まとめてつぶやき921 穢れの感染を食い止めよ

まとめてつぶやき

穢れ/心理的ホームレスの感染を食い止めろ

12:37 6/3 レポート作成開始。

 ・・・む~、あの絶妙な表題でもダメか。ゴミ屋敷の共感者を増やしたって未来は来ないのに。古代の思想や血統に捕われて人類の進化を否定し、破滅に導いている外来種には「今を生きろ!」と言うしかないんだけどな。そしてポリ公と自民党はパチンコ利権のために彼らと北朝鮮を庇護している。金のためなら反日勢力にも日本に向けてミサイルを撃ってくる国と付き合う非国民。しかし庶民は死さえアハ体験で迎えられればそれで良いとして知識を蓄積する生き方をせず、日本の東西の発展度の違いや大都市と地方都市の経済格差、エリートと庶民の知的格差、右翼団体と庶民の政治意識の格差、利害関係者や彼らの犠牲者と一般大衆の社会問題に対する温度差を解消しようとしないばかりか格差を深めるべく進んで悪意/穢れに感染している。

 作家の井沢元彦氏の『学校では教えてくれない日本史の授業』(PHP文庫)によれば日本人が和を大切にするのは敗者や暗殺によって非業の死を遂げた人は祟りを起こすと信じたからである。これを怨霊信仰という。古代の天皇が代替わりごとに遷都したのも先代の死の穢れ(+手垢)と権力闘争のために殺した競争者や政敵の祟りから逃れるためで、聖武天皇の時には5年間で4度も遷都し、都造りに風水を取り入れ、奈良の大仏を建立したがそれでも祟りを鎮めることができなかった。そこで桓武天皇は彼ら怨霊を神として祀ることで鎮魂を試みるようになり御霊信仰が始まった。伊沢氏によれば源氏物語や平家物語、古今和歌集も鎮魂のために書かれ、編纂されたそうだ。(すごい考察力!)

 ・・・しかし武士が台頭し、仏教勢力が勢力拡大のために殺人や反乱やスパイ活動に手を染め、いかに自分たちの穢れを広範囲に広めるかを俗物と競うようになると怨霊信仰を忘れ、凶作や飢饉、洪水被害や政変、農民の反乱などを祟りと結び付けなくなり、むしろ天皇や将軍が自らを神と称したり、革命の功労者を祀ったり紙幣の肖像に採用するようになった。靖国神社の前身の東京招魂社(1869年創建)も戊辰戦争で亡くなった官軍側の無名兵士を慰霊するための社だった。

 こうした支配者側の意識変化に伴い、大衆も生き仏ならぬ生霊(悪鬼、人生の敗者)の報復や成仏の拒否を恐れて権力者を神と崇めて服従するようになり、ために古代には清浄の最高位と称された天皇家及び朝廷は伏魔殿と化し、国民は悪魔信仰を強要され、彼らの穢れに感染して悪鬼(共犯者)となることを要求されるようになった。―――これが今の日本の「和」の正体である。事なかれ主義や同調圧力や社会悪に対する諦めも悪鬼になった者は最早手が付けられず、退治しても彼らの死の穢れによってさらなる災難に遭うのだから気が済むようにやらせておくことで鎮魂になるならそれが被害を最小限にする最善の対策と考えてのことであろう。しかし我々の祖先は彼らを神社に祀って水で遮られた場所に安置すれば祟りを回避できることを学んだのだから竹島にでも葬って社を建てれば良いのだ。そうして一つ処理場を設ければ悪鬼に対して前向きに取り組めるようになるし、韓国人の慰めにもなるはずである。

 韓国では2006年8月にパチンコの依存性を危険視してこれを禁止し、2009年12月には闇営業についても徹底的に取り締まったが日本では政治家と警察が利権をがっちり抑えてドル箱扱いしているために違法であるにもかかわらずその非難の声さえ取り上げない。日本人にはもう一つ言霊信仰というのがあって言葉にした事はどんなことでも実現するとの思い込みから受験生に「落ちる、滑る」と言ってはならないとか結婚式で「別れる、切れる、終わる」と言ってはならないなどのタブーを共有してきた。また第二次大戦中には「日本が負ける」と口走った人を非国民と非難し、その実現を恐れてマスコミと軍本部は日本軍の劣勢を頑なに隠した。その伝統は現在にも受け継がれ、国や官僚は自分の汚点を決して認めず、認めたとしても記録に残さないよう内容を改ざんする。例えは痴漢で捕まってクビになったとしても彼らは官報にそれを記さない。ために彼らは未だに自分たちの生態を知らず、彼らに特有の罪を反省せず、腐敗し切っている団体をそれでも存続させようと新人や地域住民や子どもたちを騙し、僕に敗北したことを認めず、テレビやマスコミ(記者クラブ)を用いて穢れのパンデミックを起こし続けている。そしてすでに起こることが確定していることに対し、いつまでもその前後策を講じることなくその原因に忖度を求め、呪詛し続けている。

 彼らの知っていることなんて犯罪ネットワークの事だけだ。しかし自分たちの利益や国家機密しか知らない人たちが統治者に相応しくないことは穴だらけ、矛盾だらけの歴史の教科書が証明している。全体が知らなくてよいことは誰にとっても必要のないことなのだ。

 このように日本人が平和的とか民主的と信じている話し合いなんてものは談合に過ぎない。つまり話し合いに参加して賛否に1票を投じることのできる人たちが勝手に取り決めたことを全体の決定と言っているだけ。専門家が束になって決めたって実際にやってみなければどうなるか分からないのに実践で不具合や喪失や不平等に直面した人が異議を唱えても「もう決まったことだから」といって取り合わない。それでも食い下がると外野の人々が「和を乱すな」といって抑圧また排除に取り掛かる。こんな仕組みは社会主義体制以外の何物でもない。

彼らにはそもそも何千何万人で会議をやって意見をとりまとめる能力がないのだ。知的レベルに格差があってゴールのイメージを共有できないからである。このテーマはちょうど今テレビアニメの『アオアシ』で取り扱っているところだが、こういう人はチームのお膳立てがなければ活躍できず、目標を実現するために必要なピースを考えて自分をトランスフォームするということが出来ない。だから戦術や選手間のアイコンタクトを理解できない。僕がいくらサインを出しても平気で何を求められているのか分からないと言ってしまうのも社会に必要なものを理解していないからである。

さらに言うなら彼らは試合の流れは2つのチームがそれぞれの意図を持って動くことで初めて生まれるということも理解していない。自分ばっかり攻撃したいとがむしゃらにプレスをかけまくって相手の攻撃を完封し、それでゲームを支配したと得意になっているのだ。しかし実際にはゲームの進行を妨げているだけである。彼らは三角コーンであり一歩も動いちゃいない。得点することもされることもゲームの流れの一部であり進行上必要なことなのだということが出来なければサッカーを理解することは出来ないし、フィールドに立つ意味もない。敵味方を区別するから勝ち負けに縛られることになる。それで俺は負けず嫌いだなんて言ってごね得ばかり稼いでいる。こんな奴はハッキリ戦力外でありサッカーチームにも社会にも必要ない。俺がヘドロやポリ公や墨軍に言っていることはこのレベルの話なんだという事を日本人の何割が理解してる?社会主義体制しか作れないクズのド素人ばかりじゃないか。いい加減迷惑を自覚しろよ。死が穢れであるならば穢れを求める欲求はタナトフィリアだろう。集団自殺に「和」があるのか?日本人の和の精神は破滅しかもたらさなかった。施政者たちはかつて動物の死と血にまみれた皮革職人を穢多とか賤民といって軽蔑したが、朝廷内の貴族たちも自身の野心のために兄弟姉妹、親戚構わず殺しまくってその血にまみれていた。そして浄化を試みた人は尽く抹殺されてきた。島流しにすべきは常にサイコパス化した支配者階級の連中だった。彼らの城や皇居をお堀で隔離するくらいでは足りなかったのだ。

6/1,3 関東地方で雹が降った。1センチから五百円玉大。・・・祟りだな。誰を殺したんだ?

菅原道真クラスの祟りは現代でも起こっているのかもしれない。

6/3

大和トラックとルークのステ車となまはげとマシュマロがウツボ一族のサポートとして活発化。人生を放棄して一日中スマホ画面で人の家を覗き、僕とスマホを少し移動するとすぐにドアを開け閉めしてロックオンを修正し、しつこくこめかみを撃ち続けたりする。だからそれはノイローゼだと言っている。諦めの態度にしか見えないのだが、被捕食者クラスはどうしても捕食されて死ぬことへの執着を諦められない。

*16:39,:40 6/4怪しいバイクが接近してUターン。尻撃ち開始。こめかみ撃ちに変更。

17:59,21:38 スマホを移動するとマシュマロが取り付き、偽バイクを出す。「馬鹿とハサミは使いよう」という言葉を知らんのか。いい年こいていつまで道具のせいにしているのか。知識を蓄積する生き方をしてこなかった自分を疑えよ。なんでこんな年まで生きてこんなに馬鹿なんだと。

6/4

7:48~:59~8:06~:09 起床するとヘドロが脱水攻撃を開始し、1階まで追ってきた。

―――家の中で銃を手放せないのはそこがお前の家じゃないからだ。家に帰れ。成員の誓約の下で武装できない場所を家とかホームと言うんだ。アメリカ人はみんなホームレスだから他人の家や国を乗っ取ることばかり考えているんだ。彼らは先住民から土地を奪った外来種だからな。いつか追い出されるとの恐怖から抜け出せないのだ。ヘドロどもが僕の家の各部屋に担当を決めてトラップを仕掛けているのも彼らが心理的ホームレスだからだ。彼らから住居を奪うのは僕ではなく穢れと武器をもたらしたポリ公だ。しかもそのミッションは既に達成されている。ポリ公は権力と利権の拡大のためにホームレスを増殖させているのだ。これがテロでなくて何だというのか。町をホームレスだらけにすることが平和か?スラムだろう。

16:58~ レポートを書き上げて買い物をしながら帰っているとヤマトのトラック5台が待ち伏せ挑発をし、19:59に家に帰るとわざわざそれを待って大和ハウスの工員が工事の予定表を投函し、生協はポストを確認した。彼らに仕事や生活の意欲は無く、ただ抑えられない悪意を表現する手段を打ち立ててこうして正当化を試み続けているだけである。しかし世間一般的な評価はヘイトクライムであろう。元ラグビー日本代表監督の平尾誠二氏は伝えることが苦手な監督は理由を言えないからずっと監視しなければならないと言っている。さらに日本人はラグビーでも当事者意識の薄さが見られるという。

『型破りのコーチング』平尾誠二/金井壽宏 PHP新書

ちなみに「ヤマト」とは古代に朝鮮半島から渡ってきた渡来人が名乗った民族の名で「大和魂」を含め日本人を象徴する言葉ではない。歴史書には「蝦夷」を異民族と表記しているが北海道に追い払われた彼らこそ日本の原住民なのである。ということは1600年も前の民族名をわざわざ引っ張り出して反日工作を繰り返す彼らは朝鮮系企業である可能性が高い。民団の傘下かどうかは調べてないが。「差別はダメ」と呪詛の言葉を吐いてそれを盾に悪事をエスカレートさせ続けてきたのが彼らだ。猿がカニの目の前で柿を奪ってヘラヘラとチクっても無駄だと言っているようなもの。臼ドンなどの大衆もカニが猿に殺されるまで黙って見ているだけ。しかし悲劇が起きてから慌てて復讐したって手遅れで自分たちがカニの祟りに遭うのを避けたいだけだ。しかし差別の根源が穢れを避けたい気持ちにあるのだとすれば穢れが差別を規制するのはあべこべだ。穢れを避けてはならないという法律なんて作れるわけがない。

 ・・・今週は土曜日に早くも大方完成したぞと喜んでいたら本を読んだせいで翌日からまた大量に考察が浮かんで結局3回分くらい書かなきゃならなくなった。初版の日付を見たら2010年。この時にみんなが素直に反応して行動しておけば僕が改めて言及する必要もなかったんだ。ホント災難。

 掛け算では0から1を作ることは出来ないのだろう。僕の主張は毎週確実に加算されて言っているが、彼らは掛け算ばかり狙うから何の蓄積もない。0に掛ける1万よりも1に加える1の方が価値が高いという事だ。

王者か覇者か

第二章 王者か覇者か

 朱子学では主君に忠誠を尽くすことを説く中でどのような主君に従うべきかを追求し二種類の主君を定義した。ひとつは「覇者」で力でライバルをねじ伏せて天下を取った人のこと、もうひとつは「王者」で徳で天下を治める人のこと。先に帰化とは外国人が君主の徳にあやかって臣民に下ることと説明したように朱子学は覇者でなく王者に忠誠を尽くすべきと説く。これを知っているか否かで歴史観だけでなく人生観や社会観も大きく変わるのでこれを前置きとしておく。

 伊沢氏は聖徳太子が定めた十七条憲法に対し「みんなで話し合って決めたことは必ず正しく必ず実現する」というのは論理的でなく宗教であると指摘し、彼が日本に話し合い絶対主義という信仰をもたらしたおかげで日本人は独断で物事を決めることと勝者と敗者を出すことを極端に嫌うようになり、独断専行型の織田信長や足利義満や大久保利通を排除してきたと言われた。この分析はすごいなと思ったが、個人的に共感したのはむしろ「誰が決めようと正しいことは正しいし、みんなで決めても正しくないことは正しくない」という言葉の方だった。リスク管理に必要なことは完璧な計画表でも予算の確保でも人々の承認でもなく実行するにあたって生じた不具合や誤りや不測の事態に即座に対応して計画をアップデートすることだからである。話し合い絶対主義者は意思決定の手間と時間と労力を強調するあまり、計画は決まった時点で半ば成功していると考えがちで困難が生じても多くの人が既に動いているのだから今更中止することは出来ないと言って人々に欠点に目をつぶれと圧力をかける。しかしそんなものは契約であって計画ではない。組織(あえて使う)が泥舟と化して度々沈没するのは全ての成員が教祖と(幹部と)信者の関係に縛られて一斉に狂信に陥るせいであろうと思う。彼らは主従関係やスケジュール表に従うことを自己目的化して仕事の完遂を目指さないから沈むのだ。大きな目標だけ掲げて結果を無視し、よくやったとみんなでうまい酒が飲めれば満足なのだ。平尾氏の言葉を借りればこういう人は集団の関係性の中に個人を見出す思考の持ち主で戦場をハシゴする傭兵のように目標もなく与えられたミッションをこなすことを自己目的化している(そういう自分に酔っている)。彼らは率直で合理的な上官の命令を好み、ラグビーボールはなぜ楕円形なのかとかルールで決められている訳でもないのになぜ下からボールを投げるのかなどの基本的かつ根本的な議論を嫌う。そのような話し合いを僕は「穢れ」ではないかと思うし、彼らは家族、友人、恋人、同僚との関係で汚れや停滞、淀みを作って失敗しているはずなので公の場では自粛すべきだと思う。ポリ公などは議論と対立を避けて抜け道ばかり探っているから穢れにまみれて世間を騙さなければならなくなり、世間もそんなポリ公をかばって僕に対する歪んだ評価を改めないからどんどん嫌な人間になっていくし、当事者意識も薄れていくのだ。日本人がというか大衆が鈍いのは切り捨てて考えることを放棄する部分が多すぎるからではないかと思う。それで肝心な議論を避けて極論ばかり話している。もはや本屋や図書館にある全ての本が彼らや世間の態度を間違っていると書いている。つまり彼らは人知に抵抗しているのだ。もう人間じゃないじゃん。

 集団に軋轢をもたらすのは明らかに変化や進歩に対応できない人なのに「みんな仲良く」をスローガンに掲げると変化をもたらす人が和を乱す悪者になってしまう。こうなると実は伝統的な価値観を理解できない人(=勉強できない人)が古いんだという見方が出来なくなり、覇者と王者を見誤ることになって闇雲に古いものを捨てることになる。しかしそれは自分の知っていることしか知らず、また知ろうとしない人の独善(保守的な考え)に過ぎない。

 昔は何でも自分たちでやらなければならなかったので当事者意識の低い人や他力本願な人に真面目にやれとか責任感をもてと怒鳴らなければならなかったが、今は科学技術の発展や仕事の細分化により「誰かがやってくれる」範囲が広がり、情報収集や分析さえ機械がやってくれるので成員の負担が減った反面使えない人に期待する必要がなくなった。叱られないのは単に期待されていないだけなのだ。にも関わらず人々はそれを自由と勘違いして叱る人さえ変化をもたらす人、和を乱す人に分類して排除するようになった。そうして期待されていない人ばかりが無責任にしゃしゃり出て場当たり的なことを繰り返すから皆シラケて仕事にやりがいを見い出せなくなり、所属感や自己効力感、自己肯定感が低くなった。彼らは自らポンコツと見なされる生き方を選んで虚しくなっている。

 だから僕はこれに警鐘を鳴らして人間社会には機械に任せられない仕事がまだまだ沢山ある、文明に圧倒されるなと叫んでいるのである。私の頭脳にも使い道があると信じて考えることを止めてはいけない。

 入学試験だって教科書や参考書に書かれた例題をそのまま写せばいいというのではなく、その都度用意された新しい問題を解かなければならないし、決まったことだけ覚えて満点が取れたら浪人生なんて出ないはず。

・・・本番に弱い人は映像記憶タイプなのかもしれない。

6/6 月曜日

10:21,:33 仕事を始めるとそれを言い訳にこの地に取り付く戦闘機と「33」を言い訳に依存性を正当化するサイコパスたち。ロシアを言い訳に値上げをするユダヤ国際資本家たちと同じレベル。本国でアジア人や黒人を監視するために戦闘機を飛ばしたいから予算をくれと言ってみろ!

 彼らが今年1万品目の商品に対し市民生活を圧迫するレベルの値上げを断行するのはロシアへの当て付けであろうと思う。つまりそれでも従順に従う世界の人々の姿を見せつけることでロシア人に一層の孤立感を味わわせるのが狙い。だから自分たちは軍事同盟を進展させ、ウクライナに兵器を提供しながらロシア軍の侵攻のみを強調する。僕の周りでものび犬が3台の偽乗用車を連続して起動する奇行を見せ、それでも近隣住民が傍観し、僕だけが怒っている状況を作り出すことで同じ効果を狙っている。これらに対して大衆は欧米のやり方は卑怯だとデモを起こすのがフェアで公平な対応と僕は考えるし、脅迫者が入れ替わっていることに気付かなければならないと思う。脅迫者を支持したって平和は訪れない。

 それからアメリカで黒人やアジア人に対しヘイトクライムを繰り返すアメリカ人や白人警官を多民族国家に対する体制批判、アンチアメリカ勢力として処罰すべきだ。そして日本政府も在日墨国軍を反アメリカ人の島流しと見なして囚人レベルの暮らしをさせなければならない。そもそも彼らのために無人の流刑地を作るべきなのだ。そうすればすぐに本性を現して島を抜け出し、私たちの共同体に密入国したり反社会的勢力と結びついて侵略を企てたり、海賊行為を行ったりするに違いない。それを見て人々は心理的ホームレスの取り扱いを定めればよい。第一の動機を偽るものに発言権を与えてはならない。彼ら自身自分の罪や穢れと向き合ってはいないのだから。ホームを作るための戦いなら労働を見せるはずだ。

 平尾氏も「選手が思うように動かない、成長しないというときは、教える側の理屈や理論が原因というより、むしろ教えられる側の理解力や消化力に問題があるケースの方が圧倒的に多い。これはまちがいありません」。そしてそれは受け手が感情に支配されているせいだと言っている。そこで指導者は教える側の発信機でなく教えられる側の受信機の精度を高める努力をしなければならないと説かれるのだが、サイコパスと利権にまみれた強欲者とそれを黙殺する世間の人々など人の話を聞かないトップ3を上司ではない立場で説得するのは至難の業だ。このあと話すパチンコ依存性者であればパチンコ業界の解体を願い、それを成し遂げた韓国にも救われたと話す元パチンカーがいるようだが、どの道自分で戦わなければ意味が無いだろう。

賽の河原

第三章 外来種の天国

 ここからはジャーナリストの若宮健氏の『なぜ韓国は、パチンコを全廃できたのか』に沿って考察していく。

*13:32,:39 6/8 パチンコの話に入るとヤマトの台車とヘリが接近。(台車の主は未確認だが11時台にも接近して30分を計って往復して行った)

13:50 小移動すると下の道でうろつく台車。今職質をかけたら間違いなく俺の位置情報を示すデバイスを確保出来る。

 まず日本には「在日本大韓民国民団」(1946年10月設立)という韓国政府が運営資金の6,7割を負担している団体があり、民主党と連携して日本における外国人参政権の獲得を目指している。そしてその傘下の在日韓国商工会議所1万社のうち7割がパチンコ関連で政財界への進出の基本とされる献金のための資金をパチンコ店の営業で調達している。またパチンコ店の経営者の8割を韓国・北朝鮮系が占め、北朝鮮の出先機関である朝鮮総連も20の直営店を持っていることからバブル期には年間600億円のパチンコマネーが送金され軍事開発に投入されてきた。現在は不況の影響で30億円に減っているそうだが続いている。

 その民団は2008年、李明博(イ・ミョンバク)大統領の就任を祝うために韓国を訪れた際に地方参政権の付与とパチンコ産業に対する規制緩和を小沢一郎民主党代表(当時)にお願いしてくれるよう訴え、大統領は同年2月の会談で小沢氏にこれを話したという。これが事実なら小沢氏は在日韓国人による日本侵略計画を打ち明けられたことになり、由々しき事態として国会で議論しなければ外患罪に問われる案件なのだが、この本が出た2010年までに議論がなされたとは書かれていない。土建屋による談合は国や地方自治体が損をするという理由で違法行為としておきながら国民の損害はお構い無しに総裁選や組閣に談合(調整)を用いて職務を怠慢し、パチンコマネーのことや集団ストーカーなどの組織犯罪についても警察やマスコミと口裏を合わせて野放しにしている。

 若宮氏がパチンコを「イカサマ賭博」と言われるのは遠隔操作と顔認証システムにより自由自在に出玉と勝たせる客を操れることを知っているからでパチンコ店は年金生活者と主婦と生活保護受給者をターゲットにし、子どもの給食費まで使い込む主婦や夕飯のおかず代までスってしまう高齢女性などの存在に義憤を燃やしていらっしゃるのだ。子ども手当がパチンコ手当になるケースもあることから最近の誤って振り込まれた4600万円をネットカジノで使った男の事件や家族ぐるみのコロナ給付金詐欺事件のニュースがパチンコ依存者をそそのかした可能性は否定できない。(法律はザルだから簡単に金が手に入る)

 民主党には「民主党娯楽産業健全育成研究所」と「民主党新時代娯楽産業健全育成プロジェクト」が、自民党には「自民党遊戯業振興議員連盟」というパチンコ業界を応援する団体があって与野党が共謀してパチンコ業界を庇護し、IR関連事業法案はパチンコの合法化ありきの計画と言われている。

 またマスコミは広告収入欲しさにパチンコ被害者の現実に目をつぶり、最大の圧力団体である電通の圧力に屈して風俗、ギャンブル、アダルト関係の自主規制を解禁させられているそうで記者や作家がパチンコ問題を批判する記事や本を書いてもボツにしてしまうそうだ。トランプ前大統領やプーチン大統領(個人攻撃)や中国のことを偉そうに、饒舌に叩くマスコミや評論家たちも自国のパチンコ問題には口を固く閉ざしている。人間のクズだ。

 また大阪市はパチンコ依存者などの被害について1億円の予算をかけて「心の相談センター」を開設して対応する一方でパチンコ店の出店に規制をかけるでもなくマルハンの広告をペイントした地下鉄を走らせていると書いてある。

 そして最大の病巣である警察に至っては警視総監さえ天下り先としてパチンコ関連企業を選んでおり(これで現職中の勤務態度が知れるというもの)、末端の警察官も生活安全課に行きたがる傾向があるという。それはその課が質屋や古物商(ブックオフなど)、風俗業、銃砲刀剣類、そしてパチンコ店の取り締まりが担当(朝鮮系担当)でこれらの店から接待や袖の下を受けることが出来るからである。特にパチンコ業界の経営方針に深く干渉し、元締めと言ってよいほど癒着している。―――こんなヤツらがどの面下げて僕の前に立ちはだかっているのか?パチンコ業界を守ることが市民の平和につながるわけがなく、外国人参政権獲得の足掛かりと公言しているのだからそれを支援する警察は外患誘致罪だろうが。全員死刑だ!

 ・・・ちなみに農水省は競馬など公営ギャンブルを管轄しており、これも意味がわからないが、赤松広隆、山田正彦、鹿野道彦らパチンコ議員が3代続けて大臣に就任したという。

4chの『クイズ ザ・違和感』でももろにパチンコ台を再現したクイズの出し方をしているよね。TBS系列は韓国・朝鮮系テレビ局なんだと改めて知った。そもそも面白い演出と思わなかったけど意識して見ていないと流してしまっていた。フィギュアスケートのリンク周りのパチンコ屋の広告は以前から目障りだと思っていたが。

 外来種は在来種を食い尽くしさえすれば後は飢え死にしても窒息死しても構わないと思っている所があるので大変危険である。勧善懲悪を謳った漫画なども彼らの解釈では敵の大将を倒すまでの物語が在来種を食い尽くすまでの物語に書き換えられてしまう。で、それでは希望が無いからハリウッド映画では最後に失敗する結末を書くんだ。資本主義経済体制もそうだ。外来種が侵略を完成させてしまった例は日本の歴史に見られ、古代天皇制から武家社会に政権交代した理由は実は外来種のやることが無くなったからではないかと思う。

だから外国人は源頼朝はなぜ武家政権を成立させた時に天皇家を滅ぼさなかったのかと問う。その葛藤は実は徳川家康も直面していて神を自称するくらいなら天皇家を滅ぼしておけばよかったのだ。明治維新は幕府が開国を頑なに拒否したせいで起こったといわれているが、史実では徳川幕府は開国も貿易も海軍の設立も進めていたし、地方の大名らの意見を聞くことも始めていた。開国を拒否したのは孝明天皇である。なのに彼が死ぬと九州の朝鮮勢力に幕府が悪いと話をすり替えられて倒幕まで持っていかれてしまった。彼らが唱えた尊皇は本物であれすり替えであれ朝鮮系の植民者であり「覇者」に過ぎなかった。維新志士らも家康自身も誤解していたが、天皇家はそもそも覇者であって王者ではなかった。日本の王者は日本人以外に有り得ない。生態系が王を産むのだ。それは植民者でもなければ突然変異の自閉症児でも無い。種族に進化をもたらす者こそが王なのだ。僕はその片鱗を見せている。だから源頼朝も徳川家康も迷わず天皇家を滅ぼすべきだった。平清盛は彼を生かしたために逆に滅ぼされることになった。

 天皇家は反日でないと言うなら蝦夷ら日本の原住民に謝罪し、現在進行中の朝鮮人とアメリカ人による日本侵略を中止する命令を出すべきだ。そうして原住民を大切に扱おう、政界に迎えようという気持ちを持てれば和の精神を養うことになり、朱子学を悪用した無鉄砲な野心を抑制できるかもしれない。・・・もしかしたら坂本龍馬はそのことに気づいて蝦夷地の開拓と共和国作りを夢見たのかもしれない。比叡山延暦寺や一向宗などのユダヤ仏教については敬虔な仏教者に頑張ってもらわなきゃならない。どんな分野でも真摯に向き合っていれば王者の一人や二人生まれているはずだ。真の統治者は力の強いものではなく徳を備えた王者であると心得よ。

 ユダヤ人、アメリカ人、在日朝鮮人などという世界三大愚民はどんなにあがいても覇者にしかなれないのだから諦めろ。さもなければ寄生するのをやめて一から自分たちの国を作れ。世界にお前達を繁栄の礎とする民族はいない。せいぜい眠れる獅子を呼び起こすカンフル剤程度の価値しかない。何人も生態系の法則を超えられやしないんだ。馬鹿なことはやめろ。

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