人は情報を検索しても考え方を検索しない
4/30 水曜日
今週も大仕事になるぞ。スポーツ心理学の本から人生のスランプからの脱出法を語ろうと思ったが、進化論と適者生存という言葉を見るとそのための妨害を取り除く必要を感じたからだ。潜在意識から自立することもできず赤ん坊のように振る舞う中高年を甘やかし、人々はそんな彼らに自己の生存を委ねてまるで男性の家事や育児に対する態度のように他人事のように生きている。さらに赤ん坊を非難して命と向き合えと叫ぶと議論を避けるばかりでなく場の論理に加わって疎外する。反社、チンピラ共に至っては思考停止状態を生きているとし、何事かを思考させられることを生存の危機と認識しているように見える。こんな社会は明らかにおかしいし、この状況下での自立やスランプからの脱出は困難極まりない。
そもそも適者生存とは進化の仕組みを指し、『きずなと思いやりが日本をダメにする』(長谷川眞理子、山岸俊男対談)によればある個体に発生した突然変異がメスの好みに合って繁殖に成功し、その形質を好むメスの数と比例して種族の中で一定数を確保すると「進化が起きた」と判断される。種の大多数を占める形質を持つ個体も適者ではあるが、もう一つの性淘汰の仕組みであるランナウェイ仮説によればいくらメスにもてはやされてもその形質を発達させ過ぎて生存に不利になるとランナウェイ過程は止まり、繁殖に有効な形質ではなくなる。人間社会で言えば少子化問題が起こっているということはこれまで女性が結婚相手として選んできた金持ちや公務員はもはや繁殖に有効なステータスではなく新しいステータスが求められているということ。否、社会が求めているのは職能であって人物ではないことを再認識しなくてはならない。新参者がおかしいと感じているのに自分が正しいと信じてその声を握り潰し、立場を利用して自分のやり方や考え方を押し付ける。挙句それをパワハラだと非難されると誹謗中傷だとカウンター訴訟を起こして被害者面をする。このような精神状態の人に社会が求める職能を全うできるはずはなく自分がこなしやすいようにカスタマイズしているに決まっているのだからこの逸脱に対する性淘汰を起こさなくてはならない。しかしスポーツ心理学者の佐藤雅幸氏は『人は、なぜ負けパターンにはまるのか?―泥沼から抜け出し「勝ち」をつかむ心理学―』(ダイヤモンド社)で高校時代に名を馳せた選手が大学に進学すると場の論理に狂わされて活躍できなくなると書いているし、和田秀樹氏は『<疑う力>の習慣術』(PHP新書)で理論や学説を絶対視する人は現実を軽視して理論通りにならない現実のほうが間違っていると考えると書いている。またそのような心理を「認知的不協和」といい、自分が信じたことと一致しない情報を不快に感じてこれを避けたり自身の心の声さえ打ち消してしまうという。
これは初期症状としては情報化による自惚れ、視野狭窄であろう。私の推測ではかつて原始人は他者を尊重し、獲物に敬意を評し、自然界に運命を委ねていたが、人口増加によって大脳新皮質が一度に管理できるキャパを超えたことで他者を情報化することを覚えた。それをきっかけとして他者や獲物への敬意が薄れたために武器の強化が起こり、自己の安全保障のために神を創り出した。精神分析学者コフートが提唱する自己愛を満たす3つのパターンによれば同じ神を信仰することはこのうちの「双子」という要素を満たすからである。他の二つは「鏡」(自分のことに注目して褒めてもらったり変化に気づいてもらえることで満たされる自己愛)と「理想化」(自分の不安を取り除いてくれる頼りになる人や神のような人と同行することで満たされる自己愛)である。ちなみにイギリスの人類学者ロビン・ダンバーが提唱したダンバー数によれば人間の脳は150人規模の集団に対応するために発達したと推計している。よって組織の規模も最適なのは150人以下であり、それ以上の人は社員でもフォローしているアカウントでも情報化して見ているに過ぎない。それはヌーの群れが「薄め効果」を狙って捕食者から身を守るために群れているのと同じく個体同士の関係性はほとんどない。犯罪者の集団も同じだろう。人間は自分のことさえ情報化してしまうので真実の柱を見失いやすく、ために拠り所となる人、物に依存しやすい。それがまた絶対視を生んで閉鎖的な世界観を強化してしまう。
(『疑う力』より引用)「マスコミの世界でも日本では大学を卒業してすぐに大手新聞社やテレビ局に採用されて記者となり、記者証ひとつでどんなところへも取材に行き、若くして番記者となって政治の中枢の人と接することができるが、これにより自分も偉くなったような気になって勉強をおろそかにするようになるばかりでなく、自己愛を満たしてくれる政治家に忖度して彼らを疑う力を失ってしまう」。
これはリスキー・シフトという集団心理の原因にもなるだろう。つまり一人で判断するより集団で相談して決めたことの方が向こう見ずな結論を出しやすい。
しかし学説や理論というものは学問の進歩とともにどんどん書き換えられていくのが常識であり、和田氏も「知識というものは増えれば増えるほどバッティングするものである。自然科学の場合は比較的すべての知識に整合性があるが、人文科学や社会科学では知識が増えるほど対立する理論がたくさん出てくる。それらを頭から排除していては進歩はない。対立する理論を利用して自分の信じている理論を疑ってみることによって自分の理論はさらに磨かれていくのだ」(ときには自分の理論を撤回する勇気が必要になることがあるが)」と書いている。さらに「秀才と言われる人ほど“そうと決まっていること”を覚える能力が高いので疑う力が弱い。官僚や公務員の多くは前例主義を取り、自分たちの行っている行政手法に疑いを持っていない。仮に疑問を持ったとしても場の論理に屈してなるべく自己矛盾が起こらないよう疑わない習慣を身につけていくようだ」(それが犯罪でも)。
・・・彼らは明らかに適者ではないだろう。私の家の周囲には少なくとも7人(+偽軍人とヤマト)のジャンキーが居るが(同じタバコを吸って同じ咳をする)、彼らをドラッグが合法化させるまで匿い、後付けの合法化で免罪するのは差別でしかない。適者生存は差別政策ではない。しかしこういう不適格者にも配偶者があてがわれ、しかしお互いに興味も愛情もないので四六時中私の家を覗いて犯行現場から発作的に飛び出し、機械的に連携を取って私の頭や体に殺人レーザーを照射し続け、スパイ車両をガレージからガレージへ移動している。ヌーの群れだ。月曜日にも私がシュウ酸の摂りすぎ(ブロッコリー、ナッツ、チョコレート。口臭の変化を感じて間もなく)と大掃除による呪いによって胃を痛めて(+頭痛、発熱、悪寒)一日動けなくなると10時半から23時18分まで7回も気絶攻撃を仕掛けてきた。学者の頭を撃つなとこれまでに何度も言ってきたのに暴力衝動と誘惑に勝てない。さらに翌日体調が戻ると弱っている姿が忘れられず胃炎の回復を阻害しようと執拗に腹にレーザーを集中させてきた。彼らも武器によって私を気絶させたりトイレに行かせることができるから自分は正しいという関係妄想によってしつこく代理自殺に逃げているに違いない。「怒りとうつ状態も疑う力を失わせる」。
人類が言語を獲得したことによる弊害を挙げるなら現実や進化に対応できない社会不適合者が嘘や詭弁を弄して生き残ることを可能にしてしまったことだ。
私の町内でも場の論理では集団ストーカーが認められた地として保護されているのかもしれないが、個人を見れば私のようにこれを廃絶するために進化を起こす人材が誕生し、育っている。国家や大企業にもきっと悪習を絶つための突然変異種が存在しているはずであり、だからこそ政府が発狂して戦争を起こしてもまともな国に復興できるのである。これが政府主導の復興事業なら利権まみれなので我々が活躍する余地はないが、彼らが出しゃばらずに金だけ出すようにすれば国民はいくらでも国を良くすることが出来る。―――しかしそうした動きが起こらないのもまた国民が150人以上の人を意識から外して生活しているからであろう。人はたとえ同じグループに属していても相手が自分のことを仲間と認識しない限り協力的な行動を取ろうとしないからだ。あるいは自分の生存に有利になると判断しない限り。
しかし協力行動を取らないという点では特に男性は結婚生活において家事や育児に協力しない。それも自己の生存に有利にならないから?私の推測ではパートナーが自己愛を満たしてくれる存在ではなくなったことと相手を情報化してしまったせいだろうと思う。というのも「人のことを考える」には現在の感情を推し量ることと未来の幸福を考えることの二通りあると考えるが、女性は現在の感情に縛られている嫌いがあり、自分のことを話す時も人の話を聞く時も相槌を打つ時もとにかく現在の感情に寄り添おうとする。自己愛の回復を促している? しかしコーチングの基本は現在の状況とその原因を聞き出してそれを自覚させた上で「どうすればいいと思う?」と尋ねることで問題の解決に導く。これは男性的な会話の進め方である。一方女性の会話は問題解決に向かず、友人が振られた時も「〇〇ちゃんは可愛いからすぐ新しい彼氏が出来るよ!」と無責任な励ましをするだけなので男性の相談相手になれず、その延長で日常会話さえつまらない、頭が悪いと思われてしまう。女性との会話が苦手な男も「どう受け答えして良いかわからない」と答えている。ために女性自身も恋人や職場の男性社員との会話に苦手意識を持って自分に自信が持てず、自己アピールやプレゼンに消極的で恋愛でも受け身になって推しの強い悪い男に支配されやすいという悪循環を生み出してしまっている。女性には性淘汰という武器があるのになぜ社畜や悪党の伴侶や売春婦などに甘んじているのか?これを改善しないことには社会は一向に良くならないだろう。単純に悪政下では政治家や公務員や大企業の経営者などの結婚率を下げてやることが何よりも強い批判になると思うんだけどな。男女同権の職場環境を確立するためには男性と対等の議論ができるようにならないといけないし、共感ばかり示していても配偶者でさえ150人の中に入り続けられないのだから完全に戦略を見直す時だ。現在の感情への捕らわれを克服して未来志向に頭を切り替える必要もあるし、批判精神を養うために統計を調べるくせを付けるのもいいかも知れない(自身で理論を構築できないなら)。政府の委員会にも出席されている長谷川眞理子さんも「政治家や役人はすべての社会問題の原因を客観的・科学的に捉えるのではなくて安易に心に求める傾向が高い。さらに社会の作り方を変えようとしないでお説教や心構えで解決しようとするので腹が立つ」と仰っており彼らもまた現在の感情に縛られて未来を見られない精神状態にあるので統計を武器に女性が付け入る隙は十分にある。子どもができてからの男性の逃げ口上も穴だらけでしょ。なぜ家事や育児から逃げるのか今の私には分からないけど苦手と思っている段階から本性はそうなんだよ。ビビる必要は無い。それに幸い、人口減少によって生産が消費を上回るパラダイム・シフトが起こりつつあり、生産性向上を第一義とする働き方を転換せざるを得ない時期に来ているので数字偏重の人でなしにならなくてもリーダーシップを発揮することは出来る。単純に女性をパートナーに据えて社会体制や会社を作らなければならないという制約があるならば最大効率、最大利益を目標とした会社経営は無理があるし、家族経営のように風通しの良い職場で言いたいことを言い合って喧嘩しながらも明るく無理のない、仕事の充実を第一義とした環境を作り上げるのが自然なことだと思うし、それで生産できる量で満足するべきなんだ。そして新参者が感じた実感や違和感を疑わず、進歩を恐れず、二の足を踏まない。自分の家の匂いは分からないと言うじゃないか。死体を家に隠して平然としている殺人犯だって鼻が慣れればその事を忘れて暮らすこともできるが、他人が入れば一瞬で分かる。自分が気づかないことに気づかせてもらうために他者がいるという原点を忘れてはいけない。
恋愛はドーパミンに翻弄されて我を忘れた状態という定説があるが私はそうは思わない。人は恋人を通して自分を総点検し、そんな私を愛してくれる人がいる能登を実感して自己愛を満たし、かつ相手の視点やスキルを学んで自分を磨く。それを厳しい親やコーチの監視下ではなく恋人との甘い時間、幸福な時間の中で行うことの快楽が楽しいのだ。岩月氏も男性側のセックスはこれまでの生き方の審査をされるようなものだと書いている。女性は恋人に本当の自分を見破られたら嫌われると思っているらしいが、親にも友人にも隠してきたことをパートナーにだからこそ打ち明けて呪縛や停滞から解放されることも恋愛の喜びのひとつではないか。恥を捨てるのは分娩台の上じゃない。男性側もパートナーに仕事の相談を始めてみれば同僚と飲み歩くのとどちらが有益かに気づくんしゃないかな。方や会社の方針だから仕方が無いと言ってあなたの能力や可能性を信じてくれない、バックアップしてくれない順風の友、方や病める時も健やかなる時もあなたを支えることを誓い、あなたの能力や性格を生かした仕事ぶりで会社に認められることを願ってくれるパートナー。必要とあらばアイデアも惜しみなく提供してくれるだろう。それが彼女の問題解決力や会話力の向上にもつながる。さらにそうして二人三脚で高め合う関係、自己愛を満たし合う関係を築いておけば子どもができた時にも自然に家事分担くらい決められるだろう。そしてこういう関係が子どもとの間や同僚やママ友との間、さらに地域社会との関係に広がっていくことで新しい「恋愛観」が確立する。これこそ未来志向の恋愛だと言えよう。薄っぺらい「今」をいくら積み重ねたって絆にはならない。
「突然変異はすべて個体単位で起こるのでどんなに有利な形質を持っていてもほとんどが消えてしまう。でもその形質を持った個体が繁殖することに成功してクリティカル・マス(臨海質量)になるまで広がるとそこで新しい種が生まれる(定着する)。よく誤解されるんだけれども民主主義の多数決原理とクリティカル・マスの原理は似て非なるものです。その集団の中で多数派を占めなくても一定量を超えれば環境そのものが変わってくる」からです。「組織の意思決定もファッションの流行も少数のしかし主要な集団によって行われている」
・・・さらに自分の意見を足したいがここで止めるのがベストのような気がする。資料も忘れた状態で書いたんだよな。
15:03~:09 脱水攻撃開始。ヘリ、戦闘機、偽軍人。ジャンキーに言葉は通じない。自分を情報化したなら後世の自分が選ばないであろう自分の遺伝子なんてさっさと廃棄してしまえよ。他者を出し抜き利用することまでしか考えられないのはチンパンジーやゴリラの知性である。

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