まとめてつぶやき1067 与えよ、さらば開かれん

3/12 水曜日

 今年は36年に一度の幸運年のはずだが幸運の欠片も訪れない。しかし抗議すると間髪入れずに暴力と破壊による報復を受ける。どうやら私には良いことも悪いことも暴力の形でもたらされることになっており、私は暴力によって欲求を満たすことを望まないから悪いことしか起こらないらしい。ゲッターズ飯田さんいわく占いが当たらないのは「マイナス思考やネガティブな人、邪心や悪意を持っている人、ひねくれた人、他人の足を引っ張る人」だそうで、なるほど私はこの世を支配する暴力主義を廃絶するために活動しているから「足を引っ張る人、ひねくれた人、悪意を持つ人」に該当するのだろう。ただし純粋な悪意を持つ人は暴力主義を体現するので支持されている。ダメなのはこれみよがしの悪意や暴力で、例えば日本では筋トレをする人に対する風当たりが強いらしく「何を目指しているのか」と牽制されるそうだがこの言葉こそ人々の考える暴力主義の理想を守ろうとする態度のように見える。したがって彼らは彼らの理想に応じたおためごかしや偽善的行為を装った暴力を好み、純粋な善意には牙を剥く。

 彼らは私に対しても「悪の組織を倒してヒーローになろうとしている、それは暴力による成功を求めているんだ」と野次っているかもしれないがその裏にあるのは暴力主義の廃絶に対する恐れである。特撮物でも悪の組織を壊滅した途端に最終回を迎えるのは人々がその先の未来を見たがらないからである。正味の話、ヒーローたちには政府の軍隊を簡単にひねり潰せる戦闘力を持っているので戦争を廃絶することは容易いことなのだが、まず為政者がその物語を国民に見せることを禁じ、古い体質の年長者達もそれを嫌う。時代劇で悪を成敗する将軍や仕事人たちも世を忍ぶ仮の姿を持っており捕まれば死刑になるという宿命を背負うことで視聴者に許しを乞うている。それほど人間は暴力を意思の伝達手段とすることに依存しているのである。―――もっと言えば古い体質の心の声をアップデートできずにいる。

 この世に犯罪、暴力、戦争がはびこっていることは言うまでもなく上級国民による差別感情やスクールカーストなどのヒエラルキーの意識、男女関係におけるDV/ドメスティック・バイオレンスする人とそれに愛を感じてしまう人なども暴力主義に従順な人々と言える。さらには子どもがバトル漫画を好むのも青年が人間(ゾンビ)を標的としたガンシューティングゲームを好むのも軍人や警察官になりたがるのも権力を欲するのも暴力以外の意思伝達手段を養えずに地下社会に潜ったり(引きこもり、暴力団員、詐欺師、スパイ、暴力革命を掲げる共産主義者)、誠実な仕事や真剣な訴えを鼻で笑い、正論を生理的に嫌う人なども古代人種の心の声に支配された時代遅れな人々である。彼らは彼らの悪い傾向を矯正するための叱責や体罰を否定することで暴力主義からの脱却を提起していながら自らはそれを手離したくないと足掻いていることで自らの首を絞めている。暴力はゼロ回答で言葉にできない感情の発散なのだから「俺の言うことは絶対だから従え」というメッセージしか込められていない。それは情報化社会において共有できる情報及び考え方ではない。それぞれが一日に何万もの情報を処理しなければならない生活環境において言葉にできない他人の不満を翻訳してやる時間などないのだから伝え手と受け取り手の双方が効率化を図って能力(伝える力と聞く力)をヴァージョンアップするべきである。子どものわがままや犬猫の気まぐれに意味があるとしても成長を止めた怠け者のナースコールに未来はない。

 軍隊という存在そのものが古代脳に基づく古い組織なのだ。戦争への肯定が見せ掛けであるのは彼らが自身の安全を確保することに細心の注意を払い、これに基づいた兵器を開発することに表れている。ハッカーだって他からハッキングされた状態で気にせず攻撃を実行したりしないであろう。それで暴力を肯定していると言えるか?戦争を求めるなら自身の足場も戦場にするべきだ。現代人はテクノロジーの力に酔って願い方を間違えていると思う。

 人間を含めた動物に必要なのは成長のための時間だけで退化していく者に猶予を与える必要は無い。例えば類人猿は動物の髄液を摂取することで脳を大きくしたが、その後髄を食べる習慣は廃れた。それは脳をでかくすることだけが進化ではないという段階まで人類が成長し、その習慣から離れるべき時を知らせるサインに従ったからである。同じように経済的、物質的に豊かに暮らすことだけが人間のステータスではないと気付くとその習慣を終わらせる時を知らせる人材が時によってもたらされる。時は成長しない人を愛さない。「時代」とは「時に代わる」と書き、不遜な人間が時の流れに抗った期間を指す。それは一般に社会体制と理解され、体制が崩壊するまでを一区切りとしている。人々はなぜ社会体制を無条件に受け入れているのかと言えばそれが生存に有利だと信じているからである。しかし同胞で殺し合い、社会問題を解決しようとすると直ちに経済的に困窮してこれを断念することを余儀なくされる環境が生存に有利なわけがない。アリのように女王一匹を残して成員が一斉に死に、また一斉に生まれるような仕組みであれば種の生存に有利な環境を求めて一丸となって努力するだろうがその努力を妨げることに一致団結する人間社会は最悪の環境であろう。そこは少数の支配者層とその支持者にのみ有利な虐殺に支えられた生活環境である。新参者は古代よりその異常性と有害性に気づき、そのうちの勇気ある賢者たちが暴力への依存を放棄して真人間になれ、殺し合いをやめろ、生存戦略を改めよと訴え続けてきた。彼らは他を滅ぼし、他人の命を喰らって生き長らえてきたに過ぎない、時の反逆者である。彼らこそが人類のうちで最も苦労して依存を克服するべきで転生によって罰を先送りにするという利口な手段ももう使えないと決断するべきである。

 ではどのようにして私たちは依存を克服するか。それは他者に与えることである。単純に私が与えた知恵に対して報酬と活動資金を与えれば確実に社会問題を解決に向けて進めることが出来る。ケルト人と祟り神による悪のしがらみから脱するための第一歩を踏み出すことができる。引退したスポーツ選手もスーツに着替えることによって実業家に転身できる。そしてこれまでチームメイトやコーチに与えてきた奉仕をこれまで関わりのなかった人々に振り向けることで新しい居場所を獲得する。それが変わるということ、ユニフォーム姿のままでは次へ進めない。私は胸を張って今人々に必要なものを与えていると断言できるし、私が変えようとしているのは罪なき一般市民の生存に不利な環境であるというような知恵をこれからもどんどん受け取るだろう。古代の賢者達が遺した教訓が未だこの世に体現されていないのは政治指導者が時を告げる者ではなく大衆も間違った指導者に奉仕し続けてきたからである。私たちは時を告げる者の言葉をこそ聞き容れて時に愛される集団で居なくてはならない。地球にだって生存戦略があり、いつまでも無限に人間にフリーエリアと資源とエネルギーと食料を提供し続けてくれるとは限らないのだから。生命の危機を感じればこれを回避する行動に出る、それは地球とて例外ではない。与えよ、さらば開かれん。それが私たちの生存にとって最も重要なことなのである。

若者たちの恋愛離れも暴力の交換及び受容を嫌ってのことだとしたら?

生活者の権利を鼻で笑う人々も国家犯罪と戦うことをためらうのも暴力を権利の主体としている可能性がある。人々は暴力を禁止したら秀才や賢者や口が達者な人の天下となって逆らうことができなくなるかもしれないことを恐れている。しかしそれは彼らが非難や揚げ足取りのためではない勉強をして良いことをしようとするのを妨げる邪魔者とだけ戦えば良いのであって社会全体を「念のために」無秩序にしておく理由にはならない。

 人間は1分1秒を創り出し、「まだ」を言うから時の流れに反逆することになる。時間が人の都合で流れることは無いのだから待っていても無駄なのに。

 漫画でも映画でも戦っている人は格好良いセリフを吐くので彼らに憧れる気持ちも分からないではないし、私自身も彼らの言葉に励まされてきた口だが、権力者に匹敵する手段を持っていないから仕方なく暴力対非暴力の戦いに身を投じているという考え方をしているなら彼らからの励ましを真に受け取ることはできないだろう。暴力を心から憎み、自らの内にある暴力性も捨てると宣言しなければ。加えて経済的な逼迫を回避するために庶民間でのお金の循環を作り出さなければならないだろう。指乞食などを養っている場合ではない。今年はあらゆるものの供給源を切り替える年になりそうだ。

 PCで仕事を始めると案の定指乞食どもにハッキングされて仕事のデータを盗まれる。家でスマホが使えない理由だ。暴力を権利の主体にしているヤツらは暴力つながりで如何様にも犯罪行為を派生してくる。暴力は振るい続けなければ直ぐに取り上げられてしまうものだが彼らは暴力に明け暮れたいだけで根拠もなく私を敵視し続けている。彼らは自分のことが嫌いというより日常行動のオプションが暴力しかないゆえに自分に働き掛けることができず他人にちょっかいを出し続けることになる。それが相手からすれば自暴自棄に見えているのではないか。自分に働き掛けるオプションがない時点で間違いに気づくべきなのだ。必要な行動オプションも作らず攻撃オプション(軍拡)ばかり増やしているから生活していない、人生を放棄してバンザイアタックを敢行しているように見えるのだ。彼らもまた他者からもらう意識から与える意識に転向しなくてはならない。求めるな、与えよ、さらば開かれん。

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