先週に引き続き、デューク大学のダン・アリエリー教
授の講義より。人の発言を書き記すだけなのであまり褒
められた作業ではないけど将来の自分が読み返すことを
期待して書いておく。
人間の判断は自分が置かれた環境の産物である。そし
て周りの環境は私たちに時間やお金を浪費させるための
誘惑で溢れ返っている。この傾向は強まる一方である。
企業がそれを目指すから。私たちはこれらの誘惑と戦う
方法をどう生み出し、それをどう伝えるか?あるいはど
う伝え得るか?そしてどんなときにも使える普遍的な戦
略とはどのようなものか?その前に改めて欲望の性質を
分析する。
「欲望の価値」
アダムとイヴの運命を見ると、人は如何に目先の誘惑
に弱く、素晴しい将来を容易く放棄してしまうかがわか
る。彼らは木の実一つの為に輝かしい楽園の暮らしを永
遠に手放した。木の実の他は何一つ不便が無かったにも
かかわらず。合理主義者はこう考える。
「人はいつ死ぬか分からない、欲しいものを我慢して
いる内に不幸な事故に遭ってそれを永遠に受け取れなく
なるくらいなら手に入る時に確実にもらっておいた方が
賢明だ」と。彼らは物の価値を時間と比例して減り続け
るものと認識しているのでそう考える。
そしてここからが行動経済学の見解だが、一般的には
遠い未来に予定された利益は、今日と明日ほどの差は生
まれない。それは「双曲割引」という言葉で知られ、人
が常に目先の利益を選ぶわけではない事の根拠とする。
例えばアリエリー教授が行った実験では被験者に一週
間後、高級チョコをあげると持ちかけ、それから現物の
チョコを見せ、甘い香りをかがせてから「半量でよけれ
ば今すぐあげる」との条件を付け足すとほとんどの人が
今すぐもらう事を望んだ。――僕は控えめに「ほとんど」
と書いたが、彼は「賭けてもいいが、実際にチョコを見
て匂いを嗅いだら待てる人はいないに違いない」と断言
している。
→この傾向は長期的な利益に対して、より長く待つと答
えた人の心変わりとしても現われ、最初は一年待つのも
一年と一週間待つのも同じことだと「双曲割引」のグラ
フに沿った姿勢を見せた人もいざ期日が迫ると、やっぱ
り一週間早く欲しいと思う人の割合が最初に今すぐ欲し
いと答えた人と同じくらいまで増えるという。これは刑
期の終了が間近に迫った囚人が敢えて脱獄を実行する心
理にも見られ、やはり将来の希望が現在の誘惑に負けて
しまうのだろう。待たせる期間の長さを慎重に定める必
要がある。
将来の世界は誰にとっても素晴らしい。今よりも痩せ
ている、貯金が増えている、素晴らしい出会がある、結
婚する、そして世界が平和になる・・・。
しかしそんな将来はやって来ない。人は現在に生きる
もので、現在の自分はいつも誘惑に負けてしまうから。
でも立ち止まって考えてみよう、今すぐ手に入る利益
は本当にそのものの価値の全量だろうか?グラフによれ
ば明日になればその価値はたちまち半量以下に下がるよ
うだ。それからは一週間経とうが一年経とうが大して減
っていない。ならば今日と明日の格差分は私たちが欲望
に応じて盛ったもの―付加したもの―と見ることが出来
ないだろうか?
「代替報酬 /reward substitution」
複雑な社会生活においては気に掛けたくても気に掛け
られない事、あるいは知らないままでいたいと思う事は
驚くほどたくさんある。地球温暖化の事や世界の貧困問
題の事、清潔な水が手に入らない事が原因で毎日多くの
子どもたちが亡くなっている事、あるいは身近な例を挙
げれば選挙の無投票や運転中のメールなど。
私たちはそれがとんでもなく愚かな事だと知っている
が着信が入ると途端に人が変わってしまう。この先の人
生について考えず、無力な歩行者の命について無関心に
なり、メールの事で頭がいっぱいになる。
選挙についても「たった一票では結果は変わらない」、
「成果が出るまでに時間がかかる」、「見返りが無い」
などの心理と共におそらく「組織票の威力を知って失望
したくない」というのがあると思われる。それからアフ
リカではエイズの検査を受けさせることはあまり難しく
ないがその結果を聞きに行かせることは至難の業だそう
だ。単純に彼らはそれを知りたがらない。
同じように先進国の多くの人がガン検診を受けたがら
ない。専用のキットが売っていて簡単に将来のリスクと
その対策を知ることが出来るのに人々はそれを知りたが
らない。これに対するよくある対処法は「大事な事だか
ら」と教育して多くの主にネガティブな情報を提供する。
しかしそれでは前回の感情の発生条件でも述べられた通
り人々は統計には無関心で応えるので効果が無い。
→そこで彼らが興味を持ちそうなことに置き換えてその
沿線の行為をさせることによって本来の問題を気に掛け
ているように振る舞わせることが出来るというもの。
例えば子どもの食育の為に「キャラ弁を作りましょう」
と呼び掛けるなど。アリエリー教授はある病の治療の為
に1年半にわたって週3回注射を打たなければならない生
活に陥った。その注射というのは打つとその日は必ず嘔
吐・頭痛・震えに襲われ、一晩中苦しむことを覚悟しな
ければならないもので、大抵の患者は快適な夜を過ごし
て30年後の大病のリスクを受容れる方を選んだ。
それを彼は発想の転換によって大嫌いな注射を大好き
な映画と結び付けることによって治療を魅力的なものに
変えようとした。つまり注射を打たなければならない日
は映画を観れる日として朝一番でビデオを借りに行き、
帰宅後は注射を打つとすぐにビデオの再生ボタンを押し
て映画の世界に没頭したのである。そして彼の担当医も
驚くほど真面目に治療を続け見事、完治させた。
=月給を日給に変えてモチベーションを保たせようとする
ようなもの。
歯磨きの習慣
人類史上、人に習慣づける事に成功した行為の数少な
い例の一つ。その決定的な動機づけになったのは”歯磨き
粉”。歯磨きの効果に関してはただ水で濡らして磨いても
歯磨き粉を付けて磨いてもほとんど違いは無い。更に言
えば歯ブラシを使うよりフロス(糸ようじ)を使う方が重
要と言われる。人は五年後の歯が健康であるようにと考
えて歯磨きをするのではない、歯磨き粉のさわやかミン
ト味を味わいたくて歯を磨くのだ。食後にガムをかむ人
がいるように、一日の始まり、あるいは終わりにミント
味で締めないと何となく物足りない、そう思わせたこと
が歯磨きの習慣につながった。そしてそれが結果的に歯
槽膿漏や虫歯を予防に役立っているという訳。
「ゲーミフィケーション/gamification」
遊びや競争など、人を楽しませるゲームの要素を仕事
やサービスの分野に取り入れること。現在、主にコン
ピューターの世界で見直されている心理学の手法。その
狙いは「如何にして人々を自分たちの為に長時間、無料
で働かせるか?」ただ何かをやってくれと言っても人は
動かないので現金以外の何かをあげてその作業が魅力的
に見えるよう働きかける。ポイントやクーポンやバッジ
や賞賛など。これらは人間のあらゆるモチベーションを
高めるのに有効。
例えばフォルクスワーゲン社はエスカレーターが併設
された場所で階段の利用を促すため、階段をピアノの鍵
盤のデザインにして音が出るようにした。これにより階
段利用者は66%増加した。
ただし、条件付きの報酬は逆効果になるリスクをはら
んでいる。一度でも条件から漏れてしまうと、その後の
継続さえやめてしまう事があるから。
「自己コントロールのための環境設定」
オデュッセウスの神話。海の怪物セイレーンの歌声を
聴くと誘惑に負けて船を難破させてしまう事を知ってい
たオデュッセウスは船員に自分の身体をマストへ縛り付
けておくことを命じ、彼らにも耳にロウを詰めておくこ
とを命じた。=現代に置き換えれば運転中は携帯電話をト
ランクに入れておくようなもの。
予測できる望ましくない行動について、あらかじめ自
分の手を縛っておくことはよい対処法と言える。あくま
で自分の手を。他人の手を縛れと叫ぶだけの人は注意し
なければならない。彼は人々が自己コントロールできな
いことが極めて普遍的な事でありふれ過ぎているために
それを良しとする習慣があることを知っているから。
目先の利益に飛び付き、誘惑に負けてしまう事は極めて
人間的な反応だと。だから人の価値観を一元化すること
はできないし、耐えられる痛みの強度や妥当と考える報
酬も様々、結局誰も縛ることはできないという結論へ導
こうとするから。人を縛ることはできなくても自分を縛
ることは出来る。
誘惑は今日を作り、習慣は実現するはずのない将来を
作る。知りたくない気持ちには誘惑が優しく寄り添い、
私たちにそれを許してくれるがそれは永久に習慣にはな
らない。毎日、毎朝、更新し続けなければならない事で
ある。肥満を認めたくないために体重計に乗らないのと
同じこと。でも家の中に体重計はあり続ける。
知ることが不可欠な事とどう向き合うか?幸い、私た
ちはアリエリー教授の講義によって習慣にも「代替報酬」
というやさしいトレーナーが付いてくれることを知った。
誘惑を悪用した衆愚政治は避けなければならないが徒に
誘惑を嫌悪するのもまた不幸。私たちは私たちを良い行
動へ促してくれる「歯磨き粉」のような誘惑を探さなけ
ればならない。
お粗末。今回は結構、戦略的にカットしたから繋ぎが
よくない。ちなみに僕はじっくり待ってでも全量を貰う
タイプ。スタンダールによればそれは「情熱の火が消え
た人に見られる最も不吉な状態」なのだそうだが、この
講義を聞いて勇気が湧いた。つまり僕は今日を大切にす
る情熱的な人にとっては不利益で不都合な人間なのかも
しれないが歯磨き粉を作って未来の人たちに感謝される
可能性があるという事。
私たちは”今”という時間的価値も盛ってはいないだろ
うか?現代を客観的に見る限り、「のど元過ぎれば熱さ
も忘れる」なんてこともあるような気がしてならない。

コメント