コカトリス軍は今週も同じことの繰り返し。対して僕は3つの発見をした。一つは圏外の場所で作業をすれば良いということ、二つ目は敵が山中まで陰湿に追ってきて僕の苦労を嘲笑ったばかりでなく工作員やスパイ兵器を積んだ車さえムキになって近づけてきたことから高度の違いがレーザー攻撃の弱点なのではないかということだ。これはすでに家の中でPCやスマホを1F↔2Fへ移動することによってロックオンを解除していて何故こんな小移動で効果があるのかという疑問の答えが出た形だ。またポイントへの登山者や散歩者の接近の全てが仕込みではなかったとすれば僕の求心力が高まっているということなので腹を立てずにウェルカムの態度を取るべきだろう。ちなみに僕は誰に教わったわけでもないが登山者とは積極的に挨拶をする。
3つ目の発見はどうやら京都市内には広範囲に電磁場が張られているらしく範囲内の全ての市民が恒常的に電磁波に被爆しているということだ。これは実際に電磁場の外に出てみて分かったことだが、例えば鴨川の河川敷の場合、出町橋から北大路橋の手前の出雲路橋の間が最も強く、そこを走るとサドルの下から尻を撃たれる。が出雲路橋を抜けると背中に移動し、北大路橋を過ぎるとレーザーが弱まる。そこから3つ目の御薗橋から西加茂橋間でもややレーザーが強まり、そこを過ぎると消失する。僕の場合はそこで戦闘機が威嚇飛行をしてレーザーの追加を試みるが歩行者たちにかかったプレッシャーは確実に低下する。僕はこれを特に帰路で強く感じ、物の見方、人の見方がリセットされて穏やかな気持ちになったし、この街に戦いは無いのだとさえ思えた。これが周りの人間全てが敵に見えるカラクリなのだということにも気づいたし、この空気感を出す人達に戦えと叫んでも響かないのも無理はないことも理解した。
しかし南下するにしたがってまたトゲトゲした空気に包まれそれに感化されやすい人とされにくい人の区別がつくようになる。実際に暴力に飢えた連中も絡んでくる。電磁波被爆の影響で過食、過飲、神経過敏、不眠などの症状に悩まされている人もいるだろうし、テレビやネットでパンデミックへの不安や緊急事態宣言への不満を訴え、外飲みで対抗し、飲食店経営者への誹謗中傷を繰り返す人たちがいるとの情報もある。さらに裏側を知りつつとぼけて僕を挑発したり啓発活動や仕事を妨害してくる人もどんどん増えてくる。これらを総合して悶々しているくらいならその原因と戦えよと思っていたが実際にはイライラの原因を把握していない人やイライラしていない人も多くまずは彼らの意識と現実の乖離を解消しなければならないなと思った。
ちなみにこの電磁場を店内に張れば客の購買意欲を高めることが可能である。実際僕は大型総合スーパーなどでレジに並んだ時に頭を撃たれることがしばしばあるのですでにこれを導入している可能性があると考える。ただし小規模スーパーで米ニートがレジ清算後に脱水攻撃を仕掛けてくるのも体験しているので断定はできないが。
知らぬが仏で彼らが若い感性を発揮できるならいい、しかし現実は創造力も愛や平和や発展のイメージも僕の方が優れている。食品業界やアパレル業界、家電業界のパクリ合いは言うまでもなく(お決まりのいちご味、オレンジ味、ぶどう味など)、キッチンカーのメニューさえ出オチ感満載で発展性をまるで感じない。例えば醤油ラーメンの醤油の種類や配合を変えたりフルーツサンドの生クリームをマスカルポーネクリームに変えたりたまごサンドのパンをコッペパンに変えることに何の価値があるのか?あなた方の夢や個性というのはその程度のものなのか。有名店が参入するのは反則だろうとも思ったが応援する気が失せたわ。それは欧米コカトリスに唆された共産主義企業が伝統産業を廃れさせるために用いた戦略であって見習うべきやり方ではない。誰にもマウントを取られたくないなら質より量のケチな価値観を改めて先駆者と対等の仕事をするべきだし後学者に伝承してもらえる仕事をしなければならない。それはサラリーマンでもフリーターでも可能だ。しかし量をいくらこなしても金をいくら稼いでも人はあなたを尊敬したりしない。人はそれを権利で評価するからだ。
他人の仕事を権利で評価すると客の利益や懐具合やトレンドだけが強調されて肝心の労働者の社会貢献が無下にされてしまう。しかし旅館やホテルといったサービス業は自発的なお節介に対して手間賃を頂くもので職人の仕事も同様だ。権利で評価すればその仕事の価値は人によってゼロにも百にもなる。しかし同一労働同一賃金や多様性の尊重を唱え始めた社会であの人の仕事は認めるがこの人の行いは仕事とは認めないというのはナンセンスだろう。私たちが酷評しなければならないのはむしろ権利づくの利己的な仕事で「権利」という呪いから解放されることによって若者は自由にならなければならないし、お節介精神を養うことこそアイデンティティの確立と伝統産業における後継者不足の解消の鍵となる。日本が観光立国を謳うならなおさらでそれを抑圧するコカトリス軍の排除は死活問題だ。
しごとの本質がお節介にあるとすれば人の生き死にもまた他人が決めることで悪あがきは犯罪ということになる。権利づくで生きたい人は施設に入って機械に管理されて暮らすべきで政治にも社会にも口を出さずメーカーやエンジニアに注文すれば良い。そんな人の収入源も株やギャンブルに限られるのだろう。動物の生死にも関わらずサプリメントで栄養を摂るといい。そこで生きることは一方的に尽くされることではないと気づくだろう。人に尽くさない人は人に生かされる資格もないし組織にだけ忠実な人は組織内でのみ意見することを許される。組織の威光を借りてでかい面をしようなんて越権行為に過ぎず誰もお前の世話になどなってない。・・・・世の中には自作自演で正義を気取る奴もいるからね。
*14:11 弱虫戦闘機が威嚇飛行。これが越権行為。言いたいことがあるなら自力でかかってこい。→続いてヘリ。諦めろ、お前らは何も証明できない。継続は不可能だしメリットもない。事は俺が証明している。
4/22,23 バイデン米大統領主催の気候変動サミット開幕。40の国と地域が出席しビル・ゲイツ氏も出席した。マスコミは温暖化対策のテーブルに復帰した彼のパフォーマンスを評価したがケムトレイルによる気象操作を知る者からすればどの面下げて言っているのかという感じで国際レベルで言論の自由が制限されている現状を憂えるばかりである。
*14:30 脳圧型脱水攻撃。寝転ぶと股間のレーザーの出力も上げてくるがやはり地上の受けのデバイスが欠けているせいか大して上がらない。
4/21 16:48~17:00 山中で著書を書き進めていると仕事終わりの時間を見計らって若い男が無遠慮に近づいてきて小川を弄ぶ。そして僕がPCをしまって移動を始めると同時にその男も下山を始めた。何しに来たの? こんなことが今週は度々あった。社会性が低いので距離感がわからないのだ。
4/22 14:54 買い物後新たなポイントを発見してスマホを起動すると例により米ニートが正解を表す威嚇飛行を始め、間髪入れずヘリもイカれた旋回を始めた。
14:54~:59,15:01~,:21~:22,:31~:33~:35~:40~:45~:46,:51 ヘリが上空を2周するのにかけた時間。この間セスナと米ニートは2度ずつ威嚇と空爆を仕掛けてきた。
15:40~:51 河川敷の上段にオレンジ色のジャケットを着た自転車の男が隠れるように立ち止まってスマホをいじり始め、やはり僕の移動に合わせて同じ方向に去っていった。(今度は奴が河川敷の下段に降りることで)
*14:52 ポリ公が静かに接近して突然暴走サイレンを鳴らしながら妄想を追いかけて行った。14:55~15:03~ その後ヘリが出現。15:03~:07 脱水攻撃。トイレに向かうほど出力を上げてきた。トイレ前にスマホをいじる女。座る位置を変えるというリアクションをされると疑ってしまう。
4/24 7:58~12:00 家にいるとカバンを追ってのび犬、ウツボ、生協、マシュマロ、シャッターマン、セスナ、ヘリがバタバタと雑音を立てる。それが何を証明しどんな経済効果を産むというのか。人の家電が壊れるのを待つよりもお前らが意識的に金を使った方が経済効果が高いに決まっているだろう。ひきこもってないで有り金を全部使ってこい!ユダヤ教徒らしく放浪したらいい。
13:53 新たなポイントでスマホを起動しTwitterにログインすると下書き中に接近していた若者によってスマホのホーム画面に戻されるというサイバー攻撃を受けた。これは以前京大内でトラックを横付けしてきたヤマトの配達員が仕掛けてきた攻撃と同じである。彼もまた僕の移動に合わせて移動を始め、近くの公園で起動すると正常に操作できた。
ちなみにのび糞とナマハゲは外出中にテロ車を移動し帰宅と同時に侵入に必要な30分を稼ごうとしたが見破って2度3度ロックオンを解除しながら風呂に入った。
4/25 3度目の緊急事態宣言発出。しかし魔女、のび糞、ルーク、なまはげはこれに逆らってテロ車を移動。ウツボもテロ新聞を投函して不要不急の挑発を仕掛けた。
14:01 山中で本文の内容に合わせて脱水攻撃を受ける。下山時に案の定不審な軽自動車を発見した。登山者20人越え。米ニートは上空を10往復した。
20:05~:14~21:33~22:20~23:50~0:00~:35 のび糞が放置された鬱憤を晴らすかのような怒涛のてんかん攻撃を仕掛けてきた。
4/26 1:55~2:17,4:12,5:32,7:35~:42~:50 さらに夜間頻尿攻撃と続く。
6:53~ さらに発狂した生協を筆頭にカバンへのしつこいテクノロジーコンプレックス攻撃。これは本来中堅サラリーマンがしなくてはならない抵抗で苦手なパソコン操作を若手社員に任せて自身は人間にしかできない仕事でイノベーションを起こし、若手に仕事を任せるという固定観念を払しょくするべきなのだ。聞けば現在も若者が苦手なクレーム対応や顧客への謝罪などをかわりにしてやっているそうだから、「パソコン仕事しか出来ない奴は半人前だ」と言い放つ気概を見せてほしいものだ。個人主義世代は部下に甘すぎる。社内競争が不活性であることも業績不振の一員らしいからできない奴を振い落とすこともしていかなければならないのではないか。
16:01~ この日はポイントの選択を謝って仕事を進められなかった。それで仕方なくレポートを書き始めたが・・・・。
16:11~:15~ またすぐにヘリがサイバー攻撃を開始、さらに気がつくとヘリの対面に中年男が無遠慮に座ってスマホをいじっていた。こいつらには埋まっている時間が無いのか。糞の山め。16:20~:29 移動するとヘリが追ってくる。
16:34~17:02 しかし若者に混ざってスマホを起動すると出てこられない。
・・・・帰宅するとまた朝鮮糞の相手。日本人のアイデンティティであるお節介を妨害し社会改革を妨げるための暴力。朝鮮戦争の勃発と同時に暴動を起こした時に追放しておかなかったから奴らは同じステータス同じテンションで破壊工作を続けているのだ。暴れるくらいなら戦勝国に帰ればよかったのに何故わざわざ日本に留まって暴れるのか。日本人は朝鮮から引き揚げの時にリンチやレイプを受けながらも帰国したいうのに。在日米軍も同じで本国は日本の独立回復されると同時に軍を撤退し地位協定という有利な条件なしで中国との外交をやる決断をしていたのに占領軍がぺてんを弄して独断で駐留の手続きを進めた。その時点で彼らは主権免除を放棄しているはずなのだ。
日本としてもアメリカとの地位協定がなければ中国やロシアとの同盟をほのめかすことによってアメリカをコントロールし(反権力)、同国のアジア戦略の窓口としてアジア諸国に大好きなお節介を心置き無くやれたはず。こういうのを地理的有利といい日本人が最も実力を発揮できるシチュエーションではないか。さらお祭り好きの民族性を発揮して頻繁にアジアの祭典を開きEUの手本となることも出来た。若者はこういう日本人の民族性を肌で感じていないから現状がおかしいことが分からないのだ。漠然と権威に逆らってばかりいないで自分たちのルーツと一体化するべきだ。民族性を失うと社会は腐敗する!権利という呪われた概念を捨てよ!
16:41 4/27 レポートを書き上げる。今週はいろんな場所で仕事をしたが敵の絶望を大きくするにはむしろ繰り返し僕の考察を読ませた方が良いのではないかと気づいた。積極的には読まないに決まっているのだから。ヘリやセスナも薬が効いて毎日のたうち回っているからな。明日明後日はちょうど雨だしまた家で仕事を進めることにするか。
4/28
2:25, 4:24, 6:36~:43, :54~:57~:59, 9:09~:14 米ニートによる雑なルーティーン夜間頻尿攻撃。地上に引きずり降ろして日本に逃げてきても無駄であることを思い知らせてやりたい。自身の人生に何のドラマもなく他人の舞台に乱入することしかできないヒトモドキを生かしておく価値はない。私たちは彼らのせいで人生には苦労が付き物だと思い込まされている。
しかしここで回避を選ぶか闘争を選ぶかは利己主義か利他主義かという教養の高さの問題である。精神的に自立してお
らずなおかつ人を信用できない人はお山の大将と「同業者の縄張りを冒さない」という無干渉契約をむすぶことによって
身の安全を確保する。ネット上での匿名攻撃を非難し規制の動きさえ見せる一方でテクノロジー兵器による匿名攻撃には
支持を示す日本政府やテレビマン(芸能人を含む)はその代表格。彼らは国益を無視して保身に走りながら厚顔無恥にも国益を追求する学者や政治意識の高い市民を弾圧し、大衆にも飴と鞭を用いて共犯者になることをそそのかしている。
ために教育者や宗教家や哲学者が利他主義を目指しましょうと合唱しても学校教育にそれが反映されず人が育たない。――正に自分以外のあらゆる生物を死滅させるコカトリスと糞の山だ。水辺の豊かな生態系と広い世界を知る鶴には大衆がなぜそこまで苦労を追い求めるのか理解できない。
こういった伝説や童話は人間の無教養や愚かさを風刺したものが多いのでこれを直視できない人はフィクションのよう
な切り取られた人生を送っているということだ。しかし学問がその先の道を示している以上そこに留まり続けることはで
きない。後進国に民主化を勧める前にまず自分たちが利他主義に目覚めるべきであろう。
干渉とお節介は別物である。キリスト教及びユダヤ教の権利主義は他人からの干渉を嫌いながら自身は人に干渉しなけ
れば利益を上げることはもちろん生活費を稼ぐこともままならないという点で完全に利己主義であるがお節介はしばしば
自己犠牲を伴う。米臨床心理医のリー・プーロス博士は両者を自尊心が高い人と低い人という分類で解説しているが、彼
の説から解釈すると役者や職人や学者が貧しいのは自尊心が低く自己批判ばかりしているからで、他人を喜ばせたい気持
ちや尽くしたい気持ちが強い昔ながらの定食屋が赤字経営を続けながらも大盛りをやめられないのも自尊心が低いからだ
ということになる。そして成功するためには他人を批判すること(すなわち自己批判)をやめ、自分の権利の範囲を自覚して無干渉主義に徹しつつ大衆や権威におもねること、つまりどんなに良い物を作っても売れなければ意味がない、注目してもらえなければ意味がないという考え方に切り替えることだという。人を認める気持ちや許す気持ちも無干渉主義に属する。要するに「より良いものは良いものの敵」を実践せよということだ。
「誰かを批判するとき、人は必ず相手の中に、自分の中にもある気にいらない部分を見つけてそこを批判する」という
彼の言葉には共感できるが僕はそこから「人の振り見て我が振り直せ」を連想した。そして批判を投げかける人は自分の
欠点を改善する方法教えてもらおうとしているのであり、一方で自身で問題提起してその答えを追求することは自問自答
といって学問の基本であると考えた。したがって「学問は権利づくでは修められない」という反論があって彼の自尊心論
には賛同できない。むしろ現在の世界は富や成功と学問およびお節介が相容れない関係にあって僕はこの関係性を改善し
た方がいいと主張する。これに対し自称自尊心の高い、無教養な連中は権利づくで抵抗しているというのが現状だ。これ
を改善するには彼らの鼻っ柱をへし折る以外に方法はないと考えるがどうだろう?――というところで糞の山からも抵抗に遭っている。
しかし無干渉主義が彼らとのわだかまりを解決しないことは誰の目にも明らかであろう。学問する者は生活するなとい
うことか?第一次産業の従事者が自分より豊かに暮らすことを許せず学ぶこと、作ること、創作することをやめた人々の代わりに問題解決や気晴らしの選択肢や弁護の論理を生み続ければよいと?ゴーストライターというやつだ。その自尊心は単なる独裁者の優越感であろう。それが社会全体にどんな豊かさや幸福をもたらすというのか。
そんな考えだから社会との交流を絶っている偏屈老人やニートや引きこもりを岡っ引きに任命して相互監視や過干渉を
強化しようなどと不毛で陰湿な復讐劇を開演してしまうのだ。生きているのが嫌ならみんなのためにさっさと死ねよ。オーケストラではたった一人不味い演奏をする人がいるだけですべてが台無しになるそうだ。
*12:03 4/28 ウツボが絡んでくる。


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