想像しかできない人に「いつやるの?」と尋ねたところで永久に「まだ」との答えしか返ってこない。やれと言われてすぐに出来たら天才だけどホーケイ野郎共にはそもそも現世で生きながら進化するという意識がなく、女や大衆にモテることを成功と勘違いし、人の知恵を盗めば来世で追いつけると考えて満足してしまうため動物の死生観から抜け出せない。要するに現世の自分に期待していない人に何を言っても馬の耳に念仏だという事だ。
今回の選挙も初めからポーズだと分かっていたがやっぱりその通りの結果になった。若者の4割が自民党支持というのも以前から示されていた傾向でだから右翼タレントや大学生が若者の投票を上げる運動をしたのだ。橋下徹さんは維新の応援になってはいけないから選挙期間中はテレビ局から出禁を食らっていたそうだが選挙へ行こうと呼びかけたタレントたちの行動もそういう意味では選挙法に抵触する行動だったのではないか。(と言ってもホーケイどもは全く悪びれないだろうが) でもどうせ9政党の党首で内閣を作ったって自民党と同じ「結論」しか出せないのだから野党の存在価値は無い。
欧米人は会食やパーティーで男女を問わず議論を楽しみ、ウイットに富んだ内容のある会話によって知識欲や好奇心を刺激し合うことに参加する意義を感じるが、日本人は馬鹿話か自慢話か愚痴の暴露しかせず、妻が夫に意見することを生意気と非難する態度を改めないからいつまでも議論が上手くならない。僕の主張がここまで無視または黙殺されるのも実は日本だけの現象なのではないか。いくら宗教的な制約がないとしても国民が知識を広げようとしないのでは自由の意味がなく却って臆病な政府を増長させるだけだ。希望を持って来日した外国人が失望して帰国したり歓楽街で無為に過ごす原因もここにある。日本人は入口こそ愛想がよく親切だが問題点の改善を提案すると途端によそ者のくせに、新参者のくせにといって同調圧力を掛ける。そんなことは酒の席でやれと。
英雄崇拝を拒否する態度も裏を返せば自分中心でなければ気に入らないということで、一方で自己犠牲精神を示しながら他方でこのような意固地な態度を見せ、しかし同労働同賃金を要求しないという彼らのバランス感覚は理解に苦しむが、とにかく来世も人間として生まれることに並々ならぬ執念を燃やしていることだけは分かる。
しかしももクロのレコーディング映像を見る限り日本人も建設的な意見交換ができない訳ではない。良い作品、良い家庭、良い職場を作ろうとする人たちは互いに切磋琢磨し合って向上し続けているしその中で自然にお互いを尊重し合っている。それができないグループにはリーダーにクリエイティブの才能が無く、ためにクリエイティブな活動への意欲がない。問題解決を創造ではなく想像、共感で取り組んでいる。そしてそれがグループを環境の特殊化に向かわせる。
日本史を見ても順当に行けば徳川幕府はペリー来航を機に下級武士や民衆の意見をとり入れ、彼らの人権を認める方向に進んでいたのに明治維新によって再び天皇制に退行したために同じ歴史を駆け足で繰り返すことになった。朝廷と幕府をひとつにまとめる試みは建武の新政で実行され、その結果応仁の乱、戦国時代、封建体制及び鎖国をもたらした。これは鎌倉幕府の焼き増しである。原因は天皇及び公家に新しい社会体制を創り出す創造力がなく自力本願に目覚めた武士や被支配階級(惣村)の反乱を抑えるために武士の力に頼らざるを得なかったことにあった。明治維新以降の憲政擁護運動や自由民権運動なども餅つきみたいなもので政府も左派も日本の将来を見据えたビジョンを持たずマルクス主義や英米の議会政治を導入すればよいと安易に考えていたからミスや欠点にのみ注目して不毛な対立と足の引っ張り合い、潰し合いに明け暮れることになった。連合赤軍のように。朝鮮や中国に対する帝国主義政策や第一次世界大戦なども共通の財源を確保するための金儲けと組織の崩壊を防ぐためのガス抜きに過ぎなかった。その後近衛文麿(コミンテルン)が全ての政党を解散させてひとつの完成形に到達したが英米メイソンの計画に従ってマルクス主義を右派思想から左派思想へ移行する手続きを経て自民党による五十五年体制をもって完成した。
したがって自民党政権は江戸幕府の焼き増しであり、彼らのいう人権保護は五代将軍綱吉の「生類憐みの令」と同じく差別と財政難の原因以外の効果はなくそれを補うための経済政策も倹約と増税を柱とした三大改革の焼き増しである。そしてその先に大阪維新の会やれいわ新選組という明治維新を意識した政党が控えており、後者は共産主義革命を目指し、前者は未だ朝廷(府政)と幕府(市政)をまとめるところで頓挫しているがいずれにしても戦国時代の無限ループから抜け出す能力と使命を持ったグループではない。
今の日本に必要なのは武闘派や老人やホーケイなど金や権力に影響されやすい意志の弱い人にリーダーは務まらないことを認め、常にクリエイティブな人間をリーダーに据えて新陳代謝を受け入れることだ。以前から指摘しているように秩序とは順序のこと、環境の特殊化によって死や失脚の時期を延期することは秩序の破壊でしかない。大多数の人が秩序の破壊者に属し少数の賢者が彼らに秩序をもたらすというのは古今東西を問わず社会体制の基本的な仕組みでありそれを否定して選挙なんかしたって無政府主義者のクーデターと変わらない。
『サンデージャポン』で2度紹介された永井陽祐さんだって既に刑務所に収容されて丸腰になったテロリストにテロ以外の方法で社会を改革することを呼びかけて組織からの脱退や武装解除を促すもので武器を提供するアメリカやCIAやロシアなど国家権力の後ろ盾に励まされながら街を破壊し、自爆テロで無差別に人を殺している人に投降を求めている訳ではない。テレビが彼の活動を取り上げるのは自身を含めて交渉人の話を聞くのは武器や後ろ盾を取り上げられた時で、端から社会復帰させてやるからテロをやめろと言ったって誰も聞くものかと言っているに等しい。ケーサツだって公務員でありながらテロに手を染め誰の言葉も聞き入れないし、大衆も彼らから職権を取り上げない。だから彼のような活動家や賢者が必要なのだ。
*13:57~14:04~:17~:37~ 40分前からうるさく飛び回っているヘリがそれでも足らぬと空爆を仕掛けてくる。ヘリと電磁波兵器を取り上げないで奴が僕の主張を聞くと思うか?
生きることに執着すれば死を恐れて苦しみ、健康に執着すれば病気を恐れて苦しむ。若さに執着すれば老いに、他者に執着(依存)すれば孤独に、金に執着すれば貧乏に、楽に執着すれば空虚に、そして罪に執着すれば罰に苦しむことになる。学問する人も恐らく自己の悩みや自己存在の不確かさに対する無力感を恐れている。こうした恐怖を克服するには原因に没頭し一体化することだ。そうすれば苦しみを理想を実現するための過程と考えてすぐに行動に移せる。
例えば美容に気を使っている人がニキビを見つけた時に落ち込んだり隠そうとしたり薬で手っ取り早く治そうとするならその人は人に褒めてもらうために美しくあろうとしているのであり結果と共に自分自身さえ客観視して距離を置いてしまっている。(モノまたは商品扱いしている) しかし美容を健康管理の一部として考えている人は食事や生活習慣を見直して便秘や睡眠の改善に取り組むはずでありニキビができた自分にあえて(ネガティブな)評価を下さないはずである。身体障害者もまた何かにつけて障害のせいにしていては何もできないし常にイライラして世界中が敵に見え、自分のことも嫌いになるだろう。障害克服の第一歩は障害と一体化することである。
同じように楽しく生きたければ間を恐れず何もしない時間を楽しめるようにならないればならないし、豊かに暮らしたければ貧乏や財産の減少を恐れず必要を第一原則として創意工夫して日々を充実させることをかんがえなければならない。他者と打ち解け心からくつろげる時間を過したければ孤独を恐れず他者の自由を認めなければならない。罪人も罰を避けてはいけない。原因と結果は表裏一体のものと割り切らなければならない。(正論と迫害は表裏一体ではないがな)
日本人は特に覆水盆に返らずの思い込みを取り除いて再起のための努力を尽くすべき。誰かのお膳立てがなければ不貞腐れて自暴自棄に終始するという厚かましい考えを捨てるべきだ。失脚を恐れるのは実力とアイデアと人望がないからであり本物でないから地位にしがみつく。環境に頼る前に本物になれ。
地上の生物はどれだけ自由に振舞っても地獄に落ちないほど確かな土台があればこそ再び地上に生まれ変わることが出来る。天界の住人はどれだけ自由に振舞っても堕天しない。各分野の専門家たちもどれだけ自由に振舞ってもその道のプロフェッショナルであることを疑われない人が本物だ。人生は自身の能力を伸ばすのが本質。アマチュアは無いものばかりをねだりミスや欠点をなくすことに必死になる。地獄の住人がちょっと金や権力を手にしただけで簡単に堕落するのもアマチュアだからであろう。それでは地上に定着出来るはずがない。そんな彼らに教育を施し秩序を持たせるのが社会というもの。彼らに同情、共感してやることは我々の仕事じゃない。
スポーツ選手が練習に打ち込みすぎて怪我をするのは体が運動系脳番地の酷使をやめさせるためにあえてそれを誘発、誘導しているのではないかと思う。筋肉痛や肩こりや鬱症状、酩酊状態や睡眠不足における認知機能、運動機能の低下などと同じく。心身のバランスを崩してまでやらなければならない事など人生にはないということだ。
10/28
10:15~17:06 仕事を始めるとウツボが11回ドアを鳴らし、ガレージではでステーションワゴンを13回小移動した。出かけた回数ゼロ回。すべては脱水攻撃とてんかん攻撃のため。飽きもせずによくも毎日同じことを繰り返せるものだ。その程度の満足も日常生活で賄えないほど生活能力が低い。皮かぶりには現実が見えないからだろう。生きている必要ないだろうに、さっさと地獄へ帰れよ。
10/30 のび犬が表のBMWと偽軽自動車を2度ずつ起動。出かけた回数ゼロ回。
10/31 日曜日
7:55,8:01 北1でテレビをつけると米パウロとマシュマロが2度ロックオン行動をした。最近ほとんどの奴がこれをやる。単純に二本ずつ起動するようにしたのかもしれないがいちいち2度挑発しなければ気が済まないほど追い込まれながら危険を感じず挑発を繰り返せる場所でわざわざ武装する。こいつらのバランスも理解不能だ。のび犬に至っては庭にスマホを置いたまま寝てしまったら夜中に庭に侵入してスマホをいじったからね。スマホに邪気がこびり付いていたこととヤツ自身の自白により裏は取れている。ヤツの頭には「情報を盗めば金が貰える」という思い込みしかないので餌を見ると食いつかずにはいられないのだ。マシュマロも金に目がくらんで必死に汚れ仕事をしている。善悪も脈絡も関係ない、自分の担当エリアに入ったら秒でアコーディオンドアを鳴らして水平レーザーをテレビ、スマホに向けよる。彼らを止めるには武器を取りあげてインフラの整ったこの町内から追い出すしかないだろう。ケーサツはそれを妨害している。なんの根拠もなしに。追及された時に誰の名を出して罪を軽くしようとするのかを考えれば自分を追い込んでいるのが誰から分かるはずだ。俺が悪いと言って罪が軽くなるわけないだろう。群れるやつはまぐれ当たりに頼っているのだからその攻撃に根拠がないことは明白なのだから。戦う理由がある人は群れない。無能な奴が有能な人間を攻撃しモテない奴がモテる人を攻撃することが許されるなら貧乏人が金持ちを攻撃することも一般市民が武装した軍人やポリ公を攻撃することも許されるはずだ。覚えておけ、どんな理屈を持ち出そうとそれを利用できるのは俺だけだ。
*15:25~:46~ 11/2 また反発テロ。ホーケイ米兵はこの一週間僕から「しつこい」という言葉しか引き出さなかった。
10:46 シャッターマンが今頃になって内側のシャッターを開ける。普通起きたらすぐに開けて換気をと明かり取りをするものだがテロリストどもは人の家を覗きながら一日中窓も開けないしカーテンも基本閉めているようだ。挑発やレーザーを起動することをほのめかす時だけ窓や玄関のドアを開ける。マシュマロ家も生協家も滅多に外に出ない。
0:35~1:38 てんかん攻撃。殺したくなるほど腹が立つ。
11/1
11:02,:39 庭掃除を終えて仕事を始めるとウツボとガレージのステーションワゴンがロックオン行動をし、2度目のアクション後、尻撃ちが始まった。
12:08 尻撃ちが途切れるとマシュマロが引き継ぎ、それを見破ると3分後から ウツボと2機のヘリが取り繕う行動を見せた。
12:31 PCを移動するとアサヒ生協が出てきてポストを鳴らし水平レーザーを向け、PCを再度移動すると39分にまた出てきて空のポストを鳴らして中のレーザーをいじる。
13:25,:36 2F北西にてウツボのこめかみレーザーを回避するとガレージのジジイが介護者を呼ぶ。要介護者の分際で健常者を攻撃し健康を害してくる。秩序への反抗、死ぬ順番すら守れないやつが何しに生まれてきたのか?
15:51~:58 ウツボがてんかん攻撃を開始するが16時から古本市を覗きに行くと決めていて机を離れるとすかさずてんかんレーザーを切って脱水攻撃に切り替えた。
17:33~:36,:38 帰宅すると例によってヘリが低空飛行で挑発し、スマホにロックオン。それを見抜いてスマホを小移動するとまた、引き返してきた。
20:32~21:15 てんかん攻撃。殺したくなるほど腹が立つ。
11/2
1:08 寝室のセッティングを終えると米パウロが追ってくる。これも毎晩だ。そして股間と心臓にロックオンしてレム睡眠に入るのを待ち構え、起き上がると一気に出力を上げる。毎晩同じ。
2:46,5:08~:15,:18~:22 脱水攻撃。部屋を移動すると切れるがわざわざ追ってきてまた撃つ。
5:59 しかしPCのある部屋に移動して寝るとPC撃ちを優先する。
8:27 のびガキが無言で出てチャリをガレージへ。そのためにわざわざ制服に着替え、帰宅のシーンを作らない。のび犬が移動したチャリをガレージから戻した時だけ白々しく声を出す。ちなみにルークのガキも10月の頭あたりから不登校の疑いがあり7時頃から玉蹴りに興じていたが日を追うにつれて時間が短くなりロックオン行動と変わらなくなった。他の児童が登校する8時台には出てこない。テロリストどもは何を目指し、なぜこの町にこだわるのかさっぱり分からない。さっさと懲らしめたい。どうせ俺を斥けたところで遊び暮らすしか能がなく、それに飽きてまた同じ過ちを繰り返すに決まっているのだから。自分が変わろうとしないから周りを引っ掻き回すしかない。お前らこそが人類の敵なんだよ!
16:31 レポート完成。これまでに米パウロが32回、ヘリが18回、戦闘機が8回旋回し、16回脱水攻撃を仕掛けてきた。ために5時間でバッテリーが24%失われた。以前は3回分書けたのに。サイバー攻撃と不法侵入と器物損壊罪が確定した。死んでいる間に人類が成長するのが怖いのか。
18:53 例によってポリ公とヤマトが帰路で待ち伏せ挑発。進路を予測できないから家に1番近い通りで待ち伏せ。
11/3
6:30~35? 人が閃いて成長している間にガレージと生協がうじうじ出てきて僕とスマホに陰気レーザーを向ける。情けないという感覚がないらしい。
7:10 ルークがテロ車を起動。ガキのボール遊びの代わりに。ヘリを通してアップロードしていないレポートを盗み見た疑いあり。
9:05~ 加筆開始。
9:06~:09~ 脱水攻撃。野球チームがキヤッチボールをしている前で。
10:39~ レポートの加筆を終えるとまた脱水攻撃。『進撃の巨人』の巨人の弱点を撃ってくる。しょうもない漫画が彼らの歪んだ正義感をバックアップする。だから人類の敵はお前らだ。1匹残らず駆逐してやる。
人を傷つける人は前提として自分を傷つけている。だからこそ人を傷つけても構わないと考える。ただし僧侶や芸事の師匠やスポーツトレーナーや監督などは自己の成長につながったと思われる方法で人を傷つけ苦しめる。それは彼の中で成功の法則となり創造力の種となり、かつそこに秩序を見出したからである。一方で独裁者や犯罪者などは自身を苦しめている行動や習慣とは別の方法で人を傷つけ苦しめる。虐待者や逃亡者や名門の子息のように自分が苦しめられた環境(虐待、過干渉、追い詰められた状態)を他者にも味わわせてやろうと復讐的に行う者もある。そこに創造力の種はない。
こういう人は成長の法則でもって彼を傷つけてもそれを成長につなげることができず、またつなげようとせず、反対に相手の成長を否定する目的で大袈裟に被害を訴える。政治家のように他者の支持を得る根回しばかりして自身を高める努力を怠りながら成功体験をする人などもコミュニケーションによる創造性の発現を理解できない。
人それぞれの考えがあるといって自身の法則を伝えようとしない人は、相手は自分のやり方を実践できるわけが無いとかアドバンテージを失いたくないと考えているか人の真似ばかりする人に嫌悪感があるかのいずれかであろう。
しかし他者の法則を否定したければ自分の成長法を示して唯一の正当な反論としなければならないし、その信念に基づいて自分に対してしないであろうことをする人や相手の成長に繋がらない攻撃や非難をする人を軽蔑しなければならない。こういう認識の共有によって秩序ある社会が築かれるからである。子どもは自分の法則をまだ確立していないから親や教師に逆らい離れていくが、30過ぎてまだ自分の法則を持たない人は見捨てられないためにあえて敵にしがみつき、成長の仕方や道筋を教えろと脅す。これは秩序への反抗である。
人は自身が超克した苦しみに限って人を傷つける権利を得る。
年齢を重ねれば誰もが否応なく上司や先輩になり親やおじおばにならなければならない。その時には形ある成功を手に入れられなかった人も成功者のように振る舞わなければならないがいずれにしても育てるべき人の前では相手を立てて自分は裏方に徹し、自分(の法則)を超えてくれることを期待しなければならない。考えてみれば脚本家や舞台芸術のスタッフだけでなく政治家や公務員、駅や空港の職員、整備士、車掌やキャビンアテンダントなども裏方の仕事であるし電気・ガス・水道の事業者などほとんどの仕事は裏方仕事であるから裏方に徹することが出来ないというのは通らない。そしてできて当たり前のことができないくせに偉ぶったり利己主義に走るから下等性動物とか、ハズレとか言われる。
世間も彼らが裏方仕事の人達の陰に隠れて反発するのを許すから付け上がるのだ。彼らだけができないのだからしっかり反省させなければ話が進まない。
―――ただしクリエイティブであれといっても必ずしも特殊な能力が必要な訳ではなく、家族やカップルなどで作った良い思い出も映画や漫画の名シーンと同様の創作物と言えるし、こういう小さなヒットをコツコツ積み重ねられる人は人付き合いが上手いと言える。また些細な出来事を良い思い出に昇華させられる素直さも創造力/想像力が高い人と言えるだろう。逆に人の幸せは人それぞれとか私の幸せは私が決めるとか言っている人に限ってその明白なビジョンを持たないものである。
理想や極限というのは個人の利益を超越したところにある目標で偶然性や没我やある種の神秘性(神がかり)を伴う。神の霊感と言われるインスピレーションや閃きなどもこれに属し、仏教では解脱に至る過程にこうした体験の連続があると考えられる。
またドイツの哲学者ニーチェが唱えた「超人」は善悪の区別を越えて個性を発展させ権力や意志の力を発揮する理想的天才のこととあるが、子どもや国民の超自我を育み、倫理や道徳や法律を説く時もまた世俗を超越し、かつ個人の経験や認識や利益を超えて語らなければならないので為政者や親や教師や良き友人も超人であらなければならない。
超自我―――人間精神の中の制止作用で子どもが両親に罰を受け、またしてはならないことを教わるにつれ自分自身に無意識的・良心的抑圧が行われること。良心の源基とする。
これも大袈裟な事ではなく裏方仕事で十分に目指すことが出来る。ただし俗物の思想である共産主義思想は廃棄しなければならない。超人になれ、人をいたずらに傷つけたくなければ。さすれば自ずと開国も出来る。


コメント