9/4 水曜日
8:34 出る。
8:57,9:07,:27,10:49,:57,11:24,:51,:56,12:06,:09,:51,:56~:57~13:00,:10,:26,:59ゾンビヘリが追尾。そして手持ち無沙汰に周囲を旋回する。降りろ!
9:00,:17 逢坂山の入口と出口でヤマトがゴキ活。生きる意欲がない。
9:21 ポリ公と佐川。浜大津駅前のいつもの溜まり場ににて挑発。
9:50,:56 ポイントに着くと偽軍人が情けない音を立ててうなり仲間を呼ぶ。毎日毎日地縛霊や蚊と全く同じ動きを見せる。1111111111
11:00,12:38 戦闘機がうなる。
12:21,13:10~:11~ 偽軍人が手持ち無沙汰に股間撃ちし、尿意を促す。
12:34,:44,13:03,:16,:26 サイバーテロ戦闘機が合流。また10分を計ってロックオン行動をしている。
13:26~ 両足裏しびれレーザー攻撃を開始。→胡座をかくとこめかみ撃ちに変更する。(いつもの手口)
今週は次期総理候補の河野太郎氏の机上の理論への非難から入るとする。彼も例に漏れず資料屋タイプなので彼のしゃべり方はいつも事務的で人とビジョンが見えてこない。橋下氏と共に示したのはユダヤ人組織の誹謗中傷防止同盟への連帯のみ。要するに現役の国会議員は逮捕できないのだから無駄な文句を言って政策の邪魔をするな、株価の下落を呼び込むなと言いたいのだ。しかしこちらは彼らが不可能な証明を求めるから証拠の糸口(考え方と行動はリンクする)を指摘しなければならないのであって罪を犯した者が生き残ろうとしなければ粗探しなんてセコいことをしなくて済む。ぬるま湯から出るべきは国民ではなく政治家の方だ。罪を償ってから能書きを垂れて下さい。負い目があると自分の話しかできないでしょ。
自分の話しかしない人は時間が止まった世界でエンドレスに同じ話、同じ感情を繰り返す。ゾーンの世界で二択を行ったり来たりするようなものか。人は自分の非を受け入れられないとき支配感や征服感や軽蔑によって自分を守ろうとする(これを躁的防衛そうてきぼうえいという)が、これは自分にかかるプレッシャーを他者に転嫁する行動と言える。したがって困難や逆境や批評や締切などのプレッシャーに脅かされている人が他者の成功や自由を妬んだり失敗を願ったり幸せを疎ましく思うのも躁的防衛の一種である。中でも支配は他者を自分の時間軸や意思決定権の影響下に閉じこめることであり、時間が止まった世界の住人は相手を思い通りに動かすこと、また失敗させること、破滅させることによって時間の進行を確認し、自分の課題を見出す。(現実のヴァーチャル化、ゲームプレイヤー化、おためごかし) そしてこういう人に限って非支配民に対して「人を変えようとせず自分を変えなさい」と助言する。問題の核は明らかに彼が自分が有利な世界に立てこもって自分の非や罪や迷惑、そして負の感情と向き合わないことであり、権力や社会的地位がそれを正当化するために利用されていることであるのだから変わるべきは彼の方で、非支配民を解放し謝罪して自分に対するプレッシャーと向き合い、これを克服することが現場に求められている対応なのである。そして退くべき時には退き二度と時間を止めないことを誓え。時間を止めた人の言葉は常に死んでいる。だから私は政府が企画する社会保障制度の拡充を信じられないのである。それは保護対象外の人々に対するカツアゲとしか思えないし、保護対象者の止まってしまった時間を進めようという意図も見えないからである。
国民の時間を止めて税金暮らししている政治家は仕事として成立していると思えない。金を払って人生を妨害してくれと願う人なんていないし、他人の人生を妨害してくれと願う奴は死刑か追放すべきだ。成立しないことがまかり通っているから死んだ言葉が飛び交う社会になってしまう。徳川幕府をクーデターで終わらせた勢力が徳川綱吉の政治はよかったと再評価するのは一体何のためなんだろう?また非のない人に転職を勧めるより非のある人が速やかに今の地位を諦めるべきだ。経済偏重社会が社会から人間の意志を排除していく。
そこで私は止まってしまった時間を進めるために必要な意識改革について考えてみた。最初は失恋から立ち直るために必要なものを考え、それは自惚れや自尊心であると結論付けた。特に男は自惚れで恋をし、誰かが自分に好意を寄せていると知ると自惚れてその人に恋をしたりいつも以上の力を発揮したりする。自惚れはロマンであり冒険に肩書きや大金を持って出掛けたりしない。むしろ金や肩書きに固執することが彼を冒険やロマンから遠ざけている。女性の場合は自分の居場所を確保してからおしゃべりを開始するように見える。それは中世から変わらない彼女たちの習性で人に付き従っているうちはあまり話さない。故に彼女たちにとってのロマンは駆け落ちや不倫になるが実行するとすぐに居場所の確保に走って現実に絡め取られてしまう。後は煮え切らない態度や曖昧な返事に終始するズルいパートナーとの別れを決断することが彼女たちにとって冒険であるか。そこに自惚れの感情はない。
男性は好きな女性を物にするとだらしない所や情けない所を見せ始め、パートナーに依存しがちだが、それは個人的な快楽や快適さのために人間を消費しているのであり職場などで感じたプレッシャーを彼女に転嫁していると言える。そして消費物ゆえに二度惚れさせるということを考えない。とすれば無力な人はこの圧力から逃げることも重要だが、この種の圧力を他者に掛ける権利は誰にもないことを問い、逃げるなと励ますことも重要だと思う。別れた恋人をきれいさっぱり切り捨てることが習慣化し見捨てられた男が溢れる社会に未来は無いだろう。彼らを社会からも切り捨てたとしたら私たちの生活に不満はなくなり、余計な圧力に苛まれていただけ、悪夢を見ていただけだったと気づくような気がする。だから恋人同士にも生じてしまうこの種の圧力―停滞―不安―不和、決別という流れがどのように発生し、どこで止めるチャンスがあるかを考察すべきだと思う。私は進まないことを責めることに市民権を与えるべきだと思う。反社とポリ公が感じるプレッシャーなんて世界で一番無駄な圧力だ。社会から出ていけばいい。
次にニートや身体障害者が立ち直るのに必要な感情や意識改革について調べてみようかと思って着替えていると洋服ダンスから除湿剤代わりの古新聞が飛び出してきて、京都大教授の小林正美氏が「阪神大震災からの提言 仮設住宅を収容施設にするな」と題して語っていた。(1995年3月18日京都新聞) 曰く、日本人の被災者は復興意欲が低く、特に高齢者は畑仕事を失ったことで社会のお荷物を意識して新しい環境に適応しようとしなくなり疎外感さえ感じるようになるらしく、それは日本社会が経済効率のみを優先してきたツケだという。これに私の解釈を加えるならばこういう社会が人々から奪ったのは季節感である。季節感と聞いて真っ先に思い出すのは正月三が日の消滅であるが、年中行事は特に高齢者が時間の概念を維持するのに重要で季節感をなくした人は若者でも続いて日曜日や昼夜の感覚(常識)を失う。そして経済偏重社会によって平時には若者が自信をなくし、非常時には高齢者が疎外感を思い出すのであれば日本社会には彼らの時間というものが存在していないのである。暦には子供の日や敬老の日が記載されているものの彼らが主役の日ではなくこれをネタに金を使えという行事でしかない。
人は力を持つと全ての時間を自分のターンにしたがるが、そうして空間を支配すると他者に疎外感を与え、自信や生きる意欲を奪ってしまう。同時に人は準備期間や不遇の期間および抑圧された環境で力を蓄えるので進歩を止めている支配者は自分の首を絞めることになる。冷遇することで追い込んでいるのは自分自身なのだ。したがって支配者は成員と時間/ターンを分け合い、それぞれが成長や前進への渇望を促すのに適した時間や利他精神を表現する機会などをそれぞれの(パーソナル、世代間)スペースを保護しつつ割り振りしなければならない。聖域やタブーを設定して圧力をかけて閉じこもるなんて論外で、むしろそのような組織には「いくらでも代わりはいるぞ!」「お前らに抑圧されている間に人々は進歩し続けているんだぞ、取り返しがつかないほど実力差がつく前に投降しろ」というプレッシャーを掛けるべきである。そしてこうしたプレッシャーに対して政府が単純な反抗を示すならば退場してもらうより仕方がないだろう。
・・・これを言うとポリ公がここだけを切り取って揚げ足取り、カウンター訴訟に利用するのだろうが、軍事独裁国家において市民が武装勢力を作るのも「代わりはいるぞ」という意思表示であり解雇の宣告である。市民から劣っていることを指摘されて暴れるのは政治でも何でもない。市民からのプレッシャーを克服するには独裁を終わらせて国民と和解する以外の方法はない。しかも米英ユダヤ勢力の戦争屋に付け込まれないうちに。独裁政権もまた生きる意欲を失っていてそれに気付くと立ち直れないから現在の地位にしがみついているだけで守るものなど何もない。頑固になっている人はまず自分の状態を把握するべきだ。不利な立場だけが確認すべき状態ではない。むしろイカサマをしながら有利な状態を維持している方が危ない。そんな奴はどんなに武装しても兵隊を増やしても一手で落ちるのだ。
ニートや引きこもりが立ち直るには自惚れられる何か能力が必要であるが、それは躁的防衛に基づくネガティブな力であってはならないし、金を稼ぐ力でもきっとない。それよりは異性にモテたいとか人と関わりたいという願いの方が健全だ。間違った自惚れに浸るならば鼻っ柱をへし折られて再び準備期間に甘んじなければならない。それがマナーだ。
密室でやることは政治でも恋愛でも子育てでも秘密の共有以上のものを生み出さないのかも。そしてその上限が感情を倒錯させる。(歪ませる)
時間の概念を取り戻す鍵はターンを分け合うこと。子育てでも全てを子どもの時間にして自分の時間を取れない人は心を病むらしいね。子どもはともかく自分のターンでしかものを言えないカスは切り捨てて「俺のターンだろ!」と主張できる立場とか能力とか知識を身につけておくことは民主主義社会において重要なことかもしれない。
かく言う私も理不尽に時間を止められているから敵や大衆を軽蔑して自尊心を保護しているのだと思う。私も早く皆と同じように自分自身やパートナーや子どもを観察対象にして楽しく語れるようになりたいのだがね。
9/2 月曜日
7:39,8:09,:31,:34,10:37,14:22,:35,15:19,16:52,17:40 マスオのモグラ叩きドア開閉。出かけた回数ゼロ回。
8:07,:24,:27,:30,:36,:56,13:47,14:06,:16,15:22,16:30,:59,17:39 同じくウツボドア開閉。出かけた回数ゼロ回。
8:10~:13 向かいのルンペンが自転車を出す。
9:55~17:26 家で仕事。
10:05,:40 ヘリが南でうろつく。
10:44 ルンペンが軽トラのフランス人と共に帰宅。こめかみ撃ちが始まる。
→10:53→10:55→11:06 避けるごとに金馬、カブ、戦闘機がレーザーを追加してくる。
10:53,11:06,:09,:38 こめかみ撃ちを回避するとその都度フランス人が出てきて軽トラのドアを開閉して戻るという動きを見せた。さらにトイレレーザーを頭に向けて「ごめんなさい」を連呼するメッセージを送ってくる。・・・カルト国家の住民はどこも同じだとアピールしたいのか?やはりフランス人にも止まった時間を進める能力はないのだな。→12:39 ルンペンとフランス人が軽トラで去る。プレッシャーに負けたカス。
18:52 テレビを付けるとマシュマロがいつものようにアコーディオンドアを鳴らしてブースターにロックオンする。テレビ東京系の画像を乱して喜んでいる。
18:32,:41,:48,19:25,20:12,20:47 戦闘機の夜の部挑発。相手にするとムキになって旋回の回数を増やす。負けを認められないなら汚れ仕事に甘んじてないで出世して組織を背負ってかかってこい!
19:36 夜仕事を始めるとルンペンがこめかみ撃ちを開始。これも日課。北西の渡邉が援護射撃。 →20:10 自転車を戻す。こいつも小細工を始めたか。
自ら呼び込んだプレッシャーから逃げて俺に圧力を転嫁している。お前らこそ「自分の身は自分で守れよ」。老人の畑仕事と同じでこいつらも武器を取り上げられると社会のお荷物と生きる意欲がないことに気づくのだろうな。そしてそれと向き合いたくないゆえにムキになってゴキ活を繰り返している。それに気付くまでの猶予がこいつらに必要か?
―――とばっちりみたいで悪いけど若者が政治や社会問題から目を逸らしてティックトックなどに夢中になっているのも老人の畑仕事と同じなんだろうな。彼らは政治に無関心なのではなく自分の人生が政治に妨害されていることに気づかないほど自分を疎外して、遮断して生きているのだ。ゲームプレイヤーの視点。しかし政治屋も我々の人生を管理できるほど人間について知らないのだから本当に茶番だよね。

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