状突起スパインの高密度集積部位の形成)が行なわれ、グルタミン酸の出力ニューロンとして皮質内の通信を強化することで複雑な人間関係や社会性の学習をサポートしたり、興奮性のグルタミン酸から作られるGABAによって未熟な前頭前野の抑制作用を補佐したり、ひいては前頭前野の成熟を助けたりします。(私見を追加すると脳内のアンモニアを除去したり、ノルアドレナリンなどが過活動を起こした時すなわちパニック状態の時に細胞死に導くことで暴走を止めたりもします)そして九州大学の研究によれば三つの部位からなる樹状突起のうち中央部でのみ思春期にスパイン(グルタミン酸作動性ニューロンが高密度に集積する領域)が増加すべきところを減少に転ずると統合失調症になることが明らかにされました。
さてこの状態で恋愛をするとどうなるか。特に恋愛初期の熱烈な時期から安定期に落ち着くまでの1.5~3年の間に脳の報酬系およびドーパミンの活性化により男女共通で大脳基底核の右背側線条体(主に尾状核や被殻。習慣化された・自動化された行動を実行)の灰白質が減少するとされており、自動的な運動や習慣行動、スキルの学習、報酬に基づく行動の選択を司っています。ただし実際に活発に活動しているのは腹側線条体(報酬の価値判断を再評価、意欲、目標を司る)および左脳の線条体、意識的な行動を実行するための前頭前野(計画、意思決定)と小脳(運動の調整)です。過去の経験をなぞるだけの恋愛をしていない限り私たちは目の前のパートナーと即興で感情のやり取りや気の利いたセリフ回しや駆け引きを行なっています。なお線条体全体が機能低下すると対人恐怖症や社会恐怖症を発症してしまうので脳はこれを回避します。
ちなみに右背側線条体の灰白質の減少(機能低下および整理)により生じる弊害はエピソード記憶の低下により「何をしたか」は覚えているが「いつ」と「誰と」の記憶が曖昧(あいまい)になり、どの情報を優先的に長期記憶に送るかの選択が弱まることで恋人との思い出が薄れやすくなったり思い出せなくなる、そもそも報酬(感動、喜び、ドキドキ)への感受性が低下して恋人への興味が薄れる、よって細かい変化に注意が向きにくくなり、服装や髪形や顔や表情の変化に気づきにくくなる、道に迷いやすくなるなどでカップルの典型的な喧嘩の原因を作り出します。
これに恋愛中の女性に特有に見られる前視床と側頭葉の活動低下を加えると「強いストレスや感情的な葛藤を抱えながら懸命に不安をコントロールしようと踏ん張っている、あるいはそれを分析し克服しようとしている状態」です。具体的には恐らく片思いの時から背外側前頭前野の過活動により、恋愛を成就させるため、相手の性格や言葉の意図を理解するために頭をフル回転させて「何とかしなければ、行動しなければ」という気持ちが強迫的に高まりながらも扁桃体による恐怖に抑制されて動けません。付き合ってからも言葉での表現が上手くいかず本音を隠したり、身体感覚が強調する好きという感情を伝えられずに悶々としたり、その一方で相手のことが知りたい気持ちを抑えられずに詮索したり疑ったり、相手の言動の裏を深読みしたり、思い込みに苦しんだり自己嫌悪に陥ったりして体調を悪くすることがあります。さらに側頭葉の低下により批判的な思考が抑制されて相手の欠点が見えなくなり、ともすれば相手の非常識な行動さえ許したり好意的に解釈してしまったりしますが、島皮質はそれをちゃんと不快や嫌悪感として認識しているため、これも彼女を苦しめます。そしてある日突発的に裏腹な態度をとって恋人との間に溝を作ることになります。
背外側前頭前野が代償的に働いている時には言語能力が失語症の軽度から中等度レベルしかなく、会話が単調になりやすいとか長時間の会話や深い議論ができない、脈略のない会話になりやすい、ユーモアや皮肉を理解できないなどの障害が出るそうです。要するに専門部署ではないために非効率で燃費が悪く、脳疲労の原因になるだけでなく他の作業が加わると機能しなくなります。これらは男女ともにパートナーから揶揄されることですね。―――ちなみに背外側前頭前野を損傷すると多幸症を生じ、一見すると陽気な人に見えるが脳の抑制機能が働かずに感情や行動のコントロールが不能という状態になります。
一方で恋愛中(特に交際初期)の男性の脳では後部帯状回と前頭前野の活動が低下し、自分と相手の境界があいまいになり、常に恋人のことを想い、顔色や体調を気遣い、批判精神を抑えて相手の欠点やわがままを許すなどして男性なりの一体感を実現しようとします。そのため普段以上にエネルギッシュに行動することができますが自分を見失うこともあります。またこれらの代わりに活発に働く感覚野、運動野、外側前頭前野(dlPFC)、島皮質、前部帯状回の働きによって女性と同じく深く恋人を愛し、情熱的に惜しみなく恋愛行動を計画、実行している状態です。島皮質の働きによって会いたい、触れたいという渇望に支配され、前部帯状回の働きにより恋人の自分に対する気持ちが気になり、感覚野の働きにより離れている時も恋人のぬくもりや皮膚感覚などをリアルに思い出します。そして外側前頭前野と運動野の働きによってどうすれば恋人を喜ばせられるかを考えて会いに行くとか抱き締めるとかプレゼントを渡すなどの具体的な愛情行動を示します。思いやりの点では女性より冷静で実践的です。

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