まとめてつぶやき1071 デジタル思考は諦めた者の生存戦略か

4/8 火曜日

9:51 ポリ公が丸太町通からパンツロックオンレーザーを起動して空サイレンを吹かす。奴らにとってパトロールは時間潰しと憂さ晴らしでしかなく犯罪を抑止する意志は皆無、むしろ市民による犯罪の抑止に対して脅しにかけに来る連中なのだから。ちなみに昨日は恐らくドラッグの配達日でのび太、マスオ、ルンペン、のび子がそわそわしていたが、この日もポリ公はたった一時間の外出に挑発してきた。自分は人生と世界を諦めたのでお前も諦めろとほざいているのである。

11:42,12:03,:39~14:56/ ポイントに着くと偽軍人が長押し脱水攻撃。諦めの強調を快感と認識する負け犬。111111111111111111

13:51~:53 戦闘機が空爆。

14:26 偽軍人が「日本政府はぼったくりで不良品の武器を買わされている」との記述に対し脱水攻撃。

15:42 雨が降り出したので中断。結局帰らなくてはならないほどは降らなかったが文章が暗くなってしまったので考え直すことにした。

4/9水曜日

10:24~ レポートの作成を再開。

12:11~13:10~14:00~ 脱水攻撃。11111111

 今週は「暴力主義者、ワーカホリック、ギャンブル依存症者は身体性が希薄」からデジタル思考につなげて考察する。そのきっかけは吉田脩二さんの『ヒトとサルのあいだ 精神はいつ生まれたのか』におけるデジタル思考の解釈からの着想。いわく「デジタル対応とは一つの情報に対して一つの対応をすること」。数字を覚える時には一から百まで一つずつ覚えなくてはならない。これに対して「アナログ対応では1と2の間に連続性を見出し、一から十を憶えると自動的に」11から20の規則性を知ることができる。「つまり世界を意味付けして認識することで脳は過剰な情報を意味あるものとして集約し、整理することができるようになりました」。―――ここから私はデジタル思考の人は自身の行動も細分化し限定すること(スケジュール化)で仕事や人生の効率化を計っているのではないかと考えた。さらに一つ一つのボタン配置された行動はこの本にも言及されているようにネズミが快楽レバーを引き続けるようにドーパミンの分泌と関連付けて行動の強化が図られていると思われ、だから彼らは反省することも進歩することもパートナーの些細な要望を聞くこともできないのではないかと考えた。ネットや商業目的で書かれた本でこの用語に触れていたらきっと何も感じずにスルーしていただろう。なのでこの本と出会えたことには感謝している。ただし精神について語るとチンピラは非難の矛先がよそに向いたと喜び、「また敵を増やすことを言ってるよ、アホや」とほくそ笑むことが予想され、私の潜在意識/祟り神も早くもテレビを壊したり左足の小指に物を落として怪我をさせるなどしてキレている(弁償できないくせに)ことから上がり始めた好感度を再び落とすためにこのテーマを持ってきたとも邪推できる。それでもどの道人類が乗り越えるべき壁の一つとして避けることのできない課題なのでできるだけ明るく書こうと思う。

 ・・・それにしても快不快を共有できないなら余所へ行けばいいのにと思う。しかしデジタル思考同士では共存できないゆえにアナログ思考のエキスパートである私を頼って甘えているのである。というのも妄言、根拠の無い断言、暴力、押し切り、屁理屈、非常識かつ支離滅裂なデジタル行動によって相手を呆れさせ、諦めさせることでアナログ思考(人の気持ちを推し量る態度)への切り替えを強制することは彼らの常套手段の交渉術だからである。とすれば被害者が吐き捨てる非難は彼の加害行動や傍若無人な振る舞いを咀嚼し、分類した後の廃棄物やおならに過ぎないのだが、彼はこれを餌にしてさらなる怒りの発散を行う。例えその非難が彼の悪口リストや自覚している自己像にはない全く新しい切り口の指摘であっても彼はそれを得ることを動機としていながらドーパミンサイクルが成立するともはや現実への再適応を忘れて「反撃」という記号でしか受け取らないため意味をなさないし、ひるむことがない。

この戦術は彼の子分であるチンピラ/デジタル思考の人にも受け継がれており、彼らもまた物事の善悪や要不要を判断できず、利益や快感の正邪を問わないので社会的評価や心と体の健康にとってマイナスになることを厭わない。彼らが貪欲で自制心を欠いているのはデジタル思考ゆえである。その証拠に彼らは利益を追求する時にはいつでも自己の重要度を二番以下に置き、パチンコ中にはパチンコ玉を、筋トレ中には筋肉を、ゲーム中にはゲームのスコアを重視する。そのために成功しても自信が高まらず利益やそれに伴う社会的評価で自信を補おうとしてますます利益追求にのめり込んでしまう。重症になるとこれを自己目的化してアイデンティティを保つ手段としてデジタル行動に設定するため、迷惑だとかやめろと言われると死ねと言われていると錯覚して激怒し、加害行動を意識してやるようになる。そうして一層非難の声が高まると権利や人権問題を持ち出して自己弁護を図るのだが、そこにはネットで説明されているような能力は見られない。

「デジタル思考―――定型のパターンや分析のスキルを活用して課題を的確に把握し、正解を導き出す思考法のこと。理論的処理に優れ、計算や情報処理を駆使して仕事の効率化や生産性の高い働き方を実現、これにより新しい価値を創造し、DXの推進に役立つので、競争力を高めたい企業に求められている人材である。ちなみにDXとはデジタルトランスフォーメーションの略で最新のテクノロジーへの転向により事業や顧客価値/顧客満足度を向上させようという運動である。ただし主な改革はデータの整理、デジタル思考の人はデータが無ければ動き出せない。」

 そんな彼らの代表的な主張に「物事を簡単に白か黒かで分けることはできない」というのがあるが、明らかにデジタル行動を死守するための言い訳で、金になるとか雇用が生まれるとか特殊な環境下に置かれた人の役に立つとか強者には従わなくては仕方がないなどの主張はいずれも行為者としての意見でこの恩恵、特赦にあずかる側の人が言えば世間は通さないだろう。現に為政者とその弁護人達も自らは敵か味方かをごく単純な理由で選別して非人道的な扱いをしていながら批判するな、褒めて伸ばせ、アイデアをよこせとほざき、暴力や犯罪よりも快感の強い仕事を与えてくれたらやめてやってもいいなどと嘲っている。・・・こちらとしてはコミュニケーションを取れない化け物には人間に関わることをやめてもらいたいよ。

 先週のレポートを更新した帰りにも物質を司る人/支配者に従わずにどうやって生活するんですかと聞く人があったが、競争や戦争に頼って他国民の生活の糧や資源を奪う指導者は創造の力が弱いのだから(親の七光り、ままごとの配役)従う必要は無いし、こういう人は盗みと強奪によってしか富をもたらすことの出来ない潜在意識の全能感に洗脳されて農民に王と部下の食料だけ作れば良いなどと命令するような奴なので人権意識が発達した世界では通用しない。コンプライアンス以前の問題だ。こういう状況下では自己組織化という働きによって国民や従業員の方が創造の力が高まっているはずなので民主主義を主張して国民側から新しい指導者を擁立して現政権の退陣を求めるべきである。にも関わらず、直面した対決を避けて悪習にへつらい、一つでも上位のチンピラを目指す人は社会貢献と自身の幸せの限界を誤解しているのである。彼らは組長の去勢恐怖に寄り添っているだけのお人好しで腰巾着として出世や成功の道を開いてもらってもどうせヤクザから足を洗うことはできない。そんな人は周囲の人々からすれば被害が少ない今こそが最善の待遇であろう。

 ※自己組織化―――生物学や幾何学の用語。雪の結晶が自然に六角形を為して成長するように個々が全体を俯瞰することなしに降した判断が結果的に組織を統制し、秩序を回復していく作用のこと。バタフライエフェクト?ビジネスにおいては従業員が自律的に計画し、課題を解決することを願ってこの用語が用いられる。ただし自己組織化を促進するには日々の信頼、コミュニケーション、当事者意識の醸成が必要と書いてあり、現状これが不可能な状態にある。

『サンデーモーニング』で日本の食料問題についてまた同じような答弁をしていたが、なぜ食料自給率が低く借金が多くて貧しい国がアメリカ産や中国産というブランドにこだわるのか。我々市民には1円でも安い商品を求めさせてブランドや健康を度外視させておきながら政府はより豊かで安く提供してくれる国から輸入しないのはおかしいのではないか。武器も明らかにぼったくりの不良品を買わされているらしいし。虚栄心で腹は膨れないし、健康も維持できませんよ。政府に健全な国会と国民の健康及び人生を放棄する権利はない。日本人の伝統や職人気質を売りにするならおかげさまの精神もアピールすべきでしょう。ブランド崇拝の拝金主義のヤクザの子分なんて日本のイメージではない。彼らは米民主党(黒)および英国ロッジ(青)の支持者であるというデジタル思考に縛られているから何を考えているのか分からないし、現在と未来とも時間の連続性が途切れているのだが、トランプ米大統領もまた自分は緑チーム(インターナショナル、労働者の国際組織)で黒と青とは対立関係にあるというデジタル思考に基づいて行動しているだけなので人々は彼が何を考えているかもわからない。

 このようにデジタル思考の対象者は覇権主義者/拡張主義者や権威主義者や拝金主義者だけでなくその取り巻きや親衛隊や軍隊や子分や支持者や模倣者もギャンブラーも薬物中毒者もワーカホリックも含まれており、いずれもその行動をボタン設定しているゆえに止められず、またこれを死守するために手段を問わない。さらに悪いことに不可能なことや困難に挑戦することでもドーパミンが分泌されるために彼らはそのことを非難されたり悪い人間であることを自覚すると2倍の快感に励まされてこれを唯一の生きがいにしてしまうという点で一致している。彼らは金にならないことにのめり込む人を自閉症とかニートと呼ぶが、むしろ金になることしかしない人の方が重度の自閉症/デジタル思考に陥っているし、自分の利益しか考えられないクセにヒーロー崇拝を持っていることで思考の連続性が絶たれている。彼らの全ての常同行動は人格障害の症状としてリスト化されており、彼ら自身も集団ストーカーの実行犯たちに統合失調症の症状に則した攻撃を繰り返すよう指示しているので、もはや心の病を分類する必要は無いのではないかと思う。実際精神医学界でもうつ病、統合失調症、各種の恐怖症、境界性人格障害、回避性人格障害、をまとめて「統合失調質パーソナリティー(スキゾイド・パーソナリティー障害)」と呼び、自閉症も学習障害、注意欠陥多動障害、アスペルガー症候群と合わせて「広汎性発達障害」と呼んでいる。要するにデジタル行動で現実に対処できなくなった人はパニックを起こして自己破壊行動に走るというだけのこと。子どもはパニックに対処してくれる親がいるので泣き叫び保護を求めるが、それができない人は行動および反応を増やすことを拒否して頑固に振る舞うのである。というのもデジタル行動が達成や技術の向上を要求する性質のものではないからであろう。したがってデジタル思考の人に同じ過ちを繰り返させることは不適切な寛容である。地上の神を含めここでも無知の弊害を及ぼしている。

統合失調質パーソナリティの症状―――家族を含めた他者との親密な関係を好まない、第一度親族以外に親しい友人も相談相手もいない(友達親子)、一人での活動を強く望み、支配的な社会規範や習慣に著しく鈍感で干渉を嫌う(趣味の時間を何より大事にする若い男性)、性的なことへの興味が薄くデートもしない、生涯独身で過ごすことが多い、身体的体験よりもゲームやパズルなど頭を使うことや非接触なアクティビティを好む、他者からの賞賛にも批判にも無関心でそれらに直面しても適切な感情を表現することができない、温かな感情や優しさを示すことも稀でしかも他人の模倣である、限定された感情しか表現できない、記憶力が良く動物好き、関係念慮(自分とは無関係な人の言動や偶然の出来事、テレビで見聞きした出来事などを自分に関係があること、特別な意味のあること、ジンクスと思い込むこと、関係妄想と同じ)、魔術的思考(他者をコントロールできる魔術的な力があると思い込む=電磁波兵器による脱水攻撃や気絶攻撃)、疑り深い、過剰な社会不安、幻覚、注意念慮(周囲の人に見張られていると思い込む=これもマドハンドがよく視線レーザーを頭に向けてくる)、周囲の人が自分を陥れようとしていると思い込む、誰かに狙われている、電磁波などで攻撃されると思い込む迫害妄想(うちの周りのチンピラ共は家のカーテンを開けられない)、筒抜け現象(自分の考えていることが他者に全て筒抜けになって知られてしまうと感じるもの。これも敵は電磁波盗聴によって実行している。自我形成の不全が原因と言うがデジタル思考による人間性の喪失も含まれるだろう)

・・・これらは最近の若者の人生観と一致する。(前半)

 境界性人格障害の症状―――自分は悪い人間であるという自覚があり、しかし見捨てられることや孤独への恐怖から怒りを溜め込んでおり裏切りや疎外感に直面すると反射的にこれを爆発させる、加害者でありながら差別という言葉を使って相手に罪悪感を抱かせたり周囲の同情を得ようと画策する(デジタル行動を続けるため。加えて自己嫌悪によっても行動の継続を正当化する)、他者への共感や思いやりに乏しく、味方は理想化して敵や裏切り者は怒りの捌け口として利用する、目標を達成しそうになると自ら駄目にすることが多い、上手く行きそうな人間関係も破壊する(岩月氏の造語「幸せ恐怖症」と一致、私の潜在意識もこれをやる)、日常的に自殺様行動を行い(狂言自殺など)、さらに罪悪感の埋め合わせや自己の身体性の確認のために自己破壊行動(破滅的なギャンブル、安全でない性交渉、過食、向こう見ずな運転、薬物の乱用、金や消耗品などの浪費)を行う、否定的な自己像を持ち人格乖離、妄想的思考、幻覚、関係妄想を伴う、ただし人格を交代するように突然人生の目標や価値観や意見、職業、友人などを劇的に変えることがあるので希望はある

デジタル思考の人は自己完結の世界観を持つので目に見えるものが全てであり、世界も人も自分も社会体制も完成されて動かしがたいものとして認識しているのでどこに配置し、どう使うか、どこに収まるかということしか考えない。ゆえに失敗することや不和を起こすことを過剰に恐れ、新しい環境への適応にも過剰なプレッシャーを感じてしまう。新参者ゆえ未熟だからできないとは考えず、理不尽な命令には耐えられてもいわゆる下積み時代には耐えられない。これには潜在意識の全能感が関わっているだろう。神が不完全な存在で世界も未熟で無知であるという主張は認めないが完結した世界で希望が無いのに現在の行動や商売を諦めて次へ行こうとしない。

さらに自閉症者が言語に障害を持っているのは自分と外界に興味がなくそれを知ろうとも伝えようともしないからであろう。車や電車の窓に映る景色を見送るように無感動に過ごし、立ち止まって考えようとしないから言葉が発達しないのである。その一方で他者の関心を引こうと彼らは嘘をつき、作り話をしてクイズ形式で正解を答えさせようと企む。これはやりたくないことを先送りするのにも有効で出題者でいる限り答えを考えなくても良い、目の前の課題と向き合わなくてもよいと彼らは考えるのである。

そんな彼らが悦に入って語る「ありのままを受け入れなさい」というセリフは他でもない彼ら自身に掛けるべき言葉である。他者の強みを認めない人が強みを追求しても化け物になるだけ、それを強みで威嚇したり詭弁を弄して生き残りを画策したところで羊の皮を被ったオオカミ以上の者にはなれない。それはたとえ半数の現代人が抱く願望だとしても願ってはいけないことである。したがって健常者は精神病に感染性があることを心得て感染対策をしながら彼らに対処するスキルを身につけなくてはならない。

 著者は人々がデジタル思考に陥った理由として狩猟採集社会から農耕社会(暦や数字や文字の使用)への転換と学校教育のデジタル方式(詰め込み教育)にあると書いているが、私はコミュニケーション自体はアナログのままだったと思う。ただ狩猟採集生活よりも余暇が増えたことで会話の機会が増え、それで口下手な人や子どもや村民の素朴な問いかけ(アナログ情報)に答えられないリーダーや親などが嘘をつき始めた。また余暇の過ごし方について老人と若者の間で意見の対立が生じ、意義のある活動をし、学習したいと申し出た若者に対して「村から出てはならない」などとにべも無いゼロ回答を繰り返し、「なぜいけないのか」を明確に説明することも怠ったために若者たちはフラストレーションを溜め込んだ。そうして反抗的な態度を取る者が現れ出すと、大人たちは「最近の若者は・・・」と愚痴を零すようになったのだろう。これは大河ドラマや韓国ドラマなどでお飾りの王に対してその擁立者がこぼす愚痴に通じるものである。「大人しくしていれば平和に安全に王位を全うできるものを・・・」現代につながる教育のデジタル化も子どもたちのなぜに答えられないまま親子関係、教師と生徒の関係、上司と部下の関係そして政府と国民の関係を形式的に続けてきたことに端を発していると考えられ、反乱防止と従順な兵士/臣民の育成に重きを置いたために時代はデジタル認知への矯正を強化し続けてきたのである。。

ために学校も家庭も精神的に病む率が高い空間となった。文部科学省が提示するデジタル情報と生徒たちが発するアナログ情報がせめぎ合う場だから。そして社会が望む几帳面、仕事熱心、律儀、時間厳守といった人間像はうつ病患者の性格と一致することになり、上位者がもたらす理不尽な命令や抑圧、不正行為、虐待を受け入れるばかりの国民性が作り上げられた。

「学校という閉鎖された空間で他者から間断なく身体の侵襲(服装や髪型や持ち物の制限、全体責任、体罰)を受ければ人間はいわば肝を抜かれた状態になり人間らしさを失っていきます。そして不条理な仕打ちに怒り反抗するよりも相手の言うことを全て受け入れてしまうほうが楽だと思うようになるのです。なぜなら少しでも不服従な態度を見せればなお一層の仕打ちと要求がなされることが分かっているからです。そして自己を透明化して何も考えないようにすることが事故の尊厳を守るたった一つの方法であると思うようになります。その限度を超えてしまうと最後に残るのは自死です」。―――これを読むとXJAPAのNTOSHIさんの過去を再現した映像で宗教団体の幹部らから執拗な恫喝を受けているシーンを思い出す。軍隊の訓練や強豪スポーツチームやブラックな会社の再現映像でも度々見る。また過激なダイエットや整形手術を自分への暴力と認めるならば身体的特徴を否定し続けること、られることでも人は人間性を喪失し、暴力的になると分かる。さらに貧困も社会という閉鎖された空間における身体への長期の侵害であろう。よって大国による敵性国家に対する経済制裁も国家元首だけでなくその国民の人間性を剥奪する点で大罪である。人々は軍事力を持たないゆえに怒りを悲しみや服従に振り向けているが、常に怒りのはけ口を求めていることは想像に固くない。日本の学校でクラスメイトと競走するのをやめて仲良くすることを規則としたためにネットいじめが始まったのと同じこと。教育委員会やポリ公や地域を取り仕切る右翼団体はこれに対しても規制を強化して監視カメラを増設したり授業の盗撮を正当化したりしてさらなる身体への侵略を進めるが、人間性を剥奪して社会的規範に従わせたところで進んで人間性を捨てた彼らとの同化を求めているだけである。事実「大人しくしろ」は犯人を拘束する時に言うセリフではないか。これは今からお前の自由を奪うと宣言しているのである。彼らが使う同調圧力にしてもほとんど常に人の自由を奪い、良心と自由な思考を奪い、悪い状態に引きずり込むことを目的としている。「大人しくしろ、物を考えるな、疑問を持つな、戦争に反対するな、みんなが残業しているのに定時で帰るなんて」。自分の置かれている状態が気に入らないなら自分を変えればいいのにそのための戦いから逃げて道連れを作ることによって自尊心を守ろうとするなんて姑息すぎますよ。「人は自分に嘘をついている時には相手が精神的に病むことでしか付き合いを深めることができないし、回復を望まない」。私は集団リンチを受け続けても上記のような心理には陥らなかったし、彼らのような外道に屈しやしない。

 しかし現代の若者たちは何でもかんでも仕方がないと受け入れすぎている。物価高も就職難もブラックな労働環境も薄給も親の離婚や浮気も政府の売国もポリ公による虐待も裏金も暴力団やカルト教団や暴力革命団体の存在もケルト人の侵略もジャンクフードもヤマトと佐川のスパイ活動もGoogle検索やLINE、メールなどの情報収集も無条件に受け入れ、一方で政府が公文書の開示を拒み、または黒塗りで提出することも許してしまう。こういう矛盾した対応が思考の連続性を絶ち切って柔軟性のないデジタル思考に固定してしまうのである。そして諦めの代償、代替行為として複数のセフレを作ったり、リベンジポルノをしたり、いじめをしたり、闇バイトに応募したり、ドラッグを使ったり、成功の偽造に加担したりして自ら悪徳に染まり人でなしどもとの同化を図ってしまう。しかもことごとく模倣の行動。(デジタル思考の人はデータがなくては動けない) それをチンピラやポリ公やマスコミ、米軍らが嗅ぎとって反論を諦めながら諦めた後の世界を生きようとせず、抵抗を続けながら世間に同情を求めて「お前達にも何かを諦めてその代償にと非人道的なことの一つもしたことがあるだろう?」などとほざくのだ。つまり若者たちは間接的に彼らのアナログ思考化戦略にハマっていると言える。そしてこれに励まされた彼らはより大きな悪徳をやるために小さな悪徳を重ねて自らを窮地に追い詰めるようになった。

 若者たちがタイパ、コスパを言い出したのも代替行為に時間を割きすぎたからで将来に希望がないと嘆きながらプライベートの時間に仕事のことなんて1秒も考えないし、斬新な企画を提案して一発当ててやろうという意欲もないのではないか。仕方がないの先に希望は無いよ。大学生へのアンケートでも女子学生は努力して人生を好転させようという意欲が高いのに対し、男子学生は社会的規範に従いやすく打たれ弱い性格から目の前の障害や潜在意識との戦いに臨まず、他者と関わらずに個人の内面的な生活を充実させたいと答えている。それで正統派の幸せや勝利や能力を認めず、グループLINEでそういう話をすると友人でさえ気分を害してハブることもあるらしい。(男女とも) ・・・それじゃダメでしょ。

 私の理想としては私のレポートの内容が話し合いの中でポンポン出てきて一つの結論に到達すること。アニメオタクや『EIGHT JAM』のミュージシャンたちのコメントには見られるけど一般的には一人が話した方がすごい考えが出てくるというのがセオリー化している。しかしそれではいつまでも会話や話し合いの価値が高まらない。特にチンピラは内容を用意しないまま評価を求めて発作的なアクションを起こし、それは怒りというリアクションしか生まないと言い聞かせても構わず同じことを繰り返してくる。投げるボールの質を考えろよと言いたい。自己肯定感が低い人も返球に誇りを持てないことが原因だとしたら倍速でドラマや映画を観て予習するくらいでは解決しないと思う。そこに熱がなくては面白くならない。彼らは一つでいいからボールを磨くべきだね。するとその一つが発する光が他のボール/言葉にも良い影響を与えるから。

 この本とネット検索における「アナログ思考」の特性には共通点があることから人は本来アナログ思考で産まれてくると信じたい。

「アナログ思考―――ものごとを感情的に捉え、個々の情報の詳細よりも全体の雰囲気を把握して伝える能力に長けた思考法。情報に連続性を残しているので微妙なニュアンスまで伝えることが可能。直感的で協調、調和、道理、人情を重んじる。指図や指示がなくても臨機応変にかつ迅速に行動することができる。人の気持ちに敏感で人を喜ばせることや手伝うことを好む。デメリットは物事を深刻に考えすぎるゆえに課題や心理的負担を感じやすいこと、またアイデアや対応が安全性や正確さに欠け、復元しづらい」

 「狩猟採集民の時代、人々は主にアナログ的世界の中で生きていた。彼らは自然と共生し、地位や身分といった階級がないゆえに秩序・規律を持たない一方で親切・寛容・思いやり・誠実といった美徳を持っているこうした特性はアナログ的人間関係の中で生きていくための必要条件」だった。

 物事をポジティブに変換して受け取る作業もデジタル情報のアナログ化処理。つまり当たり前と思っていることやムカつくことに感動することで無感動な生活を変えようという試みだ。金儲けは感動をなくす作業、ただ忙しいだけではそれも当然か。絵を描くことさえ感動を削ぎ落とす作業だそうだから。「そこで描写力が足りないからだと思ってさらにデジタル的に描こうとして写真のような絵を目指す。それは綺麗だが美しくはない。風景をノイズ化していないことが問題。子どもの絵が面白いのは自分にとって意味のあるものだけを描いて他の情報はノイズ処理しているから」。子どもや若者がミュージシャンなどの創作活動やYouTuberに憧れるのは自分の感動を増やす仕事(それで人に感動を与えられたら儲けもん)だからだろうが、サラリーマンの仕事でも感動を増やす努力をするべきだ。それには利益至上主義から離れなくてはならない。

 自然を畏怖し、敬えば感動をもらうことが出来る。しかし人間を絶対視してヤクザや社会不適合者を畏怖しても却って日常の感動を平和や幸福や感謝とともに奪われるだけだ。人間を絶対視すると人生に感動がなくなる。それで生きていることに感謝せよと言われても無理な話。しかも感動をつぶやいたらウザイと言われるんだから地獄だね。利益もデジタル情報なので感動を生み出さない。だから際限なく求めてしまう。衝動を抑えるにはそれをアナログ処理して感動に変換しなくてはならない。興奮は緊張で感動は弛緩である。私達は弛緩することで物事に一区切りをつける。そして区切りがつくから次へ行ける。自分をコントールできる人は区切りを作る方法を心得ている人である。例えば食事においても美味しいとか幸せと口にしながら食べるとそれが区切りの行動になるが機械的な摂食行動や新商品の審査などでは区切りにもご褒美にもならないだろう。また勝利を区切りにできない人は犯罪者と同じく敗北を区切りとしなければならない。

アナログ思考の人は失敗した時だけでなく成功していても気分やひらめきや他者からの助言によって変化することを厭わない。しかしデジタル思考の人は年中同じ格好、同じ食事でも構わないし、当たり前と思ってそれを受け取るので常に無感動である。だから区切りが付かない。

批判は学習意欲の高い人の人間性を剥奪してその意欲を無くさせてしまうが、既に人間性を喪失して間違った人格(軍人精神)やデジタル行動に依存している人には破壊と再構築の手段となる。飴や金銭報酬や娯楽で人をデジタル的に変えても自律した行動を促すことは出来ない。むしろ報酬に依存したデジタル行動を増やしただけだ。対して私は非暴力とアナログ化と社会体制の進化の道筋を示すことで人々に自律的な変化を求めている。

 日々に感動しましょう、そしてクソつまらないデジタル情報をどんどんアナログ情報に変換してその廃棄物をどんどん吐き出してしまいましょう!私たちはいつでも世界を感動に満ちた空間に変えることが出来る。幸福に手を伸ばしましょう!

アナログ化の条件―――記憶の編集(情報も)、世界を意味付けて捉える、一を聞いて十を知る(過去・現在・未来の連続性を考える)、ノイズ化(情報の要不要の選別)、共感性

 デジタル思考とアナログ思考は統合と細分化のサイクル運動によって共存し人類を発展に導くとすれば統合されるべきデジタル情報に属する権力者は統合を拒否してはならない。彼らはアナログ的存在/集団が仕事や概念を細分化した時にのみ存在を許されるつなぎ目を守る存在であり、統合の必要に迫られた時には直ちに組織を解体しなくてはならないのだが無知な人類は権力者に譲歩し過ぎてアウフヘーベンのサイクルが停止して腐敗した社会でさえ刷新できなくなっている。なぜ現世は統合に逆らう人間および神を処罰する役職を設けずに人間を騙しているのか?

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