まとめてつぶやき918 社会的制裁こそ世界を変える力

まとめてつぶやき

社会的制裁こそ世界を変える力

10:46 5/16 レポート作成開始。

11:00~ 通行人が何人か通りこめかみ撃ちが始まる。西京極総合運動公園。攻撃を共有するということは僕のレポートを読みつつそれを理解していないという事だ。陰気な奴が公園に来るなよ。嫌いな家に立てこもっていろ。―――嘘のサインは足、手、顔の順で現れるそうだから嘘つきはじっとしていられない。嘘のサインに翻弄されているのだ。これを「良心の呵責」ともいう。嘘つきがスケープゴートのこめかみを撃って何になる?それが一人前の仕事になるのか?自分の嘘に押しつぶされるくらいなら自首しろ。俺に責任は無い。

11:12,:17 戦闘機が反抗。11

11:21,:24 ベンチを移ると墨パウロが心臓撃ちを強化しながら出てくる。111

11:23 キレイに活動するのを諦めて壁に挟まれた場所へ移る。

13:03 ヘリが合流。偉そうにタイムアップを告げにくる。こめかみ撃ち再開。馬鹿の一つ覚え。

14:05~ 脱水攻撃のアイドリングを開始。

17:00,:47~:54 御所で加筆を行うと戦闘機とヘリと墨パウロがたかる。さらに加筆のために再び外出すると墨パウロがいちいち追ってきて威嚇する。戦車は1秒間に車200台分の二酸化炭素を出すが、戦闘機は1秒間に車1万台分の二酸化炭素を出す。僕にはこの開発は全くの無駄だったとしか思えないが、僕一人を追いかけるために24時間飛び続けている墨軍機を非難しない人に環境問題を語る資格はないだろう。決して環境問題から反戦を語ることの無いマスコミに流されず、 これに気づいて世論操作を食い止めることの出来る感覚を市民は養うべきである。黙ってゴミの分別やエコバッグを使用していても彼らが全て台無しにしてしまうのだから。一年中どこかで軍事的挑発を繰り返しているアメリカは明らかに二酸化炭素排出量を過少申告しているよね。社会的制裁が必要だ。

10:48,:57 5/20 良いポイントを見つけるとすぐさまヘリがたかる。

レポートの加筆を開始する。

11:07 戦闘機が合流。足裏痺れレーザー起動。1

11:27 工作員2名が死角に隠れて挟む。→11:31~ 報復攻撃開始。自分の立場を暴力で偽るな。

11:45~12:07 脱水攻撃。

12:41 第2ポイント着。

12:45 墨パウロがムキになって追ってくる。自分が出した排気ガスを吸って死ねばいいのに。

 社会的制裁は成員全員で行わなければ意味がなく、私たちはどんな行為を放棄し、それに制裁を加えるのかという共通認識を適時確認しなければならない。

 この理念に則れば、80%の支持率を誇るプーチン大統領を半分の支持率しか持たない資本主義国のリーダーが非難することにはどうしても違和感を感じてしまう。彼らが正しいとすればなぜ内閣支持率が80%にならず、かつそれを目指そうとしないのか?僕には彼らが経済活動や公安の捜査活動や右翼団体のスパイ活動(五人組)の自由を確保するためにあえて低い支持率に抑えているように見えてならない。それ故に資本主義国では社会的制裁が発動せず、死刑制度の廃止や精神病者を無罪にするという詭弁がまかり通っている。

 皆が納得し、同意することだけしていてはブラックビジネスが抑圧されてしまうと彼らは言うが、ブラックビジネスは金の流れを偏らせるばかりでなくその従事者は脱税もすれば粉飾決算もし、資産の海外流出をし、また海外の投資家に便宜を図り、貧困をもたらす。つまり経済学者が良しとする経済効果を彼らはもたらしていない。それならば彼らの活動に定期的に制裁を加えて資産の再分配を行った方が経済的であろう。まして彼らが儲けやビジネスチャンスの獲得のために人工災害を引き起こすならその復興資金を調達するという名目で彼らの資産を没収しても良い。

 市民が制裁を使いこなせば世界を変えられる。私達はそのための勉強と訓練をするべきである。

 ・・・僕は別にプーチン大統領の支持者ではないんだけど日本人とアメリカ人が明らかに嘘つきの喋り方をするから嫌いなのだ。

 日本の若者が世界の紛争や貧困問題に興味を持ち、その支援や解決に生きがいを見出すのは日本には解決すべき問題がない、あるいは同調圧力が強すぎるために新参者は何も変えることができないと思っているからであろうが、国民や企業が望む主体性を持った人材を育成するにはこの誤解を解くことが急務である。それこそ大本の思想にある「日本で起こったことは世界でも起こる」という考え方を拝借して日本が平和でないから世界も平和でないのだと考えるべきだろう。

日本の平和は借り物の平和である。核の傘もそうだが、日本人は解決策を借金して輸入すればいいという考え方を根深く持っており、それが安倍氏の「日銀は政府の子会社」「借りた金は借り替えれば返さなくていい」という発言を生んだ。だから借金のことなんて考えないで新しい金策と仕事を思うままに創造すればいい、またケーサツと最高裁を買収すれば罪を償わなくていい、違法行為なんて気にせず経済活動に邁進すればいいというのが日本人の平和観。そこから更に金さえあれば働かなくていいとか給料さえ貰えれば出世なんてしなくていい、会社の経営や業績なんて関係ない、働きがいなんてどうでもいい、誰かがやってくれる、借り物に任せればいい、買ってくればいい、面倒なことには巻き込まれたくない、自由を邪魔されたくないという独善的な発想につながる。―――結果、自己欺瞞に翻弄されて居場所を失う。

農民から搾取した金で養われる領主の子供は心から自分の生活を豊かで問題がないと思っているか?彼らが家出すると必ずアウトローとつるむのは真っ当な労働者に引け目や負い目を感じて仲間と認めてもらえないと思っているからではないか。江戸時代の公家中山忠光(1845~64)はその典型で彼はわずか19年の命をテロ活動に費やし、誠に愚かで空っぽな生き方をした。向上心のない人には「つまらない」という感覚が無いのだろうか?つまらない生活に苛立ちや焦りを感じることは人一倍のくせに。シンプルな答えに対応できないことが彼らを目の前の問題から逃げさせる。それが万事の元凶なのだろう。

  相手の理屈を受け入れないと決意しながら自分は屁理屈を放棄しないというのはどういう仕組みなのか?暴力映像や漫画ばかり見ていながら実社会の敵とは戦わないのはどういう心理か?

暴力団のナワバリで生まれたために彼らに社会的制裁を課すことが僕の仕事となった。それならば僕は社会から任務を遂行するための必要経費と報酬を頂かねばならず、世間が社会的制裁の発動に協力しないこと、また妨げることは威力業務妨害に当たることになる。

したがって僕はこれに対しても社会的制裁を加えなければならないが逮捕権を与えられていない。借り物の平和に甘んじろという理屈は反社会的勢力の人権しか守らない。英雄の存在を認めないと言うなら尚の事日常で悪が自然に分解、淘汰される仕組み(益虫、益鳥)を作らなければならない。

 ・・・人々はきっと同じ活動を僕が私財を投げうってやればおこぼれにあずかろうと群がってくるのだろう。それはつまり一財産築いたら高みの見物を決め込めばいいという事だろう。もっと言えば貧乏な人が悪い。こんな無茶苦茶な理屈があるか!

 命の重さを知る者が命を軽んずる者に死ねと言い、命を軽んずる者たちがこれに逆らって死にたくない、殺すなと叫ぶ矛盾。

 人や道具を使って自分のやるべき仕事を減らそうという考え方が間違いの根源。バカの忙しさはコピーすなわち答えの丸写しに奔走しているだけでそれ自体悪あがきである。情報収集などとカッコつけたところでカンニングに過ぎない。―――だから時間が余るのだ。こういう人に限って人に使われたくないといっていちいち抵抗するがその実無能を隠したいだけで失望されるのが怖いだけだ。

 一人当たり人生を2回分も生きては資源やエネルギーが足りないので知能が退行した廃人や老人は子供と同等の道具や資源しか使えないようにすべきだ。暴走する連中は明らかに分不相応の道具や職権を持たせたことにその発端がある。イメージと実力のずれを修正しようとするのだろう。例えば彼らにカッターナイフ以上の武器を持たせなければ公衆の面前でそれを振り回し逃げただけで逮捕できる。しかしそれをテクノロジー兵器を持ち替えただけで何十年も立てこもっていられるのはおかしい。理屈が合わない。幼児の装備に変えてしまえば直ぐに解決するし、節約にも治安維持にもなる。

 国家や警察や軍隊が加担した犯罪行為は裁けないという時代劇のようなジレンマを市民はいつまで共有し続けなければならないのか。ただの職業だろう。職務外のことをしたらクビにすればいい。唯物論者は結果だけを想像して少数派を自動的に悪いと決めつけるがその妄想の時間を無駄だと思わないのか?人生を無駄にするな。

 Rakutenモバイルが7月から値上げ。三木谷会長兼社長は2021年1月に「料金はゼロでいい。自分が責任を取る」と発言したにも関わらず、それを反故にして倹約的な人々に赤字の補填を求めた。彼も所詮は並の経営者、自己中心的な資本主義者に過ぎなかったという事、ビッグマウスのピークは過ぎた。しかし1GB未満のユーザーに課金することが収支に影響を及ぼすとすれば価格は消費者のニーズに準ずるのだから業界は1GB当たりの価格を下げるべきではないか。CMタレントのランクを下げればいいんだ。どうせ誰がやっても同じなのだから。カルト教団への恭順をそんなことで示す必要は無いし、タレントに失礼だろう。

 世界のマンネリ化には話し方のリズムも関係しているかもしれない。SNSの書き込みを見ても僕にはリツイートで済ませられると思える発言は見当たらないし、テレビを見ていてもみんな同じ喋り方をする。しかも議論を打ち切るような、天井を設けるような喋り方。若者たちはあれに洗脳されて短文でしか話せず、同じ調子のリアクションしか取れなくなっているのではないか。つまり第一声や第一印象を民族性(?)に支配されている。これを打ち砕かなければ湿気った砂糖のように使い物にならない。社会のクズ、人間のクズと世間を足しても「国民」にならないんだろうな。両者の結合部が噛み合わず、境界を接していないからお互いを非難しないし、しても効果がないのだ。これは為政者と国民の関係性にも言えることで日本人が長らく「国家」や「国民」を意識してこなかったのも両者が自立した存在でなかったからなのだろう。足して1にならない国民未満しかいないのが資本主義社会。

 僕には音楽を聴いて涙を流すという経験がないのだけど、オーケストラも声楽家もカラオケ番組の出場者達も胸のところが影になっている人が多い。察するにこういう人は楽譜や指揮者そして採点マシンに合わせようとし過ぎているのではないか。籠の鳥の胸に影を差すのもパートナーに合わせようとし過ぎているせいだろうし(相手が光でも影でも)、子育てに悩む母親は子どもの光に合わせられず、思春期の子どもは大人の影に合わせるべきかどうかを悩んでいる。そして犯罪者とポリ公は常識外れを自覚しているゆえにズレの程度に応じて影が濃くなるのだろう。はっきり言ってポリ公は犯罪者よりも黒いからね。

で、心に影を持つ人は影を持った歌手の歌に感涙する。新興宗教にハマる人もそうなのだろう。心に光を宿した子どもが家族関係やいじめに悩んでも新興宗教や役所に救いを求めることは無い。・・・と言っても心に光を宿す人の歌もあまり傷ついた人に刺さらないんだけどね。例えばミスチルの桜井さんなどはもう少しメッセージのピントを調節してくれれば良くなるんだけどな。その点大橋彩香さんは声優さんだけあって歌に情感を乗せるのが抜群に上手い。彼女自身は人間のダークな部分を歌いたいと言っていたが、それでも彼女は彼らを導いてしまうだろう。AikoさんはCDで聴くよりライブ映像で見た方がメッセージが伝わる。あんなにいい歌手だとは思わなかった。カラオケ番組では高い得点を出そうと『カブトムシ』ばかり歌い、音楽番組もそれをヒットソングと誤解してるけどもっといい曲がいくらでもある。自由というのは自然体ということ。特別相手や楽譜に合わせようとしなくても心地よい印象を与えられる状態を言う。つまり音楽や団体行動や社会性というのは体得するものであって技術や配慮によってその場しのぎをするような行為ではない。社会では光が影に悩まされ、影は光に悩まされているが悪いのは体得していない人、感が鈍く自然体になれない人なのだ。だから光は何も悩まなくて良く、影が無理なこだわりを捨てて自然体になるべきなのだ。

 動機の原因を考えろ。

敵が僕のスマホを必死になって盗聴及び破壊しなければならないのは彼らが発信されては困ることを持っているからで僕に非はない。彼らは批判を恐れるのではなく自分たちの活動がいかに素晴らしく人類の明るい未来に有効であるかをアピールすべきなのであってそのことだけを考えるべきである。隠すために刺青を入れる人はいないのだから。それを放棄して批判者を虱潰しにするのは彼ら自身が己の活動を信じていない証拠、まして批判潰しを仕事と称して報酬を要求するなら自作自演のテロである。ヤクザ者と用心棒の配役をしてターゲットに同時に売り込み(カツアゲ)をするようなもの。人生を放棄したくせに金の力で中途半端に生き残ろうとするから傍迷惑な被捕食行動に走ることになる。(ちなみに人は歳をとると遺伝の影響を受けやすくなる)

 これに対して僕は動機と原因が一致している。社会的制裁について考えているから賞罰のバランスを保てるのだ。

 人はどうせ生態系のピラミッドから逃れられない。家族がなあなあになれば飼い犬が主人を気取って手がつけられなくなる。それなら素直に底辺の有害な連中を切ればいいのであって上部(官僚以上)を切って台形にすることには何の価値もない。人口統制にもならない。

クズには過食部がなく、真面目な人々からでないと搾取のし甲斐がないというのは個人的な主観であって食性を変えた種は滅ばなければならない。(=外来種)親の七光りの二世が失脚の危機を迎えたとしてもそれは人類の危機でも国難でもない。それを大袈裟に騒ぎ立てて国民の搾取や社会秩序の破壊に走るなら国民は彼を袋叩きにして殺さなければならないし、警察や軍隊はこれを妨げはならない。

 そもそも食べることで利益をえようという考え方が間違いなのであり、以前も言ったように肉食動物は捕食者グループの頭数を管理しつつ捕食しているのであり、その中には個体の管理も含まれている。間違えても種族の繁栄や進化を妨げるような食べ方はしない。「こんな奴を生かしておいたら迷惑ですよね、お困りなら排除して差し上げます」という姿勢で狩りを行う。それが共生というものであり有害な個体や怠け者を食べることが捕食者に対するリスペクトの表明になる。だから強者や王者には政治力が備わるのだ。これに対して他者の生命や財産を食べて暮らす盗賊などは仲間や部下に襲えとしか言えない。そこに政治などない。

今週は何を警戒したのかのび犬は土日の偽乗用車の起動を控えたが、金曜日早朝にブレーカー1を入れて二度寝した時に偽軽自動車にリンクされてしまった。またなまはげ子とルークが同じ車を1時間の間隔を開けて2度起動するという不審行動を見せてのび犬を補った。あとウツボじじいがやたらに33分と44分にドアを鳴らす挑発を繰り返した。精神年齢が一桁だと未成年の扱いを受けて罪に問われないとでも思っているのだろうか。お前みたいな奴はしぼんだ風船で穴が空いているのだから捨てるのが道理だ。心身が健康な人に位を譲るという常識を共有できない人はやはり種の存続を脅かすバグでしかない。捕食行動の制度化が急務である。勝者による戦闘行動の報告と捕虜の生殺与奪権及び財産の接収権を世間が承認すれば済む話だ。集団は下から崩すのがセオリー、社会的制裁を使えば上層部なんて触れるまでもなく倒せる。

5/13

9:00~11:59 ウツボとカブとガレージのマドハンドA・Bと墨パウロがスマホの移動とこめかみ撃ちの回避に反応して3度ずつ(墨パウロは12回)挑発を繰り返した。さらに北西の渡邊を始め、工事の誘導員や偽トラックやどこぞの老婆らが駆け引きに水を差す。

・・・お前一人を殺してカルト教団を潰せるならいくらでも殺してやるから団体を背負ってこい!戦利品を揃えろと何度も言っている。お前らが勝手に徒党を組んで俺の価値を引き上げたことは俺には関係ない。まずは幹部に噛み付いてトップを取ってから外部に挑め。それが責任というものだ。下っ端のまま俺に挑むな無礼者!―――と言っても世間は取り除かないし引き取らない。

 今週はこれだけでいいや。陰謀論を浅いと思えるくらい深く潜ったら調べることにキリがなくてまた5冊も追加してしまった。1分も時間が余らない。せめて手詰まりのクズ共を退けてくれればいいのだが。どうせいつかは世界中の人が一致団結してユダヤ国際資本家と戦わなければならないのだから例えばロシアがその先鞭を付けてくれたらみんなも心強いだろうし彼らを抑圧、拘留する事こそ人民支配の純粋な動機なのだと気づけたら人類は新しいステージへ進めるだろう。・・・あと何世紀かかる?(そんな段階で俺を呼ぶなよ)

 今週の『ホンマでっか!?』でまた夫婦の愚痴り合いをしていたが、彼らが思うことって人生に関係ないよね。人生と生活を分けて考えたことに彼らの不幸があるのではないか。夫婦の9割が夫に不満があり夫にわざと喧嘩をふっかけるらしいが、そもそもの原因は家に長く居ることに耐え難いストレスを感じるという事ではないか。つまり多くの現代人にとって家は一日の大半を過ごす場所ではなくなっているという事が社会問題化しているわけで、そこから人々の行動を分析しなければならないのだ。例えばミニマリストはストレスの原因を家具による圧迫感や既視感に求めたのかもしれないし、ホテルを転々としている人は恋愛関係と同じく家にも居住期間というのがあると考えたのかもしれない。つまり人間は移り気な動物なのだと。子どもが道草を食って家に帰りたがらないのもストレスだからかも知れないし、イヤイヤ期の評価もそれでまた変わる。(子どもの涙は怒りの表現)子どもが携帯ゲーム機を片時も離さず、YouTubeばかり見ているのも家とテレビがつまらないからであり、それを外出先まで持っていくのは家族がつまらないからだ。また必死こいて消臭したがる人は家や家具に着いた自分の臭いを消したいのかもしれない。その場合、人間も犬と同じようにマーキングをして好きな人や場所を独占したがるが、いざ自分の物になるとストレス元になるという推理が成り立つ。―――さらに守銭奴は金との距離を詰めすぎて嫌いなのに別れられないという状況に陥っているとも。

これらの行動を表面的に捉えて感情任せにしゃべり倒し、口から出任せに怒りを発散し、過去の記憶に捕われていても時は進まない。まして人の勝手とか個人の自由を主張しても何の解決にもならない。大局観で物を見てどうしたら家をリラックスできる空間にできるかということを真剣に考え提案しなければならない。

例えば対象との距離感を大事にしてむやみに私物化したがらないようにしなければならないとか。手に入れることで憎んだり壊したりするくらいなら最初から独占しなければいい。・・・昨今の恋愛離れはそうした知恵なのかもしれないし、夫婦間の自由恋愛の承認はその妥協案の一つかもしれない。しかしそれは議論を避けようとするからそういう結論になる訳で本当はどの夫婦にも課せられた18~22年の子育て期間をいかに平和に協力的に過ごすべきかを議論しなければならない。セックスレスの問題もそうだろう。恋愛感情が4年しか持たないからしょうがないなんて言っている場合ではないのだ。人間は感情のまま、ありのままでは生きられないという事を認めてこれをコントロールする方法を考える思考に切り替えなければならないのである。

*13:13~:24~:33~:39~:48~ 馬鹿が逆らってレーザー攻撃。その後、手持ち無沙汰を解消するのに利用し始める。メモを取ると構ってもらえると思ってますます幼稚な行動をエスカレートさせる。しかしその表現は時計の数字を合わせることでしかない。奴の胸はさぞ影が濃くなっていることだろう。

13:16,:19,:35,:40,:44,:53 ヘリと墨パウロが再装填に出てくる。

 今週の『報道ランナー』の「よのなかラボ」のコーナーで紹介していた「ほめ写」というのは良い活動かもしれない。これは子どもが良いことをした時に写真に収めて家中に貼るという活動で番組では子どもの自己肯定感と母親の自信を高めるのに効果があったと言っていたが、部屋の景色に変化をもたらすという意味ではカレンダーを剥がしたりアイドルのポスターを貼るより効果が高いのではないかと思う。家を好きになるという点で。アロマキャンドルの香りを変えるだけで気分を変えられる人はそれでいいけど実際好きなものを買い足すという方法では気分は変わらない。シーズンごとにカーテンを変えたりフローリングと畳(い草シート)を切り替えるという方法もいいかも知れないがとにかく空間の印象を変えなきゃならないのだと思う。僕は家にいることが苦にならないから分からないけど。

僕の考察に無条件に逆らう人は人生や政治や未来を語る思考、視点になっておらず議場に入る資格がないから場外乱闘しかしないのだろう。つまり日本にはまだ(光と影が対等に話し合うための)議会が成立していないのだ。だからカルト信者や反社会的勢力などは人生観にも生活観にも逆らって反社会的な穴蔵生活を快適にするための権利拡大ばかり謀っている。しかし何もやましいことの無い専業主婦でさえ天邪鬼な感情に支配されてしまうのに犯罪を犯して立てこもっている連中がまともな精神を保てるわけがないのだから犯行現場から離さないわけにはいかない。

 このように変えるべきことは5万とある。世間の人々は1から考え方を変えなければならないというのも大袈裟な表現ではないことがわかってもらえれば幸いであるが、さて何世紀かかるか。

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