3/5 水曜日
「人は自尊心を満たすことを何よりも重んじる。したがって人に認められたければ人を認めよ。褒めて自尊心を満たしてあげなさい」
本を選ぶときに何度も目にした文章だが、私はこの本を買って読もうとは思わない。間違っているとは言わないまでも仕事や話を速やかに進めるための緊急手段や方便のような気がするからだ。そもそも自尊心は読んで字のごとく自分を尊ぶことで、尊敬する人には普通なにも要求しない。その人を鏡や手本として自分を律する助けとするだけだ。つまり利害関係で付き合う相手ではない。したがって人から大切に扱ってもらうことや褒めてもらうことと自尊心は無関係であり、傷つけられた時だけでなく褒められ、おだてられた時にも自尊心を意識すべきであると考えれば自尊心とはどんな時にも自分を律する揺るぎない心(=自信)と理解すべきである。よって取り巻きを従えて自分を大きく見せる人も複数の女性をはべらせて彼女たちや周囲の人々や店員に横暴を働く人は自尊心が無いということになる。自らの意思で罪や不正を犯し、愚かな行動を取りながら他者から非難されたことで初めて自尊心や名誉を傷つけられたと訴える人も同様である。他者はあなたが意識の底に閉じこめた良心となって口を貸してやっているだけなのだから批判に罪はない。むしろこれに対して法律を持ち出す人こそ効果に逃げているのであり、嫌なことを酒、女、タバコ、ギャンブルで誤魔化しているのと同じである。それは一層あなたの自尊心を傷つける。彼らの転落の始まりは自尊心を他者から与えてもらうものだと信じていることなのである。
社会生活や結婚生活に自制心が必要なことは誰もが知っているし、心掛けていることであるが、自制心さえも他者に環境整備してもらうものだと信じているマザコンの利己主義者は2:8の法則でも引用して2割の人くらい勝手気ままに振舞ってもいいだろうと理屈をこねて破壊活動に興じる。『シリコンバレー式自分を変える最強の食事』(デイヴ・アスプリー、栗原百代訳 ダイヤモンド社)を始め、健康的な食事を極めんとする人が書いた本を読むと農家や食品業界が損失を減らすためにいかに無茶苦茶なことをしているかを気付かされるが、何故そんなことをしてまでいい加減な会社を増やすのか、誠実な仕事をしている会社の社員になればいいじゃないかと思い、それこそ2:8の法則で2割のいい加減な会社や人を淘汰した方が良いのではないかと考えてしまう。為政者たちは生産から流通まで完全にオートメーション化、A.I.かすることで間違いを防ごうとしているがどんな技術を与えても彼らの悪意や貪欲や怠け心を抑止する方策にはならないと思う。それより雇用を増やすためだけに無条件に企業を促す考え方を改めるべきだろう。ホットな話題ではトランプ大統領がアメリカ人がウクライナで鉱物資源の開発業に携わったとて悪いことをするとは思えないと発言したが今までのアメリカの歴史を顧みればその言葉には何の根拠もない。先週クオリティを問わない社会を肯定したが、それは人々の信頼によって成り立っているものであって自尊心、自制心を欠くと成立しなくなる。
彼らの振る舞いを見ていると社会全体が病院のようである。患者は病院内にいる限り自由に症状を発症することができ、それを治すのは医者の仕事で自分はナースコールをして要求を聞いてもらう権利があるばかりだと信じている。―――しかしその考え方でいくと医療従事者だけが市民で八割の患者(実際は二割であるが)は部外者ということになりかねず、患者が経営権を牛耳って医療従事者を選別している病院はモラルが崩壊したモラルリスク病院で民主主義を履き違えた革命家による軍事政権国家と言わざるを得ない。医者はそのような患者に退院を命じる権利があると考えるのは不遜、国家への反逆だろうか?
雇用の確保のために仕事の質が低下することはやむを得ないではなくどんな時にも社会のためになることを考えよと言うべきだ。(つまり「できない」より「何ができるか」を優先する世論)
ミャンマーの詐欺組織摘発に関する続報で7500人の外国人を解放した大佐は詐欺に加担し人身売買にも手を染めていたということで地元で指名手配されていたと報じられた。彼は地域を発展させるための事業(外資の獲得と海外人材の誘致)だと主張したそうだがこの事件も雇用作りの事業計画に社会の監視が必要であることを物語っている。社会寿命制度を提案する私としては何故人を苦しめてまであなたが延命しなければならないのかを問い、その答えを聞きたい。彼らに「生活者の権利」を訴える資格はない。政治家でも芸能人でも第一に守られるべきは生活者の権利であって金のためにそれを放棄した人を保護する理由はない。市民は法律で禁止されたことだけを回避していればよいのではなく生活者が普通しないことを守り、同じ共同体に暮らす人達と共有する暗黙の義務がある。自分の要求は言わなくても察してくれと願いながらそのような一般常識を察することができない人の主張を社会は認めるべきではない。他人を困らせたいと考えている時は彼自身が苦労するべき時であり、幸福を願う時には他者の幸福を願うべきである。したがって正義を行う英雄は迫害や無理解にさらされながら戦うことを宿命づけられているならば悪党も報酬や利益でなく罰や社会的制裁を受けながらそれを継続するか否かを決断するべきでそれでこそ平等だと私は主張したい。私を褒めたら損をするとか破滅すると恐れている人達のどこを私は褒めればいい?人から褒めてもらったら私も人を褒めたくなると信じているなら先に私を褒めればいいではないか。順序にこだわるのはその法則を信じていない証拠である。
正論に逆らうことは自己免疫疾患である。
今週初めてネットで音楽を購入した。一曲261円でブックオフで買うより安く、新譜だけでなくレンタル店にも置いてない曲を労せずして手に入れられる点で非常に有難いサービスだと思った。けど購入までにかかった4GBのパケット泥棒と購入のための手続きとして取扱サイトに月額料金を納める仕組みは頂けない。聴き放題サービスもネット通信下でサービスを利用したら月の携帯代が跳ね上がることは間違いない。単純にあんたらは関係ないじゃんと思うし、トヨタの社長が言うような音楽家への支援策だとも思えない。しかも聞けば曲を聴くたびに報酬を貰えるというふざけたサービスもあるらしい。昨日ニュースで紹介された余ったGBを売買するサービスを含めてまた黒服乞食のための生活保護政策だ。海賊版販売の延長のようなサービス。音楽家たちは配信会社と乞食に食い物にされてなぜ抗議しないのか?音楽番組で1億回再生と喧伝しているのも金の亡者による捏造、経済効果の偽造、成功の偽造と知ったら音楽家でなくても腹が立つのに。ネットで音楽やゲームを手に入れようと思ったときに自動的に無料ダウンロードできる手段を探してしまう意識の誘導にも今回初めて気付いてよくない習慣だと思った。私が嫌なのは架空のサービスや厚かましい仲介屋に金を払うことで作品の製作者本人に対価を支払うことに抵抗はない。それを妨害されていることに対して私は戦っているのに社会人や音楽家たちがこの悪習に関する意識改革を主張しないことで理解されていないと感じて怒りを覚えてしまうのだ。というのもこうした連帯意識や共感も引き寄せ術にとって重要な要素だからだ。
前回は理解が追いつかなかった『潜在意識をとことん使いこなす』という本を読み返すと「潜在意識は他人とあなたを区別しない。したがって誰かを批判すると私自身を批判したことになってその通りの人間と他者から見なされることになる」と書いてあるが、それなら一年中他者の不幸や損害や家庭崩壊を願い、かつ自身の逮捕や破滅や善意が支配する世界への変革を恐れている罪人たちが願った通りの結末を迎えないのはおかしい。この点でも法則に則していない。しかし世間の人々が自分たちの困難を受け入れること、困難に対処することばかりに夢中になって彼らの恐れや不安を増幅させ破滅を引き寄せるための祈りをしていないということは言えるかもしれない。要するに平和や幸福への祈りが足りない。それは彼らが不安を払拭するための先の生活保護政策のようなことを一緒になって有難がっているせいでもある。彼らを破滅させようにも法律がないとか裁判が彼らに有利な判決しか出さない(からできない)というのはあなたの理屈であって時の流れの前では人間の理屈なんてどれも無効で浅はかなものだ。あなたの意識で解決できなかった問題の答えはあなたが気づかなかったことであるのだから「そんなこと言われなくてもわかってる」と良心をはねつけている限り解決できない。(問題解決能力のない)あなたがするべきことは決断だけである。「潜在意識に記録されている自己像を変えなければあなたはずっと同じ行動を続けることになる」。気づきとはあなた個人の利益になる裏情報などではなく全ての人にとって最善の答えなので問題を解決するには個人の利益や損失から離れなくてはならない。そんなことは世界に関係ないのだ。
自分を変えるのは「〇〇したい」という意志であり「〇〇しなければならない」はしばしばそれを打ち消すことに働く。例えば勉強中に無性に掃除をしたくなったり漫画を読みたくなる時にはあなたの中の「勉強しなければならない」を「〇〇したい」が上回ったのであり、なぜそうなるかと言えば勉強が行き詰まったからである。しなければならないに縛られている時には気分転換をしようとさえ考えないが、気分転換に夢中になることでやるべき事の考えがまとまり、新しい答えが生成されることがある。そうならないのは答えに対してあなたが「できない」を重ねて却下するからだ。あなたは常に「したい」という意志に自分を持っていかなければならない。人間の値打ちは時の流れを感知してそれを具現化し、人に伝えることにある。利害関係者が集まって会議をして利益の調整を経て決めたことは未来ではない。過去の人はどんなに願っても現在に悪影響しかもたらさない。だから死や老化があるのだ。死は未来である。
世の人々はどうして幸福になることを恐れ、不意にそれが訪れると私には勿体ないといって辞退するのだろうかという疑問もこの流れで考えると改善策が浮かぶかもしれない。それは人々が恋愛で失敗したことでトラウマを抱えているからだろうか。恋愛が上手くいくと仕事も上手く行き始めることは多くの人が経験していることだが、そこで仕事に夢中になってしまうとパートナーと時間や考え方が合わなくなり心がすれ違ってしまう。かつその違いを議論しても上手く和解できたことがないので人々は社会問題や人生の問題においても論破や説得によって問題解決を図ることに否定的になったのかもしれない。―――ではプライベートを犠牲にして仕事に打ち込むことを要求する社会の風潮が悪いと考えてみるのはどうか。仕事が好調なのはプライベートが充実しているから生活に幸せを感じているから良いイメージやアイデアが湧いてくるんですと言って恋人や家族との時間を大切にすることを認め合う風潮を作り上げれば会社員の幸福度が上がり、それが社内全体に広がって仕事に対する幸福度や充実感の向上に繋がるのではないか。ここで「子供じゃないんだから」とか「恋愛にうつつを抜かしてにやけている人は不真面目だ」などと咎める人は良い人間関係から得られる力や利他精神の芽生えを軽んじている。それが失恋や離婚の根本原因なのではないか。私達は幸福を増産しなくてはならない。そして幸福で好調であればこそ私たちは前に進み続けるのである。これは以前この本を取り上げた時にも引用したかもしれないが「恋愛や結婚はどちらかが成長しようと考えたときに破綻しやすい。勉強したり、本を読んだり、セミナーを受講することで内面的な強さを身に付けたとき、快適な狭い世界から出ようとしないパートナーと共感し合えることは何もないという悲しい現実に気付いて別の生活を求めて出ていく」とある。国民の生活も同じであろう。私たちも日々他者と接し、話し合い、恋愛をし、本を読んだりSNSで他者の考えに触れることなどで成長して新しい考えを社会生活で表現しようと考えたとしても会社の上司や親や国家が旧態依然にしがみついてこれを否定して無力感を植え付けてくる。彼らとの関係に幸福を感じたことなどないのに縁を切ることも許されない上に「気に入らないなら出ていけ」などと言い放たれる。しかし出て行くべきは過去の人である彼らの方である。こそこそと生活費をかすめとる指乞食も社会に必要ない。私たちは幸福と成長は同一線上にあることを認識して成長に伴う幸福、幸福に伴う成長を認めるよう上位者や為政者に要求しなくてはならない。それは「生活者の権利」につながっている。トランプ大統領はウクライナの国民は瀕死の状態でゼレンスキー大統領にはアメリカやロシアと交渉するカードを持っていないと言ったが、生活者の権利を主張すればウクライナは勝てると思うし、勝つべきだと思う。ヨーロッパ、カナダ、日本の見せかけのウクライナ支持もロシアとの単独での和解に向かわせないための罠である可能性があるからウクライナにはケルト人の野望に飲み込まれることなく独立を勝ち取ってもらいたいと思うし、世界中の人々も心から彼らの平和と幸福を祈らなくてはならない。ケルト人の不安を増幅させるくらい強く。それぞれの自尊心を守りましょう。それが正しい平和と破滅をもたらす。
追記しておくと若者は幸福の設定に関して見栄を張るのをやめるべきだ。とりあえず毎日三食一汁三菜の食事を摂れる生活を願ってはどうか。カップラーメンに頼らずに食べていける生活を。私はレジに並びながら彼らの食事を見るといつももっといいものを食べさせてあげたいと祈っている。私に十分な資産があれば残金を気にせず手持ちの金を使い切る覚悟で必要を満たす習慣を持たせてあげたい。それが引き寄せに必要な意識みたいだから。自分が親になった時にも子どもに欲しいものやしたいことを引き寄せられる子に育ってもらいたいし、その支援のために私はいるんだと思いたい。それには実業家が見せる偽りの夢や幸福感(彼らを儲けさせるための欲求)に騙されないよう本当に価値あるものを肌で感じさせ、記憶させてあげなくてはならない。他者に理解を示すということは過去の人にならないということかも知れない。傷を慰め合うために築いた関係も傷が癒えたら立ち上がらなくてはならず、いつまでも傷ついている人とは一緒に居られない。幸福を求めることは成長を求めることでもあるからいつまでも過去を思い出させようとする人とは居られない。
まとめてつぶやき1066 自尊心を損なうのは自分自身でしかあり得ない
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