まとめてつぶやき246 神技とは基本を極限まで極めたものである

10/16~/22
 地縛霊が出掛けた総回数は今週も0回。臆病者どもは神
降ろしをしながら不毛なテロを繰り返した。銃を撃つこ
とは相手に非が無くてもできるし、攻撃している間は責
められずに済むと考えているからである。多重債務者と
発想は同じ。厳しい取り立てから逃れるために別の所か
ら金を借り、気弱な借金取りを嘲っている。
 ――という事で今週は時間もないのでレポートを大幅
にカットする。どうせ毎週同じですから。

 即興演奏が許されるのはそれを期待されている人だけ。
それ以外の人は基本を磨き上げてそれを守り受け継いで
いくっていくのが仕事。というのも才能とは物事の奥深
さに気付く感性のことだからである。感性は努力しても
身に付かない。しいて言えばそれは物の見方を変えるこ
とで開かれる。
 しかしまじめな人は研究するから道に迷う。例えば彫
刻作品の一体目は創作物だがそれを再現した物は加工品
である。四体の創作物の良い所を結集してもやはり創作
ではない。

 子どもの食事を管理するにはまずもって食事を作らな
ければならない。しかし支配者は飯炊きを軽蔑している
ので冷凍食品や惣菜や外食に頼りながら子どもの食事を
支配する。すると自分の力量を踏まえないので抑制が利
かなくなる。可能性に対する考え方がずれてしまう。

 道具を使えば一時的に大きな快楽を得られるが後に残
るのは空しさだけだ。どんなに技術が発達しようと道具
は代替品の域を出ず、人間はそんな快楽を求めていない。

 想いは記録できない。石橋を叩いて渡ろうと車で渡ろ
うとやり過ごしたことは後に何も残さない。どのように
橋を渡ってきたかという記録の蓄積こそが自他に自分ら
しさを認識させる。

 動物を含めて私たちが人に教えることができるのは基
本だけである。私たちはコツをつかむことで基本を神技
と言われる状態まで高めることが可能だが、それでも教
えることができるのはやはり基本である。基本から外れ
た者は何も教えることができない。
 あるフォロワーのツイートに「強制的に人を高品質に
することはできない」というのがあったが、基本から外
れた人にとっては褒められてやろうと叱られてやろうと
強制であることに変わりないと思う。褒められた時だけ
基本に従うというのは未練に過ぎない。神技を奇術か何
かと勘違いしたことがそもそもの誤りだった。アウトロ
ーは神技など行えない。

 教えることができるのが基本だけだとするなら幼児に
も大人を教えることができる。しかしそれに対する反論
は「基本」だろうか?社会習慣や拡大解釈だろう。
――それは「純粋経験」ではない。

10/21 『100分 de 名著』『善の研究』西田幾多郎
第三回「純粋経験」と「実在」
 先週は早合点をしたから今週軌道修正しておく。この
著作は実存主義ではなく実在論を説いた本だった。まあ
彼らの姿勢を述べただけで内容には切り込んでなかった
けど。

 真の実在は日常の直感的な経験であるはずで、主観と
客観の対立が立ち上がる以前の直接的な意識であるはず
である。=純粋経験。

 「赤いリンゴ」という言葉で二つのリンゴについて説
明することはできない。それどころか言葉にすればその
いずれでもなくなってしまうことがある。素朴なものほ
どその傾向が高い。

 近代はいろんなものを言葉の枠に入れて卑小化してき
た。それが西洋哲学に見られる人間中心の考え方を築き
上げた。しかし西田氏は言う、「個人あって経験あるに
あらず、経験あって個人あるのである」。すなわち不完
全な私はどう生きるべきかを考えるのではなく経験によ
って人は変われると気づくべきなのである。
 ただしその経験は純粋経験でなければならない。つま
り思想や嗜好や習慣(先入観)を交えない直感で世界を見
ることが重要である。

 

 ――さてこれが日本人にどれだけ響くか。というか僕
は近代人が世界を言語化することに成功した事を信じて
いない。それができていないから混沌の中にいるのだ。
未だに善悪や民主主義や独裁などの議論をしているのが
その証拠。ネット上はヒトラーとユダヤという固定観念
に縛られている。そして淘汰の議論は待てど暮らせど始
まらない。皆が基本を押さえていればそんなことは考え
るまでもなく直感で以心伝心できるのにね。
 言葉は難易度を下げるために用いる物。皆が芸術的セ
ンスと目を持っているわけではないし、絶景を見ても感
動しない人間も確かに存在する。そんな人たちに見えな
い景色を見せてやるために言葉を使う。黙ってやる奴は
天然記念物の生息する森さえ何のためらいもなく切り開
くからね。理解できないのはあんたの思考だよ。
 4Kだか何だか知らないが映像技術ばかり発達しても物
の見方を知らなきゃどうしようもない。現代人は直感の
働かせ方さえ教えてもらわなければ分からないのだから
やはり言語化が先だよ。かつて伊能忠敬が行ったように
全国を測量して日本地図を作成するようなことを誰かが
しなければならない。

 ちなみに庶民が基本を嫌うのは基本に忠実にしていて
も競争に勝てないという打算があるせいであろう。彼ら
は何に付けても効果が無ければ受け入れない。

10/22 和柄は晴れのイメージが強いので幸福恐怖症の日
本人、特に若者が日常使いするのはハードルが高いか。
それに日本画に選ばれる植物や動物に効果を感じられな
いのが大きいか。とにかくそれを身に付けた自分のテン
ションが上がらなければしょうがないからね。年中ゴス
ロリファッションをしている人はどうなんだろう?表情
を見る限りそんなにテンションが上がっているように見
えないが。
 それ以前に和服は高い。京都のレンタル着物店で五百
円均一セールをやるというリツイートを見たけど何回貸
し出せばその値段で売れるのか。――となるとセレブ向
けのデザインで考えることになるがそれも若者との間に
溝がある感じ?――まあとにかく龍や虎の刺繍は寒いし
陰気なイメージがあるから要らない。

 でも表現は描いた者勝ちというところがあるからな。
とにかくポジティブな印象を与える絵を描けるかどうか
が分かれ目。料理と一緒でね。早くやりたいなあ。

お客との掛け合いをやりたいよ。それが職人の醍醐味でしょ。

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