まとめてつぶやき956 優しさは技術である

まとめてつぶやき

優しさは技術である

2/8

8:45 レポート作成開始。

8:45 暴力しか持ち物がない墨パウロが取り付く。1111111

8:56 言葉を調べるためネットを1分つなぐと戦闘機が合流する。1

10:16 入口に柵が張ってある境内でやたらと車が往復する。トラック、ワンボックス、黒のステーションワゴン。マドハンドと同じ装備。1111

10:16~:25 脱水攻撃で追い立てる。プラス小雨と寒さ。→:34 移動すると何も無いところで倒れている男性にポリ公が3台も無駄に駆けつける。「大丈夫ですか」の言葉に虫唾が走る。

10:46 進むとバイクとヤマトチャリで更なる挑発。

12:20~ 商業施設内でこめかみ撃ち開始。→3階へ移動しても追ってきたが、立つ角度を変えると足裏しびれ攻撃に変えてきた。

 手元に暴力や権力しか持たない人がどうして技術を養い得るか?時間と犠牲の無駄だ!

 人生は技術で成り立っている。学習能力だけではそれを自分の物にはできず、月並みな仕事しかできない。社会性ばかり高くても自分らしさを失って人の言いなりになるだけだし、非難や逆境を跳ね返す技術がなければ相手と均衡を図ることができない。例えば誰かに「下手くそ、やめちまえ!」と言われたとき技術を磨けばそれを跳ね返すことが出来る。そして今度はこちらが相手に「あんたはどうなんだ?」と言い返す権利を得る。相手がそれを跳ね返せなければやめるしかない。お互いに跳ね返す力があって初めて二者は共存共栄できるのであり、協力して大きな仕事が出来るようになるのである。しかし多くの場合、先にイチャモンをつけた人が均衡を破って集団に泣きつく。そしてこちらの跳ね返す力を否認する。これにより私は均衡を図るためにますます技術を磨かねばならずやがて集団にも「やめてしまえ」と言えるレベルに達してしまう。すると集団は個人と人智を軽視して生き残るためにプラモ化する。

 ・・・とすれば最初に因縁をつけた人は何を根拠に私に噛み付いたのか?自分の生きる技術が低いのを隠すために誰彼構わず虚勢を張っただけではなかったか。ならば世間が取るべき反応は技術で勝負している人を敬いなさいと彼を諭すことであろう。技術のない人にはゆとりが無いので人に優しくできないし信号を待てないし未来に照準を合わせて努力することが出来ない。人々は自分の利益しか考えない経営者のせいで時間に追われることはあっても休日には行列ができる店やアトラクションに並ぶ。生活時間にはゆとりがあるからである。友人とは上手く距離を保って付き合えるのに恋人とは上手くいかないという人は恋愛経験が少ないのではなく恋愛スキルが低いのである。金に貪欲な人も同様で金を扱う技術が低いからいくらあっても足りないのだ。彼らが幸福を感じられないのは物が十分に無いからではなく満足を感じる機能が低下しているもしくは麻痺しているからである。

したがって社会的弱者に金を与えるだけでは社会福祉とは言えず、子どもに金や食べ物や道具を与えるだけでは育児とは言えない。彼らが不幸なのは自己の技術を磨き、かつ充分に発揮する環境を与えられないことであり、金や道具を扱えることは人間の証明ではない。

 今週の『セブンルール』でスタイリストの中原幸子さんがキャストと裏方皆で一つの作品を創り上げているのに裏方にスポットを当てない日本のエンタメ業界には不満があると仰ったが、社会も一人一人の技術で成り立っている。だからこそ法律がなくても平和な世界を作れると言ったのだが、舞台を貸す箱物業者は作品の一部でしかなく見せるものがなければ舞台は維持費で自滅するだけだ。私の例えで言えばレーサーたる私とマシンの調整やパーツ交換(製作)を行うピットのスタッフとは活動内容が違うので考え方や必要なスキルも当然異なる。だから私は彼らと争うつもりは無いし技術の向上以外を求めることは無い。しかしレースに八百長があれば運営には方針転換や首脳陣の退陣を求めなければならない。圧倒的に私の方が敵より速いのにいつまでもゴールフラッグを振らないとかピットに入る回数を増やさせることによって技術差を埋めようとすることに対して我々には健全なレースの実施を求める権利がある。しかし現在の社会体質は選手やスタッフ、広く従業員には絶え間ないスキルアップを求めながら運営者や経営者などの権力者には一切それを求めず、凡庸であることを問題視しない。三者および観客の技術が均衡し、様々な意見を取り上げることで社会も業界も発展していけるのであり、新参の若者たちにも希望を与えることができるというのに町でも会社でも国家でもどこでも枯れ草のような中高年が花壇を占拠して次の種を蒔くこと若い芽が育つこと、台頭することを妨害している。果樹や穀物のエリアに雑草がはびこればそれらは十分に実ることができないが、これを仕方がないと言う人は雑草の視点からしか物を見ておらず、自身に実りをもたらす行動を取れないから他人に影響を及ぼすことばかり考え、行動が卑しくなるのである。地獄に花は咲かないのであれば花を知る者がここへ来る理由は無いし、多様性を維持するにもやはり成員の努力すなわち技術がいる。

ポリ公なども肉体労働者の自覚が低く、プライドやメンツを保つことに捕われているから的外れな独善を記録して地上波各局に流させるという愚行をしてしまうのだ。そんな本性を隠したイメージ映像を観たって誰も褒めやしないし、まともな市民なら仕事中にカメラなんていじってないで真剣に働けと怒るはずだ。自分にだけ攻撃権があると奢っているから時代に取り残されるのだ。

*10:16,:23 2/8 脱水攻撃。

上司に叱られている時に録音している人も全てではないが真剣に仕事に取り組むことを茶化す気持ちがあるのではないか。こういう人に限ってバラエティ番組でゲームに失敗したタレントに本気で怒ったり面白半分にバッシングに加わったりするのだろう。(失敗も含めてバラエティなのに) ニュース番組に期待することが無いのもコメンテーターらが問題の核を突かずに他人事を愚痴ることに終始しているからである。生きる技術が未熟なまま社会に出すから葛藤の矛先を探して居直ることになる。

 私の言葉と岸田首相の言葉を聞き比べて彼こそが総理大臣だと思える人が何人いるか?

 優しさが技術であるからにはやって良いことと悪いことがある。技術も無いのに感情だけで先走って第三者に迷惑をかけることと一方的に優しさを与え続けることは悪いことだ。技術を共有できる人にだけ優しくするべきである。

 社会性動物の行動に単発のものは無い。私の哲学があらゆる学問と共鳴し補完し合うように私たちの言動や成長も他者や社会や子孫に何らかの影響を与え、また受けて変化している。つながらないのは現実逃避と道具を使った省略やショートカットで、技術を要しない代わりに現実感や自己効力感を満たさない。つながりを意識する人はつなぐことしか考えないので自己の評価も前進を止めることがなく死も自己犠牲も厭わないが、個人主義で生きている人は誰かに成り代わり誰かの舞台を乗っ取ることしか考えない。生と死を理解していないのだ。こんな奴には本当に価値がない。

 組織的強盗団がスマホを5個も6個も持ち、五つ星ホテルを利用しているというニュースを聞いて企業はもう少し節操を持つべきだと思った。犯罪者をもてなすために値上げをしているのか?

 嫌がらせをやれと言われてごねる人は少ないがそれを止めろと言われるとほとんどの人がごねる。

追記

例えばセックスの後にすぐタバコを吸う人は恋愛スキルが低く、後に子どもにアダルト・チルドレンになることを要求するはずである。いわゆる放任主義とは結局自分が大事な利己主義者で理性的といえば聞えは良いが電話口で声が高くなる女性と違って人格の振り幅が狭い。こういう人はひらめきや自己変革と縁遠く、あとに書く達人の境地にも近付けない。探究心が乏しいのだろう。

テレビで子どもが母親の顔色を伺いながらイタズラをする映像を見たが、この時子どもの顔は引きつっていた。これは母親に対して緊張や苦手意識を示しているのであり母親を怒らせるのが楽しくてしているのではない。むしろこのままいくと対人恐怖症に陥る可能性があるとネットに書いてあった。

特定の枠内で行動することは社会環境の要請によって後天的に身につける技術であって発達段階にある子どもにとって画用紙や家庭用トランポリンは小さすぎる。子供用プールはそこにしか水がないからそこに収まって遊ぶが、道路の落書きを見る限りだいたい畳1畳から2畳分のスペースが必要なようだ。第1次反抗期というのも実は大人(枯れ草)が作った枠に対する最初の抵抗なのではないかと思う。―――と考えれば頭ごなしに怒ることはできない。

この枠は私から見ても適切ではなく無駄を削ぎ落とした結果でもない。単なる人間の規格化であり創造性や独創性と競合する観念であるから対立が起こりやすい。親子喧嘩や夫婦喧嘩、私とポリ公の対立などがこれに当たる。芸事の所作や型とは違ってセオリーが確立していない人生には改良の余地が多大にあるからもっと良いやり方があるという主張が起こるわけでその際保守的な人や人生に消極的な人への批判は避けられない。彼らは現状の枠組みで私に幸福を感じさせてみよと言ってもこれに応えられないだろう。金や物を与えることしか出来ないからである。要約すれば「あなたは貧しいからこの世の快楽を知らないだけで世界はこんなに快楽に溢れている。まだ何か必要ですか?」である。しかし私はそれを聞いてもそれは大企業や投資家が新しい事業を思いつかない言い訳ですかとしか思わない。最上級のもてなしと創造力はあなた方にとって相性が悪いということを示しただけ。枠を超えて自由に創造したいという欲求とは無関係で回答を示していない。

高等教育についても言えることだがならば何故その枠を貧乏人から隠すのか。大衆化すれば早晩それは一流でなくなり新たなイノベーションの種が生まれるだろうになぜ有力者の創造力を奪ってまでその枠を一流と呼び続けたいのか。陳腐な階級意識が人類の進化と社会の発展を妨げている、だからあなた方は枯れ草と言われるのだ。

人生にはガイド無しで決断しなければならない場面が多々ある。義務教育修了後の進路や蜜の時期が過ぎたあとの恋愛関係、失恋からの立ち直り方、会社に限界を感じた時の身の振り方、自分の体力に限界を感じた時の身の振り方、定年退職後の余生の送り方、成功した時あるいは挫折した時の処世術、世間と対立した時の処世術、いじめにあった時の処世術、子どもの発達に合わせた付き合い方、子どもが独立した後のセカンドキャリアについて、大病を患ったり障害を持った時の処世術、持病との付き合い方、家族や恋人が堕落した時の対処、思わぬ借金を抱えた時の対処、天災に遭った時の対処、犯罪に巻き込まれた時の対処、そして綺麗な死に方など。無責任な人は助け合いで乗り切れば良いと言うが他人には解決できない問題は少なくないし、世間と対立するのもこんな時だ。助力を得るには金を払わねばならず、新たな道を開拓するには金を貰わなければならない。(何が助け合いだ!)金に縛られたこの枠組みこそ人生最大の障害であると同時に犯罪の温床なのである。これにより人は自分の行動や決断に責任を取らなくなりポリ公やヤマトのように枠組みに属していると信じられればどんな犯罪も平気でやってしまうのである。したがって誰もがこれを克服し、後輩のために取り除こうと努力するのだがその道はイバラの道である。それでも誰かが開通させなければならない、社会が人によって最上級のもてなしを隠すなら。

『明鏡止水』の受け売りだと言われるかもしれないが、武道を極めていくと基本姿勢と基本動作(型)に立ち返る。フェイントや奇襲などの小手先の芸を取り除くと基本が一番固いと思えるからである。こうして型と一体化して無になると、これを仏教で解脱というように相手と自分の区別がなくなり雑念や無駄な動き、そこから生まれる隙のみに注意が向くようになるから負けることがなくなり、すなわち勝ち負けの概念から解放される。そして彼の言動は未熟者を諭す教えとなる。上下関係にうるさい人は相手に強い打撃を与えなければ倒せない、屈服させられないと信じているが昨日見た空手や太極拳の達人は触れるだけで剛の力を無力化し相手を倒していた。要するに相手の体制を崩しさえすれば勝手に倒れるので相手の呼吸や体重移動や反射行動をよく観察すれば良いとの事だった。これはまた弟子の型崩れを矯正する作業と同じであろう。したがって彼には敵はいないし道を極めるには必ず私を通らなければならないと思えれば人の評価など気にならない。技をいかに伝承するかだけが彼の関心になる。そしてこのレベルのものを提示して始めて未熟者に新しい方を提唱したければ我が型を超えて見せよと言えるのである。

 今週は外出することが多かったが、すると地縛霊どもは全身に帯電させることに執着し、ほぼ毎晩てんかん攻撃を仕掛けてきた。普通に会社勤めをしていてもこういう攻撃法を選んだだろう。何故彼らがわざわざ俺の帰宅を待って撃つのかを理解できない。第一に敵が自分の考えと合わないのは当然で敵意は斥力を示すのが自然なのに彼らは自分たちに合わせろ、受け入れろといって執拗に接近を試みる。この行動は不自然で他に斥力を行使していること(葛藤)があるに違いない。第二に自分の判断が正しいと言うなら「生きたくない」という主張に従って自殺すればいいのにそれに逆らって俺に責任転嫁していることが理解できない。自殺の自由を勝ち取るのに財力も武器もいらない、誰も敵対してないし止めてないのだから。生きるつもりがあるなら敵と住み分けて自分の仕事をし、運動し、街に出ればいい、生きる技術を磨けばいい。私が花壇や畑に何を植えようと枯れ草には関係ないことだ。この2点を改善するだけでも私の生活は大きく変わるはずで接近禁止命令1つで事足りる。

2/7

4:17,5:30~6:03,:30~:40~:44,8:05~:06~:11 夜間頻尿攻撃も1時間チャージを多用した。

→8:12~9:36 そして戦闘機が合流しててんかん攻撃。

→8:40~:46~:52~:56~10:10~:16~:19~:46~:59目を覚ますとまた脱水攻撃。戦闘機が頭の高さから股間の高さに変えて横レーザーで2階を貫く。暴力をキモイと言われてその先に何がある?馬鹿にされることをするなと何度言っても聞かない。愚かな行為を選択しているのは自分なのに悪口だの差別だのと認知症の戯言をほざいている。痴漢の原因を女性がミニスカートを履くからだと言うのと同じくらい馬鹿げた言いがかりだ。暴力しか持ち物がないから的外れな言い訳しかできない。こいつらにはもはや自分の行為を認識する能力すら無いのだ、それで生き残ろうとすることがおかしい。壊れたら自己責任で処分しろ。社会人として最後の責任を果たせ。

9:56 1階に降りて炊飯の準備を始めると戦闘機も1階に追ってくる。

10:29 炊飯を終えてガードに使っていたホワイトボードをスマホの防御に回すと(予想通り)秒でマシュマロが反応し、魔女も偽軽自動車を起動して援護射撃する。(車庫から出さない)

10:30 戦闘機レーザーを避けて2階で朝食を摂り始めるとガレージのワンボックスとヘリとチラシ屋が援護射撃に動く。(チラシ屋は敷地に入るなと怒鳴ると翌日も挑発的にやってきた)―――それが本当にテクノロジーか!原始人の狩りと変わらない。落ちこぼれると原始時代まで戻るのか、そして現代人に原始人と共存しろと要求しているのか貴様らは。それが可能だと思うならまず3世代の隔絶を解消してみろ。口だけ野郎!

10時から昨日の工事屋がまた作業を始めた。道具任せの仕事にどれだけ時間をかけるのか。それで専門家と言えるのか。ポリ公も同じだがそれが出来ない奴がどこにいる?日本人は何でもかんでも小中学生レベルの仕事にしてしまって大人の仕事を排除している。そんな事をしているから不良の延長が社会にのさばって反社会的勢力なるものが作られてしまうのではないのか。大人の世界に不良は通用しないという社会体制を築いておけば彼らとて不良を卒業して社会に出ざるを得ないのに40歳を過ぎてまだヤンキーみたいな格好をしている奴とかリーゼント刑事とか頭の悪い奴をテレビに出して何が楽しいのか。子どもは大人が開発した道具やおもちゃを集め、いじくって流行を作ることはできても進歩をもたらすことはできない。今の日本は社会全体がテレビの企画レベルのことを仕事といって誰かが進歩をもたらしてくれるのを待つだけだ。それ(新技術、新素材)をいち早く手に入れ使いこなすことをステータスとしている。ためにシャレが通用しなくなり、女性アイドルのミスやオヤジギャグなどに神経質になっているが、本当はあんたの仕事の質が低すぎることが問題なのではないか。物足りないなら上司にでも社会に対してでもそう言えばいい。重役の才能を問い下克上を認めさせる会社造りを提案すればいい。枯れ草たちはアメリカ式民主主義という言葉を引き合いに出して抵抗するが、人生には技術が必要なんです、無能な人の独裁にはもう耐えられませんと言って黙らせればいい。何が悪いって才能が無い奴が悪いのだ。もう一度言うが優しさは技術なのである。

13:09 ネットをつなぐとサイバーテロして検索ワードの入力をできなくする。

13:45,14:06,:17,:22 テロ車の援護を得られない通りに入ると弱虫ヘリがうなる。一人じゃ何も出来ない、いい年こいてヘリの免許以外何の技術も持ってない。

2/9

9:01 家の南北にのび家のベランダと風呂の自動小銃が向いているので中央にスマホを移動すると餓鬼ジジイとマドハンドがレーザーを追加してくる。2階へ移動するとまたすぐに玄関ドアを鳴らす。

9:36~:46 ヤマトがスマホ充電に取り付き、配達が終わってもステイする。スマホに貼り付けられたロックオンレーザーを壁と盾で解除すると10秒後に去る。

9:48 負け惜しみの脱水攻撃。庭に出ると切れるタイプのもの。

9:22 出る。

9:28 ポリ公が挑発に近づく。

9:33 カルト数字を言い訳に2機のヘリが取り付く。というのも前夜から行き先を決めており彼らに行き先がバレていたからである。だからポイントに先回りするつもりの動きをする。

9:37 ポイントの入口に差し掛かるとヤマトが待ち伏せしており、ポイントに取り付ける駐車スペースへ行くべくエンジンをかけ、挑発的に追い越した。さらに近づくと偽作業員もいたのでポイントを切り替える。

9:46 ポイントに着くと墨パウロとヘリが狙いの場所へ行かずこちらへやってくる。公務員は予定通りの仕事しかできないのではなかったか。それで市民をタライ回しにして迷惑をかけているくせに自分は都合で変更するのか。それのどこが仕事だ!

10:24 戦闘機追加。1中二病という言葉を思い出した。

10:25 ヤマトが追ってくる。

10:41 第2ポイントに着くとこれも宛が外れて戦闘機が負け惜しみに秒で取り付く。軍人の能力があるとは思えない。帰れ!!

コメント

タイトルとURLをコピーしました