まとめてつぶやき882 日本に市民による議会を作りましょう!

まとめてつぶやき

日本に市民による議会を作りましょう!

10:10 8/31 レポートを書きに出かける。

10:19~17:40 ポイントに着くと米ニートと戦闘機が取り付く。米ニート30回、戦闘機10回

13:55,14:15,:20,:21,:46,15:01  脱水攻撃。

14:21,:54 ヘリが空爆。

17:40 レポートを書きあげる。

どれだけ大袈裟にしたって言い訳は言い訳、逃げは逃げだ。

9/01 8:45 レポート加筆。やはり頭を整理するために2日は欲しいな。

8:57 戦闘機が取り付く。

下界ではまだすっとぼけたことを描き並べている。SNSを2時間も3時間も見てしまう人がいるらしいが、進歩がなく何が言いたいのかも分からないものを見ていて何が楽しいのか僕には分からない。社会全体が老化している、というより現代化を頑なに拒絶し続けているのだ。天皇と官僚による専制しか経験してこなかった日本には執行部を制約することを目的とした議会が存在せず、会議は当事者だけが行うものでその決定は上から下にのみ伝達されるものと教えこまれているために「他者」とか「自分の意見」というものの本質を理解していないのだ。だから僕の主張はいろんな社会問題を解決するが彼らの主張は何も解決しない。そればかりか職業別の人格というものも見られなくなり最近はタレントもインタビューを受ける一般人も軍人も政治家もポリ公もヤマトも郵便屋も皆同じに見える。(同じカルトでつながっているのだから当然か) 日本政府が伝統的に外交下手なのはそのためだろう。

*13:24 米ニートが頚椎型脱水攻撃。

芸人の質も地に落ちていて土日に生放送で芸人がネタを見せフリートークをする番組を掛け流してたけどくすりともしなかったし、一度も顔を上げなかった。彼らが噺家としてのスキルの低さをニヒリズムで誤魔化し、笑いと人気をカルト信者に補ってもらって得意になっていることは知っていたが、まさか場の空気まで編集を加えてもらわなければならないほど人間的魅力が低下していたとは思わず、芸人の時代が終わったことを実感した。彼らも惰性で仕事をしているだけでやりたいことが無いのだろう。それで人生の総仕上げと言わないばかりに新興宗教に染って偏狭な屁理屈ばかりこねている。何をどう考えればあれが面白いと思うのか。スタッフの愛想笑いに慣れてウケるという感覚がズレているのではないか。

今期はドラマもハズレだったね。展開が漫画みたいで子供じみていた。

カルトと言えば『教育を救う保守の哲学』(渡辺昇一、中川八洋 徳間書店)に現代に息づくマルクス共産主義者の陰謀が書いてあるが彼らはジェンダーフリー教育を通して日本の子ども達を男性か女性か区別のつかない両性具有のカタツムリに調教し、それを理想の人間または新種の人間と信じているらしい。そうして人類(日本人)の生殖機能を失わせて絶滅させることが彼らの最終目標なのだそうだ。・・・こんなイカれた連中が政界や教育界に幅を効かせてやりたい放題制度改革をしているようでは巷の気違いを排除しないのも無理はない。だから早く市民が真実に目覚めて赤狩りを始めろと言っている。今週はそのためにはまず人々が至る所で会議を開いて上司や資本家やポリ公らに何がしたいのかを問いただすことだ。自分を卑下して飯を食うことだけを考えて目上の人に遠慮していても彼らは我々から搾取すること、罪をチャラにすることしか考えない。排除されるべき存在だと思えばこそ彼らは批評や建言をマウンティングといい、集会をテロだといって弾圧する。その一方で罪を可視化するために罪を犯し、暴力(革命)でそれをチャラにしようとする。カタツムリを理想の人間などと言い出すのも人の方や自然の摂理から逃れるための変身願望なのだろう。そんな彼らに必要なのは罪の取り立て屋である。

罪を償うことについて辞書では金品や労力で埋め合わせをすることと書いてあるがキリストは人類の罪に対し神に命を捧げであがなった。贖罪には犠牲や代償が必要であり、第一に相手に対する敬意がなければならない。現代人は何事も形式的にやればクールに物事を処理できて頭なんか下げなくていいと思っている。しかし罪を犯してへりくだれない人は生前にさんざん家族に迷惑をかけ借金まで残しておきながら死後には先祖供養の愛情を要求するようなもの。こういうひとは生きているうちから他者に同様の奉仕を求め、他者に尽くさず子孫にも尽くさない。他者を愛さない人は子孫のことも愛さない。誰彼構わず祟る悪霊だ。こんな奴はさっさと殺して子孫にその醜い感情を向けさせるべきでそれが彼にとって唯一の償いになる。―――嗚呼、また死の哲学になってしまった。カルト信者は集団自殺者の集まりだからね。

千葉でパラリンピックの観戦に児童を引率して2名の教師だけが新型コロナウイルスに感染した事件は彼らが子どもたちの間にクラスター感染を引き起こそうと仕込んでいったのではないかと邪推しているが彼らがジェンダーフリー教育を信奉する赤教師ならやりかねない。

・・・それとニュースを見てもうひとつ気になったのはワクチン接種後に死んだ人の司法解剖は行われているのか? 科捜研かどこかワクチンの研究所以外の機関で解剖して原因を調べるべきだよね。刑事事件の可能性があるのだから。これも会議の一種だ。こういうことをやらないからパンデミックや変種の発生が止まらないのだ。日本をトップダウン式からボトムアップ式の国に変えましょう、その方が私たちらしい。

・・・ああ、また浄化されてテロリスト共の悪事を書く気が失せてしまった。

上記の本を読んでいる時にのび犬とウツボが(人の家の電気を盗んで)50分間拷問を加えてきたことだけ書くか。これにはブログに自分たちの悪事を書いてもらいたい意図もあったのだろう。ならば自白して墓穴を掘ればいいと助言してやったのだが暴力しか聞こえないので実践しない。自閉症は厄介だ。

8/30 12:00~13:20 トイレに行くまで20回の脱水攻撃。

18:37~20:50 1F北で夕食をとると食後を待って脱水攻撃を開始、「保守の哲学」に目を通し始めると盗んだ電気で部屋に張った電磁場の出力をぐんぐん上昇させて読書妨害し、20時までにトイレに行かせて軽自動車を起動するという計画が狂うとますます出力を上げてくる。そしてテレビと共に部屋を移動してもフリーファンネルを使ってしつこく人為的に尿意を催させ続けた。しかし僕は計133分間の拷問を受けながら50分間の勝利を得た。今度は捕虜である彼らが50分間の拷問に耐える番だ。吐かせるべきことがいろいろあるからな。敗者のくせに自害もしない偽軍人に戦争の恐ろしさというものを思い知らせてやりたい。

21:51~22:00 負け犬のび犬がガレージから出てコソコソと軽自動車を起動する。

8/31 18:39~54 さらに一晩恨みを募らせて僕の帰宅を待ち、風呂に入る時間と出る時間に合わせて軽自動車を起動した。レーザーをスマホにロックオン。まだ自分に向けない。自分の立場を弁えない。

岡本生協も3日ほど覚醒と同時にポストを鳴らして現実逃避をした。希望がないなら目覚めるなよ。未来を否定してまで生きなくていい。

8/29

図書館に本を返しに行くと20日から利用制限がかかっており館内での閲覧とネット予約以外の貸し出しができなくなっていた。また唯一のコンドロイチン入手店としていた百万遍のダイコクドラッグが突然閉店した。贔屓のナッツもラムーの店頭から姿を消した。売れてない菓子類には全く手を触れず。(それが商売人のすることか!)

京都市内在住者にはごめいわくをお掛けします。一日も早い解決を目指します。

市民による議会について今週の「インタビュアー林修」で中村倫也さんが話されたことを例に考えてみる。彼は若い頃オーディションに落ちまくった結果、精神が不安定になり周りがみんな敵に見えた時があったが、先輩の励ましと朝ドラ出演によって救われたそうだ。芸能人にありがちなこのエピソードを僕は成功体験とは思わないし世間一般の悩める人に光を与えるとも思わない。

その理由はまずオーディションは作品のイメージや事務所の方針が第一で選考者は受験者の人格や素質や意気込みなど見ていないからである。当日に親が死んでも恋人に振られても笑っていろ(欲しい表情をよこせ)というのが彼らの正義なのでこちらで準備できる範囲を超えているし、たとえ彼らの懐に入り込んだとしても彼らとの駆け引きは終わらない。よって彼の会議で彼らを敵と見なすことは不健全ではない。

第二に世間の人々が朝ドラという業界の大看板に出演したくらいで態度を豹変させるようなら成功の鍵は錯覚資産ということになり一般市民はどうして朝ドラクラスの切り札を得る手段とチャンスを得るのかとの問いで行き詰ってしまう。本音と建前を自制することができない、世間は信用の置けない人という評価も間違っていないだろう。世間は彼と和解しておらずお互いの人格を認め合った訳ではないからだ。

そもそも何故専門職を選んだ人は一等下の扱いからスタートすることに甘んじなければならず、人の助けがなければそこから脱することができないという不文律が存在するのか?人生は個人の問題であり、私たちは排他的な会員制クラブの一員になるために生きている訳ではない。しかも未来を創造できない無能の集まりの入会にエースを要求するなんて不遜だ。それが一般市民を生きにくくしている。私たちの労働は歩合制ではないので努力や忍耐が報酬に反映されることがなくリカバーの機会も用意されていない。むしろ何もしたいことがない上司や権力者の慰み物にされて一等惨めな状態に落とされるだけだ。力を持つものほど何がしたいのかを明確にすべきだし、その動機も利他的なものでなくてはならない。(というより正しい手順を踏んで地位や力を手に入れた人なら自然とそうなる)

 これが改善されるには俳優が自ら演じたい作品を監督またはスポンサーに売り込み、その実現によって俳優としての地位を築いていくストーリーを作り出してくれなければならない。自分が何を表現したいのか分からないまま機械的にオーディションをこなしてたまたま受かった作品が当たって人気俳優の仲間入りをしたというのでは投機的な人を喜ばせるばかりで地道に着実に成功を掴みたい人や日々の見えない積み重ねを評価してもらいたい人には響かない。ある本に時代劇が廃れたのは役者の質が落ちたからだと書いてあったが、それも役者同士の演劇論が酒の席だけの話で終わっていることと関係しているのではないかと思う。

しかし監督陣やスポンサー陣からすると俳優の意見は耳に痛く邪魔で都合が悪い。政党や共産主義組織でしばしば分裂が起こるのは成員の意見を握り潰せないからである。彼らは言いたいことを言い合うと分裂し、好きな人や理解者と喧嘩別れする。そして敵や嫌いな人とばかり腐れ縁を作って闘争から離れられなくなる。

彼らの被害妄想は自分は幸せになる資格がないという思い込みの表れであり、反省しないのは前頭葉の老化による前頭側頭型認知症あるいは統合失調症のせいである。以前も紹介したがこの患者は病識(病気の自覚)がなく感情や思考の切り替えが鈍く思考がワンパターンになりやすい。そして同じ考えを強化し続けているため思い込みが激しく頑固になるのである。自分の言動がおかしいことに気づかず、世の中が理屈通りに行かないことを認めない。自身が拡大解釈の中にしか住まえない実体のないグレーな存在でありながら曖昧さを理解できずかつ許せない。(拝金主義者や長寿の幻想、皆がお金にひれ伏すわけではなく人の寿命なんて一人一人違うということを受けいれない)

彼らの言う多様性とは自閉症のこだわりを受け入れてもらえる世界のことであり、そこはオール・オア・ナッシング、白か黒か、敵か味方かの二元論の世界である。頑固者は自分の頑固さを受け入れてくれる人に親しみを感じ、そのような環境に居心地の良さを感じる。したがって彼は受け入れられることでますます社会と関わりを持とうとしなくなり孤立する。子どもに依存しすぎる主婦や新興宗教の信者に見られるように彼らは基本的に疑う力が弱く、リモート会議のようにパソコン画面の中だけで世界が成立  何より自閉症や認知症が治る病気と信じていない。だからそれを支援し受容する社会制度や風潮作りに精を出し学校なんか行かなくて良いとか子供なんか産まなくてよい、結婚なんて紙切れ1枚の契約に過ぎないなどの暴論を吐き散らしてそこら中に自分たちが隠れられる穴を掘りまくるのだ。

普通の人間はリモートより対面の方が安心で居心地がよく、メールで別れを告げたり辞表の提出を代理人に頼むようなことには気味悪さを感じてしまう。僕が彼らとは住む世界が違うと言うのも自己存在がパソコン画面に収まる範囲や文字や言葉で話すことのできる範囲で収まることが信じられず、僕の脳には無限の知恵があり、その存在はパソコン画面に収まりきらないと確信しているからだ。彼らは自分が不幸と知りながら偏狭な世界に立てこもっているが彼らに受け入れてもらうには彼らが不幸であることを認知し彼らの不幸を分かち合い、幸せになんてならなくていいと言ってやらなければならないのか?そう考えると彼らとは別の世界があるはずだと信じたくもなるだろう。僕は幸福な世界で幸福を追求していたい。だから僕を受け入れないなら僕の幸せを邪魔するな。僕は不幸の領域を侵犯したりしない。あなたがたが幸せの領域を犯しているのだ。僕は幸せになろうとしない人々とは一生分かり合えなくていい。僕の人生のテーマは1を10に感じる方法を考えることであってマイナスをゼロに近づけることではないからだ。

世界を決めつけるな。世界は誰にとっても一つだ。自分専用の世界なんてありはしない。いつまでも自分を懲らすのはよして自分を許してやれ。目障りだ。

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