まとめてつぶやき22

先週は走り過ぎたようだな。皆の挫折が届いている。
「そんなの自分が持ってるから言ってるだけじゃん」といったところ
だろうか。・・・そうだね、持ってないと考えるに及ばないからね。
でもそれはお互いさまでしょ。
それに非難されている当人たちの態度をご覧なさい。周りが必死に
なってフォローする中で彼らは相変わらず他の悪者を提示してそれを
掴まえる人としての地位を誇示するばかりだ――自分たちが整理して
こなかったからまだその作業に追われているだけなのにね――。
これを責任転嫁という。公共の電波を使ってただ社会認識の低さと関
心の低さと幼稚な人格、そしてその総合力としての検挙能力の低さを
暴露しているだけだ。よくそんな連中を庇うものだ。あなた方の背中
越しに黒ゴキブリがあかんベーしているのが見えるよ――忌々しい。

ある国家あるいは都市において頻繁にニュースになる事件はそのコ
ミュニティーの社会的関心(の質)と一致する。欲望の不制御または嘘
や責任逃れなどを主な動機とした幼稚で衝動的な犯罪が多数であるの
はそのコミュニティーにおけるコミュニケーション手段そのものが正
にそのように幼稚だからこそ平凡な市民によって当たり前に選択され
るのである。――彼らは捕まったのは運が悪かったとしか考えず、従
って非難する人が悪いとの考えに飛躍するのだ。(以前も似たような
事を書いた)

自分が疑われている時に「こいつの方が悪い」と話をすり替えたり
非難者の欠点や汚点を血眼になって探す人を信用するあなたの社会性
は高いと思いますか? (大丈夫ですか)
これははっきり言ってレベル2においても十分に成熟しているとは言
えない。社会性の逸脱を利益受領者の美談をスクラップ(ファイル化)
する事で正当化しているからだ。これは富の配分が決定する過程とま
ったく同じ軌道を描いていると思われる。
それでもあなた方のアイデンティティーが満足だというなら構わな
い。僕は僕の考える社会性を書く。偶然もそれに賛同していろいろな
情報や知識を持ってきてくれるから。僕は入ってきたものを書くだけ
だ。それが自然な時間の流れだと思うから。
23:24 2014/12/149 また片思いに別れを告げてきた――これは自信
の表れだ。フォロワーが多い人は大変だね、言いたいことをかなり絞
らなきゃいけないから。言葉のスーパーモデルとでも言っておこうか。
彼らの言葉はランウェイを歩いて多くの人々の注目を集めるかも知れ
ないが、如何せんつまらない。内容だけ見れば今片思いフォローして
いる人たちのツイートの方がずっと面白いと思う。
お気の毒様。こういう現状も変えられるといいね。
23:30 2014/12/149 それから「正論を言う人は嫌われる」が250オー
バーのリツイートだって。(笑) そのすぐ上には「正論を言っても
評価は変わらない」とのツイート。これも200オーバーのリツイート。
――暇か。(笑)
(これは言うまでもないが彼の意図するところは上昇も下降もしない
代わりに自分も正論というものを評価しないという皮肉である。
ああ・・・、カレー粉の臭いがする。

――まあ仲間としては欲しくない人材だな。別に皮肉で返すわけで
はないが、現在の彼らが仮に百万人フォローしてくれたとしてもきっ
と社会は何も変わらないだろうから。一億人でも同様。よって数字は
ただ既読者を計測するカウンターに過ぎない。――彼ら自身が意思の
力を信じない限りはね。
11:33 2014/12/150 「結果が全て」と言いながらその一方で「正論
を言う人は嫌われる」と考える人々。では正論は結果をもたらさない
というのか。その根拠は? 正論こそ最も直接的に結果に働き掛ける
考え方だと思うけど。そして直截的(ちょくせつ。まわりくどくない
さま)すぎるが故に慎重な人々から敬遠されるのだ。しかし急進的な
結果はむしろ正論とは似ても似つかない小賢しい屁理屈によってもた
らされる事の方が圧倒的に多い。にもかかわらず人々はそれには異論
や抗議を唱えない。この違いは何だ? 「結果が全て」だからか?
→当然のことだが世間で僕だけが正論を言うのではない。そして世
間一般では怒りを伴って正論を言う人が多いらしい。なるほどこれな
ら僕にも経験があるし、正論を嫌う理由は分かる。彼は反論を嫌って
一方的に要求を通したいが故に正論という変換が不可能な情報伝達手
段を利用しているのだ。いわゆる揚げ足取り。窓枠のホコリをすくっ
て部屋全体の掃除が出来ていないとなじる意地悪な姑のようなものだ。
ここで彼女が狡猾なのは言われた人の想像力を利用して自分の正当
性を確保しようとしている所だろう。「ここにホコリが残っていると
いう事は他の所の掃除も不十分なんじゃない? 想像してみて」とこ
うである。これは十分な論拠を持った物言いとは言えない。

なので彼らは意図的に正論を言う人とは正論を争わない。勝ち戦し
かしない。こういう人は惨めな気持ちに陥りやすく恨みがましい。
よって陰湿な復讐、実力行使に走りがちである。言い換えれば直ちに
復讐のマインドに切り替えられるように普段から正論には勝てない自
分だけの正論で武装している対人恐怖症の嫌いがある人物と言える。

こういう人は本当にホコリをさらうくらい表面的にしか物を知らな
い。人間を怖れているので自分の事さえ深く掘り下げた経験がないの
だろう。ただ対人関係において惨めな気持ちにならずに済ませる方法
を模索するうちに現在の形に収まったという感じ。なので場面に合わ
せた応用が利かず一辺倒なので常に目的が判然としない――シューテ
ィングゲームの反射運動か動物的な威嚇行動、または怯えた犬の無駄
吠えのようなもの。彼らはとにかく今を乗り切る事が大事なのだ。
12:59 2014/12/150 あらためて世間一般では「正論」といえば怒り
を伴って発せられるものとか実は助けを求めて発せられるものと認識
されている。しかしその原意を考えれば「物事を正しく導くための筋
道」であるのでその論説は常に過去・現在・未来を結ぶ線で構成され
ていなければならない。時間的概念を視野に入れないまま、ただ現在
を取りまとめるだけの正論などというものはあり得ないし、そもそも
「これ以降の議論は受け付けません」なんて結論付けは存在してはい
けない。

よって世間一般がしばしば耳にする「正論」と呼ばれる物は実は正
論ではない。この事を覚えておいてほしい。そして僕の主張をそれら
と同類にして片付けないでもらいたい。

・・・言葉の意味から定義しなおさなきゃいけないのかよ。
まったく世の作家たちは一体何をしているんだろうね。人殺しの話ば
かり書いてるから皆が屁理屈ばかり覚えて言葉が廃れるんだ。
しかし正論の筋道とはまさにこの推理小説の流れと言える。犯人が
現在に対する衝動的な決着として犯罪を引き起こした事は単に事件を
構成する要素の一つに過ぎない。トリックが暴かれて彼の行動に「そ
の後」が加えられて初めてそれは完成するのである――虫媒花の受粉
と同じ事だ――。
よって犯人がやり逃げしている間は道理は成立し得ない。時間的概
念が欠けているから。これはレベル3の思考を持たない昆虫や動物の
世界では通用するかもしれないが人間の世界では通用しない。
――これは真の正論を同じ衝動で拒絶することにも当てはまる――。

皆さん、”おとな”になりましょうね。
13:53 2014/12/150 私たちの祖先は七つの海を航海し、新しい大陸
を発見するたびにそこの原住民族や固有種の動物を根絶やしにしてき
た。「彼らがいては私たちが住めない、夜も安心して眠れない」と言
って・・・。
それは”正論”か? 彼らがそこに初めて上陸するまではまるで地獄
のような土地環境だっただろうか。そうではないはずだ。よく文明の
程度を比較して未開地はそれだけで人間的な暮らしと呼べず、人道的
とはお世辞にも言えない悲惨な生活を強いられていると判断する人が
いるが、人の幸福は文明度によって単純に計れるものではない。
となれば外来種がふいに侵入したことによって先住民たちに地獄絵図
と言える壊滅的な変化がもたらされたと評価すべきである。

ではこうした時間的解釈の齟齬(そご。食い違い)による屈折した評
価が受け継がれるのはなぜか。それは現在の私たちが彼らに対して土
地を占有権を主張する際に初代が打ち立ててくれた有難い、尊い言葉
を引用するためである。つまり「彼らがいては私たちが住めない、夜
も安心して眠れない」と――。

しかしさてそれは本当に”正論”だろうか? またそれを問うことは
私たちの社会に対する裏切りまたは脅威と判断し得るか。*

思うに私たちがうやむやにしてきたことはいつの時代にもやり直さ
なければ先へ進めない状態で保存され続けるのではないだろうか。
時間は問題を解決しない。それが正論の持つ不可侵性の謂れと言える。
14:13 2014/12/150 今週は「正論特集」を皮切りにお送りしており
ます。
10:58 2014/12/151 出世するとはどういう事か。思うにそれは個人
の活動の幅を広げることだ。だからアスリートがより大きな大会に出
るのも出世だし、進学や就職もある意味出世だし、留学も出世だし、
研究者が研究費の増額を受けるのも出世だ。むしろ人の上に立って指
揮する事の方が出世に属さない気がする。他の国ではどうか知らない
けど日本の社会では昇進するほど自分でできる仕事が減るって云うじ
ゃない。「名を上げれば社会における発言力が強化されて社内の空気
や社会をより良くする力を手に入れることができる」という誰もが抱
く出世観は悉く裏切られる。――普通に新陳代謝を受け容れればいい
のにね。これも後述する大縄跳びと同じで過去に入り損ねた時期があ
ってそれが現在まで継続しているんだね。コブラみたいに身体をゆら
ゆらさせて。(笑) さっさと入れよ! どんくさい。
12:01 2014/12/151 パソコンのモニターに貼るブルーライト軽減フ
ィルムが欲しい。でもあれ6000円くらいするの。ひえ~。
誕生日のプレゼントにしても通用しそうだよね。よう買わんわ。
(方言の漢字変換はついて来ないな。なら翻訳も無理か)
――それから覗き見防止フィルムってのはどこ行ったの? 携帯用
もなくなってるんだけど。「邪魔だ、売るな!」ってこと?
12:07 2014/12/151 その流れで思い出したんだけど、文章にやたら
句読点を打っている人って翻訳対策をしているんだね。
やっぱりただ辞書を暗記するだけでは外国語を話せるようになるとは
限らないんだ。
12:27 2014/12/151 図星を突かれて怒るのは名前の付け方・決まり
方に文句を言うようなものだ。違うのであれば行動様式を複数にして
見せればいい。
12:38 2014/12/151 ひらめきの速度を考えれば一日一つ変わっても
遅すぎる。
10:30 2014/12/153 地球がその始まりから活動の総てを”偶然”に委
ねてきたことを考えるならば、私たちが必然を要求する事は無知無能
の露呈すなわち適応不全の表れであると言えるのではないか。地球の
あらゆる成員もまた偶然によって発生し、環境への適応によってさま
ざまの進化を経て現存している。適応できなかった多くの種族は有無
を言わさず絶滅し、私たちの祖先とされる猿人や原人も絶滅した。
私たちに求められているのは常に偶然に適応する技術である。言い
換えればあらゆる成員はあらゆる事象の偶然性を維持する責務が課せ
られていると言える。だからあらゆる動植物は持てる能力を最低限し
か発揮しない。

さて人間はどうか。私たちは自然を畏れ、自然がもたらす偶然を脅
威としてこれを忌避する。そして生活の全てを必然にしようと努力す
る。その結果として現在の繁栄があるわけであるが他の成員たちは私
たちの必然の余波を受けてなおそれに適応しようと健気に生き、そし
て多くの成員がいわれなき絶滅に服した。それでもなお私たちは偶然
の謎を解き明かそうと日々を必然的に生きている。

私たちの必然は脅威だ。ために私たちは殖え過ぎた。今必然を手放
したとしたら私たちは自然から必然を受取ることになるだろう。
しかしいつかは自然と和解しなければならない。その時には皆が絆を
固くしてこれまで以上に努力しなければならないだろう。
13:21 2014/12/153 私たちの仕事が「無くても誰も困らない」と言
われるのは私たちが読者や検閲者にへつらい過ぎた歴史があるから
だ。そのために人々の間でおそらく過去の著作だけあればいいとの考
えが根付いているのだと思う。よっていつの時代にも現代の著書は有
難がられず、ただ消耗される物が読まれる――消耗品に相応しい価格
を付けられた場合に限って――。人々は自己啓発本を読むがそれが自
己の思想や社会を根本から覆してくれることを信じていないし、また
期待してもいないのである。(本当にそんな物があったら彼らはそれ
を悪魔の書物だと言って徹底的に懲らしめるだろう)
つまり市民側の知識は如何に優れた物であっても物の数に数えられて
いない、これは非常に情けない事だ。

しかしながらその一方で環境問題や食糧不足に抵触する「有っては
困る仕事」の方は地方で職が生まれるとか近所にあれば便利だとか適
当な言い訳を繕って進んで出資し、また増やそうとする。

――なぜ将来的に困る方・不要な方を残すのですか。あなた方は取
捨選択の能力さえ欠損しておいでか。それはあたかもカラスが本来の
巣の材料である木の枝や草を集めずにビニール傘の骨やビニール袋や
また光る物を集めるようなものではございませんか。それに近頃のハ
トはミミズや毛虫を食べずにパンくずばかり食べています。また海で
はそうした漂流物や釣り糸のために多くの海鳥やウミガメが命を落と
しています。
にも拘らずそれらに航海禁止令を出される事もなくまた海岸からの
立ち退きを命じられないという事はそれらもまたあなた方の必要な物
に対するのと同じ待遇を受けていると言えはしないでしょうか。
あなた方の仰る”必要”とはゴミ集めや不法投棄と親類ですか。でし
たら確かに私たちの仕事は「無くても困らない仕事」なのでしょうね。

とまあこんな風な皮肉を言ってみても無駄である。ほんと作家たち
は何を見て何をしてきたんだろうね。自分が食うことで精一杯か。そ
れでは社会を見渡している暇はないな。つまり通行人の眼だ。だから
軽くみられる。
15:21 2014/12/153 まずいな・・・アニメの『ベイビーステップ』
が面白くてつい観てしまった。
16:34 2014/12/153 赤子は未知の世界を生き、少年は現在を生き、
そして社会へ出ると過去を生きることになる。農村部の青年はその既
視性から逃れようと上京するが都市部にも都市部の既視性が存在し、
彼はやはり過去を生きる。
16:38 2014/12/153 何人も過去を変えることはできない。よって過去
へ入るには感性を捨てなければならない。――持っていられるのは感
傷だけだ、しかもそれを経験した他人の――。これによって実に多く
の青年が思春期を謳歌して手に入れた、おそらく彼らの生涯で最大と
なる財産を手放して彼らは社会に入る。独自の感性を持ち続けるには
臨界期までに何かプロ級の腕前と結び付けておく必要があるからだ。

だがしかし彼らが社会で取り組む仕事をプロ級に引き上げるために
その感性が不可欠だとしたら? これを持って社会に入ることが許さ
れないとすれば社会ではプロになる必要が無いことになるのではない
か・・・? そこから僕の疑問は始まる。

臨界期をとうに越えた人々は言う、「その能力を持っていない人に
とって不平等になる」「貨幣資産も感性も持たない人はどの道誰かの
下に仕えなければならない」。それは農村の生まれの若者に留まれと
言うのと同じことだ。「都市部の人間の分け前が減るから」と――。
だから彼らは消去法として貨幣に平等の物差しを与える。それは生ま
れによる逃れ難い格差を孕んでいるからだ。彼らはそこに運の力を期
待しているのかもしれない。感性に運はない。自分がどれだけ自分を
知っているかにすべてがかかっている。よって国籍も性別も肌の色も
年齢も家庭の資産高も家族の犯罪歴も当人のメディカルデータや性格
や思想や髪の色は関係がなく、故に全ての人にとって社会へ出る支度
金となり得る。――貨幣にそのような性質がありますか?

故に感性を主体とした社会では感性の発育を妨害することが罪とな
る。私有財産制によって保護されるからだ。これは善良で暴力を好ま
ない人々にとって非常に大きな防護柵となる。それは自分をもはや聖
別(皮肉)してしまって軽蔑と嫉妬に全神経を傾ける人々を決して弁護
しない。彼らは今や論証通りに罪人となる。
よっていじめも差別も迫害もハラスメントもこれによって明確に罪
として裁くことができるようになる。彼の感性の伸長を阻害した罪で
ある。それは彼の将来に対する侵害に値する。そしてこれを経てヘイ
トスピーチや中傷の評価が行われるようになるのが妥当な規制だと思
う。――それが中傷された人の感性を引き出す物かそれとも萎縮させ
る物なのか。あるいは自ら感性を塞いでいる者に対するそれは如何に
評価されるべきか。そして中傷している当人の感性はどのような状態
にあるか。

リバース・エンジニアリングの理想とする所はこういった思索の段
階を経験することなく、あるいは対象を観察することなく想像のみで
導き出すことにあると思われるがそのような事は実際不可能である。
(少なくともそれを望む人には絶対に) 指導者はまず誰よりも人間に
興味を持たなければ。
16:54 2014/12/153 でもこういう感性とか共感とかオーラに主体を
置く議論は欧米人はついて来れないだろうな。だからこそ日本は人権
問題について世界をリードする潜在能力を秘めていると言える。
欧米でドラゴンボールが人気といっても「気」やかめはめ波のイメー
ジは共有できてないだろうから。それで「日本人が親切なのは気が見
えるからだ」って噂が広まれば外国へ行っても”Chinese”とからかわ
れなくなるかもよ。――中国は気功の本場だけどね。
20:34 2014/12/153 オープンカフェ狭いよ。なんか貧乏臭い。
もっと、公園くらい広い所にゆとりを持たせて座席を並べればいいの
にね。
21:49 2014/12/153 最もよく仕えるのは最も主人のスキルに厳しい
人間である。彼はマントと王冠、あるいは錫杖に仕えるのではない。
もしくは罰に仕えるのでも――。そして報酬と保護に服従を誓う者は
晴天の友である。彼が主人に求めるものは確かにスキルではない、有
事の際に僕共々に身の安全を確保できる顔の広さである。
0:14 2014/12/154 ケヴィン・レイノルズ選手を最近見ないと思った
ら怪我してたんだってね。伸び時だったのに思わぬアクシデントに魅
入られたものだ。しかしそんな事で翼は折れたりしない。ぶれないで
ほしい。
0:50 2014/12/154 こんな事を言うとまたカレー粉蛾どもが色めき立
つのだろうけどプーチン大統領のウインク画像はとてもチャーミング
だ。他の画像を見ても表情豊かな人だと思うし、過日の新聞記事で
「大統領の職は嫌い」と発言したり、そのために犠牲にしている事は
との問いに「すべてだ」と答えたり、また「ゴシップくらい無いとつ
まらないでしょ」とおどけてみたりする所もとても人間味があってい
いと思う。――日本で言うと麻生さんになるのかな――。
僕は良い人間だと思うけどな、オーラは白でペットボトルではない
し。――少なくとも無表情で何を考えているのか分からない連中より
は信用できる。日本の葬式カラーと比べるなら10対0で彼を信じるよ。*

この言葉によって恐らく敵はクリミア併合を引き合いに出して僕の
非難や思想を否定してくるだろう。しかし彼らは最初から現状を変え
なくてよい方法を探し続けてきた連中だ、僕の中では論外。眼中にな
い人たちの戯言(カレー粉)など知った事ではない。そんな事よりも避
けては通れない議論を早めに提示しておく事の方がはるかに重要だ。

→案の定、「メモリがいっぱいです」の表示を出して監視(ただの
ストーキング、現実逃避、責任転嫁)をアピールしてきた。(*)だから
信用しない。大統領の画像を発見したのはまったくの偶然だったので
僕はそれに従う。作戦通りだ。僕は偶然を信じる。
10:54 2014/12/155 彼らを見ていると社会は――私たちが学校生活
をイメージするような――集団生活の場ではないのかと思ってしまう。
13:25 2014/12/155 人に物を教える時にはもしかしたら敬語でない
方がよいのかもしれない。「~しましょう」という言葉の響きで文章
の内容が飛んでしまう感じがするから。

「手を洗いましょう」「うがいをしましょう」「歯を磨きましょう」

――ねっ、なんだか「~しょう」で流れて行くでしょ。(F1か!)
これよりはまだ関西弁の「てぇあらえよ」の方が胸に残る――受取っ
た感じがする――。これは「てぇあらいなさいね」でもいいんだけど
。イントネーションの違いかねぇ。
13:36 2014/12/155 笑顔について補足しなければならなくなった。
裏でやましいことをしている人物が文末に意味もなくくっ付ける誘い
笑いに注意。あれは嘘や自分をごまかす笑い方で相手をだますための
ミスリードあるいは詮索の回避のために行われる定位行動である。
よってしばしば話し言葉よりも強調され、その内容自体は皮肉的で悲
観的である。――雪男キモ過ぎ。*
→それから考えてみたら外国人に対してごまかし笑いする場面って
あるね。「英語速いな」という驚きと「そうきたか」というわくわく
感で笑みがこぼれてしまう。よーし解いてやるぞ、理解するぞって意
気込みですよ――みんなはどうか知らないけど。
11:11 2014/12/156 人がこけにされているシーンは好きだがそれが
自分に及ぶと途端に不機嫌になる。これは日照権を争うマンションの
住民と周辺住民の関係性によく似ている。実際マンションの住民には
周辺住民の要望に応える何事も果たすことはできないが、非難が自分
たちに向けられると腹が立つ。そうして管理者との間で「早くこいつ
らの口を塞げ」「入る金(利益)を減らすなんて馬鹿げてる」という意
識を共有し、一丸となって非難者の排除を願うようになる。
そして実際に排除が成立し、その手段が世間からの非難を浴びるこ
とになると一転、「管理者がやった、もしくは管理者が雇った連中が
やった、勝手にやった、自分たちは悪くない」と弁解を始める。

「軽蔑」の性質を持つ民衆の中でこの一連の連鎖行動は定位になっ
ていると思われる。人類が害虫や害獣に対して殺害か脅迫の選択しか
してこなかったからだ。そちらの方向でしか試行錯誤してこなかった
からだ。これを僕は「ヒトラー的平和観」と名付けることにしよう。

人々は「二度とあのような悲劇は繰り返さない」とよく言う。しか
し彼らの中で「ヒトラー的平和観」が拭い去られない限り、そしてそ
れによって連携する(一致団結する)思考を断ち切らない限り、同じよ
うな悲劇は何度でも繰り返される。
11:32 2014/12/156 差別の話はキャベツになる。生でかじるとすぐ
に食欲が失せるだろう。

→だからね、千切りにしてソースやドレッシングをかけたり、ひき
肉を巻いてコンソメで煮たり、塩漬けにするんだよ。これが生活の知
恵だ。自分のことは洋服やメイクやステータスで着飾って元の味を消
そうとするのに、なぜ社会問題となると素材そのものを苦い顔をして
咀嚼しようとするんだろうね。吟味したくない、見たくもないという
のなら他の味とまとめて処理してしまえばいい。
(そしてそういう物の見方をすると問題あるいは問題となっている人
物・組織はその効果を狙って常に素材のまま私たちの口に放り込もう
とするのが見て取れるだろう)
12:12 2014/12/156 浮動票が初めて意思を持つことを「過激思想」
などと評価されるのであれば民主主義の危機としか言いようがない。
12:15 2014/12/156 誰だって初めて取り組むことに関しては稚拙だ。
それを繰り返しの経験と修正によって洗練していく――その行程は幼
児であろうが成年であろうが中高年であろうが変わりない。例えば定
年退職してから料理を始めたからといって魚の三枚おろしや大根のか
つら剥き、それに天ぷらを揚げる技術を習得済みの状態で始められる
わけではない。中にはだしの取り方を知らない人もいるし、中には米
を洗剤で洗ってしまう残念な人だっている。
あなた方はそれらを「過激」と表現するのですか。それで彼は料理
を続けるでしょうか。それとも生涯しなくてもいいのでしょうか。
そのような考え方の方が「過激」だと僕は思いますがね。
13:15 2014/12/156 哲学する事も同じ。それを意識したことのない
人が経験者に敵うはずがない。それを年齢や社会的地位に置き換えて
批評する事は、再び料理で例えるなら愛用する包丁の銘や研ぎ師の名
を挙げたり、顔が利く有名料亭の名を挙げる事で自身の腕前を証明し
ようとするようなものだ。あるいは食べ歩き自慢をするかもしれない。
しかしいずれにせよその事は彼の料理とは何ら関係がない。

→裏を返せば現代人はそんな事ばかりしている。
12:45 2014/12/156 種明かしをしたら消されるなんてあなた方はマ
ジシャン協会の人間かい? ・・・しかし僕は奇術師ではない。
13:24 2014/12/156 僕の言葉に食傷を起こして「同じことばかり言
っている」と批評する人は大勢いるだろう。がしかしそれは論点が変
わっていないからであって僕に責任があるわけではない。
「出掛けるからズボンを履きなさい」と注意している時にズボンが
履かれないままでいたらどうして話を進められるだろう?
自分の支度が済んだから「じゃあ行こうか」とはならないはずだ。
「ああ、もういいよ」とも言えないし――。それにズボンの種類を考
えるのも彼がそれを選択してからだし、上着やネクタイや靴下や靴、
ハンカチ髪型その他もろもろのコーディネイトもきっかけが動き出し
てからだ。

――これを付け加えるとこちらに視点を移して屁理屈を考えるから
ウザい――。「ズボンを履け」*

→そしてこう書くとさらに「そうだろう。そうやってひとつ要求を
聞くと次から次へとそれが右肩上がりに増えて行くから嫌なんだ」と
いう言い訳をする。ならば最初からズボンを履いた状態で臨んでセン
スについての議論すればいいでしょうに。「履け」「履かない」の議
論だから不利なんだよ。変態か!
14:06 2014/12/156 「すべて国民は健康で文化的な生活を送る権利
がある」――アリや蜂は文化人かね?(笑)
アリや蜂は社会性動物である。つまり社会主義者。そしてこの視点
からアプローチすると資本主義も社会主義のカテゴリーになる。
・・・確かに法を枉げたり金融緩和や税制を優遇してまで「儲けろ、
しかも必要以上に儲けろ」と命じるのは社会主義の考え方だよな。
しかもその社会主義的な政策にトップの名をもじった呼称を付けるな
んて、どこぞの社会主義国の元首が巨大な肖像のパネルを飾るのと大
差はない。
16:54 2014/12/156 ネットの情報を高く評価しすぎて自分の意見を
いちいち検索して裏を取る習慣が付いてしまった人たちにはネット配
信的な、同時発信的な解答を示すことが非常に効果的である。
ただしこれは裏を返せば洗脳にかかりやすくなったという事だ。
みんな自分の意見を信じようぜ。間違ってもいいじゃないか。時が過
ぎてより確かな解答が入ってきたらその時に修正すれば。

クイズマニアになるな。あなたから発せられた考えはすべて現在の
あなたを表すものだ。それが個人的なことであれ、他者の意見から派
生させたものであれ、また社会との兼ね合いの中で生まれた物であれ
それらは常に偶然の産物である。あなたは偶然の存在でなければなら
ない。

これまでのあなたの間違いには模範解答が示される事よりも尊敬す
る人による手作りの解答を手渡される事の方が多かったはずだし、そ
れが今のあなたの主要な知識にもなっているはずだ。(“含蓄”は意味
が違うらしい)

模範解答はあなたの知識・意思・意見にはならない。それは電卓の
ようなものでただ正解を確かめるツールでしかない。

『SOUL CATCHER(S)』の言葉を借りるならメトロノームになるな。
指揮者に限らず一個人に必要なのは自分の知識・意思・意見である。
そしてそれらは常に流動的な明滅の連続である。
19:12 2014/12/156 偶然の足は速い。それは「チャンスの神には前
髪しか無い」といわれるのと同じく大縄跳びに似て、斜に構えていて
は永遠に入ることはできないが、一度入ってしまえば連続的にその恩
恵に浴することができるという性質を持つ。
――『スーパーマリオ』の連続1UPのようなものだね――。
19:15 2014/12/156 「お前って人と話す時いつも電卓を持っている
よね。なんだか気味が悪いよ」
21:53 2014/12/156 ラヴソングで頻繁に「二人が変わらないように」
って詩が出て来るんだけどこれは普通の感覚なの? 付き合い方が浅
すぎるでしょう。相手の愛しい所を発見していくのが楽しいのにな。
おそらくここにもカテゴライズする心理が働いているのだろう。相手
を理解したいという思いは純粋に心から発せられたものだろうけど肝
心の理解する方法というのが打算的で民衆的な「軽蔑」を軸にしてい
るためにフィギュア化あるいは絵画的に判断してしまう。・・・どう
でもいい人ならそれでいいとしても好きな人のことをそんなに急いで
結論付けてどうするの? もっと偶然を楽しもうよ。そうすれば相手
のふとした表情や仕草一つを見ても幸せな気持ちになれる。
それに最初から全開で自分をさらけ出してくれる人なんていないで
しょ。街を歩いてても「この娘開発されてないな」って人結構いるよ
――かわいそうに。

みんな自分のことを知らないまま人と付き合うんだ。なら恋人が相
手のパーソナリティーを引き出してあげなきゃ。
「恋人は新しい自分と出会うためのメイクである」――これどう?
あなたが恋人の輪郭を決めてしまわないで。あなたと出会ったことで
彼または彼女は今以上に美しく、カッコ良くなろうとしているんじゃ
ないか。恋人にはすべからくその力がある!
そしてその技術を洗練していく中で自分の魅力にも気付いていく、
それがお互いが成長し合える関係というものだよ。――勉強ができる
人が苦手な人に教えることで自分の学習能力を整理したり、教師の資
質に気付いたりするように――。
「ここの教え方がいまいち。ちゃんと整理し直しておこう」とかね。

・・・ただし自分で輪郭を決めてしまっている人に対して押し付け
は禁物。関係が駄目になる。もしくは以前書いた人格の割り当てに陥
ってる可能性もあるから。

とにかく「二人が変わらないように」は僕の中ではありえない。
赤ちゃんを一日中見てても飽きないように変化をとことん楽しむ。
「許してあげたい 輝きを~」 by WANDS
11:22 2014/12/157 例えばあるプロジェクトを立ち上げようとする
時に担当責任者を置くことを前提として計画を細分化して考えるとす
る各分野の専門家の意見を総合した方がより精度の高い結果を得られ
ると信じるからだ。専門化は各自の執務室へ持ち帰ってさらにそれを
細分化し、分析するだろう。そして分析結果を濃縮し、必然の一滴を
抽出する。
さてこれらを持ち寄って一つにまとめようとする時、色に置き換え
て考えてみるとどうなるか。彼らは恐らく虹のように色の帯が並び立
つことをイメージし、かつ期待しているだろう。しかし実際はそうな
らない。ここで鍵となるのは色と色の隙間をどう埋めるかにあるから
だ。――つまり混色あるいはグラデーションだ。
赤と黄色を混ぜるとふつうオレンジ色になるが最善化された赤と最
善化された黄色を混ぜれば多分茶色(~ベージュ)になるだろう。同じ
ように黄色と青の混色でも純粋な緑は得られず、赤と青から純粋な紫
は得られない。さてこれらの色で一枚の絵を表現するとどうなるか。

・・・博物館の展示を決めるのであればモザイク画あるいは抽象画
として通用するだろう。しかし混色もグラデーションも使えず、しか
も各色の自意識を譲れない(囲碁的な陣地意識と単色推し)となるとイ
ラストレーションしか道はない。
イラストレーション――挿絵に代表される情報伝達手段の一つで、
情報を図解することによって異なる言語圏の人が見ても単純明快に理
解できるように考えられたもの。マスメディアを通じて社会の中で機
能することを大前提としており形式よりも題材に主眼を置いているた
め、作家自身の世界を一貫して追求する芸術・美術とは性質が異なっ
ている。西洋では「ポピュラー美術」に相当する。(wikiより編集)
緋色とウルトラマリンとエメラルドグリーンとブライトゴールドと
アメジストで描かれたイラストレーション・・・頭が弱すぎる。そし
てメッセージ性ゼロ。ミュ~ジアム、ミュ~ジアム。by Perfume

しかし本人たちは最高の物を掛け合わせたのだからこれで正しいに
違いないと思い込む。各階に別々にオフィスを持たずワンフロアで仕
事をしていればもう少しマシになったものを・・・。

完成までに遭遇した数知れない時間差、タイムラグは想像以上に計
画の推進に大きな障害を生んだことだろう。それは立案者の心理とそ
れを利用して手柄を獲得しようとする人とのせめぎ合いによってより
泥沼化したが、それは単純に上位者による下位の者(色)への圧力だけ
ではなかった。
先に記したように私たちの思索は流動的なものであるので基本的に
既に公表してしまった議案・論説に関しては十分な議論ができない。
彼の意識の中でそれは済んだものとしてその先の思索へ移行してしま
うからだ。なので発表した文書について鼻息荒く論争を吹っ掛けて来
られると立案者が押し切られてしまうケースは少なからず起こり得る
。そして世間的にみると先に提示された議案を廃棄した人物の提案は
何も無い所から発案するよりも採用されやすい傾向があるので立案者
の明滅に注意する者が必ず出て来るのである。つまり彼が勢い込んで
自説を主張する時には押し黙って会議の進行者の陰にでも身を潜めて
いて、いざ彼が思索を進めようとすると一転して攻勢に打って出る。
彼が温めた会議室の熱を横取りしようというのだ。・・・まあこれが
一度の会議の中で行われるケースは多くないがタイムラグを利用すれ
ば十分に可能だ。
なのでこれを警戒すると立案者は理論武装に追われて安易に先へ進
めなくなる。――よって彼が最終的に提出した色は最善の物とは限ら
ない。着地点を見失った色かも知れない。それを責任者の肩書きで押
し通すのである。ではそうした色の結集はキャンバスに何を表現し得
るか。・・・しがらみだろう。実に非効率。そして悲劇的だ。

ここまで書くとだから責任者の数を減らしてトップダウン式で指揮
系統を構成した方が良いとの結論に飛び付きたくなるが、実際それで
も計画の推進力は上がらない。独りで柱の連結部を仕上げることは困
難だからだ。それは哲学書を読んでみてもよく分かる。僕はニーチェ
の著作を解説したことがあったがその時も結構補足したり並べ替えた
りしなければならなかったのを覚えている。 ・・・計画の細分化の
習慣は改めるべきかもね。それから横取り好きのハゲワシ野郎を会議
室から追い出すべきだ。*
14:16 2014/12/157 ・・・とはいうものの僕も自説の強化ばかりし
ていないで相手の領域の検証もしないといけないな。現在はトンネル
の中を進行中なのかそれとも泥沼に停滞中なのかを。もし前者であれ
ば明かりを提供しなければならないし、彼らがみんながハッピーにな
れるアイデアを持っているというなら清濁併せ呑む準備もしなければ
ならない。――まあ銃を向けられた状態で好意的な解釈をしろと言わ
れてもそれは無理な話だが。しかもあちらには質量もある。あれだけ
の人材がいて正当性を提示できないのならそれは無いんじゃないかっ
て考えても自然だよね。だったら別案をロープにして彼らを引き上げ
なきゃ。一緒に沈んでやるのは愛じゃないし、そんな義理も無い。
掴まらないなら結構、岸で見送るまでだ。*
15:26 2014/12/157 また物騒な事件がちらほら見られているので武
力に関して考察しておく。現在武力を欲する人物あるいは勢力の性質
は主に二種類、正論が聞き入れられない者が自分たちの訴えに注意を
向けさせる為に欲する武力と逆に議論によっては勝ち目が無い者がそ
の決着をうやむやにする為に――いわば将棋盤をぶちまける為に――
欲する武力だ。前者は主に抗議者、本来は議論による勝利を確信して
いるために武力をまったく必要としないが、遊びたい盛りの子どもや
幼稚な大人など議論が通用する見込みのない人を相手にしなければな
らない状況に限って自己の主張を伝えるためにやむを得ず行使される。
対して後者は主に非難を受けて然りの者、アウトローや国家権力や
事業主、犯罪者、浮気者などで常に非難者からの防御手段を必要とし
いつでもそれが行使できる状態にしている。政治的な評価としては前
者は過激思想家や革命家・反政府活動家の扱い、後者はお得意さんで
ある。そのため質量としては常に後者の方が何倍もの質量を所有して
いる。よって前者はテロリズムの引き金となり得、後者は圧政と戦争
そしてテロリズムの引き金になり得る。

繰り返すが議論の勝利に武力は必要でないし、その勝者は武力を決
して欲しない。既に生殺与奪権は獲得しているはずだから。
武力を欲するのはいつも戦利品の譲渡を拒む者だ――すなわち旗色が
悪い者。(内政を含めて)
従って武力の常備を禁止するなど、予め敗者から武力を遠ざける取
り決めをしておけば争いに発展することはない。それこそ国連にでも
管理させて必要な国はその都度要請して必要分の配給を受けることに
したらいい。それは敗者による暴動を鎮圧する時に限って使用が許可
される。(官民を問わず)

武力は勝利してから使う物。そう規定する事はテロの予防や戦争回
避に大きく貢献すると思うな。(テロの実行も討伐も議論で勝利して
からにしろ)
そうしたら国内のアウトローも簡単に潰せる。「お前は社会の常識
に打ちのめされて逃げ出したくせに何を偉そうにしているんだ」って
ね。偶然が時間だと言ったら素直に終わりにしろ。それが大国だろう
が世界だろうが関係ない。時間は時間だ。無理に延滞してきたツケは
皆もう十分に支払っただろう、これ以上負担を求めるな。
原始社会からの脱却へ、ファイト!*

→ほらね、武力を持つことも賞罰の基準を狂わせる。戦争回避に異
議があるんだって。一国内の経済を立て直すために既に情勢が混乱し
ている他国に兵器を売って内戦に発展させることが正当な商売だとほ
ざく悪魔のようなエゴイズトどもを支持するらしい。
――さあてこれを配ったのは誰だっけ? 使い続けることを決めたの
は個人の意思だが。 健全な賞罰を取り戻しましょう、ファイト!*
19:19 2014/12/157 だから武力で勝っても意味ないんだっつうの。
人がテロリストから武力を引きはがそうとしている時に余計なことを
してくれるなよ。敵が武装を正当化するだろうが。議論を詰めろ。
22:09 2014/12/157 ・・・もしかしたら人々は後ろ向きで歩いてい
るのだろうか。そう思う時がある。社会の速度が速すぎるので――彼
らの感覚――背中越しに流れてくる景色が過ぎ去っていくのを見て現
在を知る。足元は動く歩道なのかもしれない。(歩くよりずっと遅い
やつ) つまり彼らが見ているのは常に過ぎ去った過去である。将来の

不安は現在が彼らの肩を通過してから抱き始めるのでいつも遅すぎる。
それは後悔に部類する物である。そして前もって何らかの対処をしよ
うと思えばいつも盲目的に対処するので老婆心が過ぎる。厳格すぎる。
――前を向けよ!――(笑)

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