1/26 金曜日
22:19 就寝。
2:35~5:00,:47 魔女の日を意識した乞食共が5時間睡眠にこだわって叩き起こし、睡眠妨害、そして30分だけ寝させてまた脱水攻撃で叩き起こす。―――俺は新しい考察を睡眠妨害の間に生み出しているので睡眠時間は関係ないのに。嘘つきはパフォーマンスで勝負できる立場じゃないんだから俺のパフォーマンスの低下を謀る資格ないだろ。またてんかん攻撃回避にキレたのび太&偽軍人に太ももに軽度の低温火傷を負わされた。―――正しくもないのにムカつくな。怒る権利は正しい人にだけあるんだよ。
5:50~6:21~:29~:31,7:47~:48~:50~:54~8:00~:02 続いて30分チャージ攻撃を仕掛け、1時間後また脱水攻撃。7時半以降は寝させないと決めている。
犯罪者中心主義の日本は「証拠を出せ」「マレフィキウム/魔術が行われた証明をしてみろ」の一点張りで乞食魔女どもを一向に引き剥がそうとせず、武器も取り上げない。学校でいじめ事件が起こった時に被害者が転校または登校拒否するべきで加害者を転校させるべきという意見を一言も出さないのと同じ。これは西洋でローマ時代から中世まで行われた告発形式の訴訟手続きであり、古代の裁判官は被告人にも証拠の提出を求めたのに比べれば現代日本の裁判制度は明らかに退行している。この時代から法律家たちは魔術の証明と同じく罪を犯していないことの証明もまた不可能に近いことに気づいて裁判を管理して判決を一層恣意的なものにしようと審問形式の訴訟手続きを編み出した。こちらは被告人への尋問に重きを置き、拷問による自白を合法としたため魔女狩りに特化した裁判、魔女裁判と呼ばれた。歴史的にはこちらも真に裁きを受けるべき命の冒瀆者が罪を免れて神学者たちが盛んに宣伝した魔女集会に参加したと密告された一部の手に負えなくなったジャンキーと多くの一般市民(民主主義者)がスケープゴートととして処刑されたが、容疑者を徹底追求して事件を解決に導くというやり方は正当だったと思う。
この改正を機に白人ユダヤ勢力は法による理論武装を始めて1970年代にはイタリアで資本主義経済を批判するフェミニスト団体として魔女の名誉挽回運動を開始し、家事労働に賃金を出すべきという市民運動に便乗して労働闘争に参加するようになった。女性議員や女性管理職の増加を要求しているのはこの団体で彼女らは日本を含む世界各地で魔女を扱う展覧会を開催し、またディズニー映画や『ハリーポッター』シリーズなどによっても地位向上を図っている。そして2016年に台頭してきたドナルト・トランプ米大統領の下部組織としてアメリカにもフェミニズム運動が飛び火する。魔女たちによるトランプ批判および嫌悪は彼らの主従関係を表したものに過ぎない。というのもかつて行われた魔女集会は三倍体の染色異常者やフリークら身体障害者のための薬物を伴うセックスボランティア集会であったからである。魔女を象徴する猫のモチーフも三倍体の三毛猫になる遺伝子を持つ雌に対し、三千匹に一匹しか生まれない希少種の雄を王として生理的嫌悪を伴う主人に性奉仕するという序列を暗示しているのである。したがって2024年から彼らが特別な年としている2026年にかけて遺伝子医療やオカルト関連の話題が賑やかになることが予想されるが、トランプ氏が集団ストーカーおよび電磁波兵器に対する魔女狩りを始めたとしても歴史の焼き増しであって治安回復運動でも正義の行動でもないので驚かないように。特にブームを正義だと信じている差別主義者諸君は偽りの正義感を振りかざして暴動に参加することのないよう肝に銘じておくように。
宇宙人にさらわれて人体改造されたという都市伝説も魔女集会で行った罪をデフォルメして告白しているのであって魔女が空を飛ぶために身体に塗った膏薬の主成分はケシやヒヨスなどの麻酔薬であった。これと媚薬効果もあるというマンドラゴラを摂取させて眠ったところで開腹手術を行ってヒキガエルや猫を入れた可能性がある。そして家のベッドへ運べば彼女は魂だけが集会所に赴いたように錯覚することになる。
哲学者は経済効果を生み出すことは出来ても経済活動をやれと言われると異業種の仕事を兼業するしかない。しかもそこに哲学を持ち込めば職場の空気を悪くするとか見下していると言われる。政府および市民がなぜ哲学者に金を出さないかと言えば彼らの不干渉主義を犯して改善を求めることで彼らを結びつける力を持っているからである。貨幣はそもそも稀少鉱物であり、時に塩や貝殻も使われたが原則として人間が作り出すことができないことに価値があり、異業種の仕事と人をつなぐ役割を担っていた。しかし富の蓄積により貨幣の所有者が固定化されてくるとこれを管理したい心理が市民権を得て他者の労働やその成果が恣意的に評価されるようになる。絵画やワイン、ヴァイオリンに一億円出す人やスポーツ選手に数十億円の契約金を出す人、マンゴーやメロンや一切れのステーキに数万円出す人がいるかと思えば従業員には時給数百円しか払いたくないとか他者の仕事を妨害したり成果を破壊したり盗んだり、人を殺したりすることに法外な報酬を出す人や戦争や選挙に資金提供して結果を操作する人が現れるなど各人の勝手な権利の主張によって社会をバラバラにしていった。しかも貨幣は一部の人々によって造られ、コンピューター上の取引によっていくらでも殖やせるようになっている。
―――これらは正しい経済活動ではない。「人は貧しくなければ働かない」とか「高い報酬を出さなければ誰も公務員になりたがらない」と彼らは言うが人々が無力感を感じているのは彼らが自身の法による理論武装を誇って官民および雇用者と労働者および企業と消費者の間に越えがたい壁を作り、社会を分断して「私の権利、私の自由、私のお金、私の価値観、私の縄張り」を主張するよう、また個人的感情で彼らのすることに干渉しないよう、非難しないよう圧力をかけ続けたからで彼らはそれに適応しているだけである。そうして上から下まで皆が個人主義者になるから社会がバラバラになっていく。
地方で過疎化が進み、生産業が後継者不足に陥っている時に若者や転職者たちが揃って都会でサービス業やコンサルティング業やネット事業に就きたいなんて普通思うわけがない。金さえあれば社会がどうなろうと構わないなんて考えで社会人として通用するはずがない。経済活動は雇用者や投資家が金を降らせた所に人が集まり、彼らに見捨てられた土地や職業は廃れなければならないというような薄情なモザイク画の世界を作る活動ではなく、各人の仕事が国内に血を巡らせ、社会全体を血色良く円滑に回す行動であるべきである。
仕事は雇用者が作るものといういい加減な考えが自分の将来を他人に管理させることを許すことになる。俺の仕事に血を送れと主張するくらいが前向きな人生というもので個人主義と経済活動は両立しないのである。先週も言ったように集団が愚か者を作る。群れたがる人は逆説的に個人主義者であり多数決も個人主義的な判断である。ケチで愚痴っぽいタレントがウケるのも組織犯罪の告発よりも私の主張や哲学の粗探しに比重を置くのも核の傘と天秤をかけて米軍に好き勝手やらせているのも個人主義に過ぎない。しかし人類の過半数が賛成しても間違いは間違いである。先週言及したマイケル・サンデルの本でも各人が自己統治を実現するには政治・経済に道徳や公民的美徳を持ち込み、アメリカが建国当初の共和主義体制を取り戻す必要があると言いながら経済界と宗教界という二大個人主義勢力に改宗を求める様子がなく、経済活動の言語的意味を尊重して「経済的欲望を満たすために財貨を獲得し、使用する」権利を第一義に考え、ためにアメリカ社会はリベラリズムに負けて無力感に陥っていると両張りをして嘆いている。しかしアメリカの建国に関わったピューリタンの分離派/フリーメイソンが確立した共和制というのもメイフラワー号の誓約が示すようにお互いの不干渉を約束するものであり、それは侵略行為(他者支配)に明け暮れている間に限り維持され、南北戦争で大陸を統一すると間もなく権利闘争を始めて分裂、しかしインターナショナルのように解散と再結成を繰り返す訳にはいかないために思考停止に陥り低開発国の民主化や近代化や宗教問題に干渉することで棲み分けを試みている状態である。あるいは冷戦/軍拡競争や宇宙開発競争に没頭することで。個人主義者は自身の改善を頑なに拒むゆえに不干渉主義しか受け付けない。(もう一度言うがだから彼はアリストテレスになれない)権利主義者の理屈はサイレントマジョリティーを犠牲にして声を上げた人の権利のみを尊重し、声を挙げない人が悪い、投票しない人が悪い、社会的地位や軍資金を持っていない人が悪い、法律やビジネスのコツを知らない人が悪い、貧乏人は怠け者といって最終的にヒューマニズムに行き着く。ヒューマニストは公共善を放棄して個人の利益を追求するが手に入れた金も余暇も感情も使い切れずに持て余し、結局またそれを他者への管理、干渉や破壊行為に使う。それを彼らは投資と呼ぶ。フェミニストの主張にも人生をコントロールできないことに対する不満があるが多くのおひとり女子は休日をスマホや映画、ドラマを見て無為に過ごすのではないか。無趣味の老人がお迎えが来ないと愚痴りながら無為に余生を消化しているように。でも感情だけは若くて自動車椅子で歩道を暴走している、そんなイメージを彼らから感じてしまう。これも既に指摘したように自分の持ち分を持ち余すことが諸悪の根源。なぜ人生に用がないのかと言えば彼らが社会と関わろうとしないからだ。個人主義者は同類との主導権争いや追従に疲れて人間関係を億劫がり、私のようにタイプの違う人間には活発に楯突くのだ。主張が競合しないから。彼らは人の話を聞くつもりがなく自分の要求を通す努力のみをコミュニケーションだと信じている。傍から見ればその執着や信条のために袋小路にはまり込んでバンザイアタックを繰り返しているネズミか自殺志願者、自分の権利さえ通れば良いなら自給自足のキャンプ生活をしなさいと言われると何も言い返せない。それでも無言で立ち続けるから乞食とか間接強盗とか畑を食い荒らす野生動物のようだと追撃されることになる。彼らは人間が耕し、俺達が食ってやることで経済が回っているとうそぶき、人間の作物が美味すぎるから欲しくなる、盗られたくなければ不味く作れなどと言い出す。それは分業制には全く関係がないし貨幣の持つ意味を否定している。『千と千尋の神隠し』のカオナシの映像を思い出す。彼らは人の倍の金を払っても強盗の誹りを免れない。個人主義/ヒューマニズムは生存戦略として失敗なのである。
人類の過ちは貨幣を造るものと認識した時に始まった。何事も管理するとやり過ぎる。金儲けも税金も社会福祉も監視体制もサプリメントもプロテインもダイエットも飲酒喫煙も西洋医学も軍事開発も恋愛も教育も。それは彼らが現実逃避で行っているにも関わらず常に最大の効果を求めてしまうからであろう。利己主義者は加減やもう十分という感覚が麻痺しているようだ。というよりそれをしなければ間が持たないのだ。持ち余すことが最も悪い。一番の改善点に取り組む勇気こそ彼らに必要なものだ。
1/27
7:26 寝る前から向かいのカオナシが横レーザーで股間部を狙っているのを気にしていたが傘ガードを調節すると裏口から自転車を出して表の玄関に周り、今帰宅したふりをした。つまりのび太の真似。自転車に武器を搭載してから3台ほどあったのに家の中に隠すようにもなった。私が怒るのをウザイと感じ、その原因が分かったのなら彼らに怒らせるなと苦情を言えばいいのに自分の戦いから逃げて一緒に怒らせる側についた。これも個人主義であろう。反社会性をもって彼らは犯罪組織に属したのだ。そして金のために進んで徹夜をしている。こういう意思の弱い連中に道徳心に目覚めさせるには何が必要か。
日曜ドラマによればオーケストラのメンバー内さえ耳が良すぎる人は煙たがられるらしい。個人主義者は多様性のために可能性を犠牲にする。彼らがいう自己肯定感とは改善を求められる環境で自信をなくすことに対する泣き言ではないかと思う。彼らからも職場に改善点を提示してその反応を確かめてから管理することにシフトを置いた人が改善を拒否することに対して非難するべきで干渉するなとかお互い痛い腹を探り合うのはやめましょうと言ってもそれは解決ではなく談合である。そこからまた新たな管理が生まれ、共通の獲物や邪魔者の努力にイチャモンを付け出し、迷惑な自分を棚に上げて熱血漢はウザイとかお門違いな非難の声を上げて大衆を先導するようになる。「改善を求めることは悪だ」と植え付ける。属性を弁えずグーでパーに勝とうとする。
そんな彼らを抑制するには使い切れないものはあなたの物じゃないと理解して「持て余す人が悪い」を法制化するべきであろう。それ一つで何百条分の効果もあるだろうから、しかも抜け道なし。
1/29
11:14 久しぶりに蹴上の山の上の公園に来ると机付きの椅子が撤去されていた。代わりにクレーン車がいて股間にロックオンしてくる。2トントラックも列をなして不気味な往復を繰り返している。(桂川の南部や宇治川でも見た光景) 御百度参りか!マレフィキウムを仕込むために土地を呪っているんだ。(桂川の南部や宇治川でも見た光景) 都合よく近づいてきた二人組の女性がバス停を作る予定だと話していた。破壊者は俺が行く所ばかりで工事を始める。脱水攻撃を仕掛けられないのが気に入らなかったのだろう。
11:47 東の林の奥からチェーンソーの音。



11:14,11:32,:47,:54 公園に着いた時、二人組の女性が来た時、去って次の中年カップルが来た時に合わせて偽軍人とクレーンと作業員が脱水攻撃。

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