5/7水曜日
10:27~:38,:55,11:00,:20,13:49 嵐山に出るとヘリが空爆を仕掛けてくる。命の私物化。権力の暴走と犯罪を抑止するために社会寿命制度は必要なのだ。→トイレ後、再々チャージに出てきてパンツレーザーの出力を上げる。
前回来たとき2トンか4トントラックが河原の往復を繰り返していたが案の定自転車道に電磁場が張られている。桂川の南部でも彼らは去年同じことをしていた。
11:44,12:07,:19,:29,:34 再チャージ完了。脱水攻撃再開。加えて入力障害。意味の無いことでしか安心できない落ちこぼれはもういいから。自分の利益、自分の生存しか考えないから克服の対象にされるんだよ。
12:49~:52~:53~13:02~ 徘徊老人がヘリがパンツにロックオンしたレーザーを再利用して脱水攻撃。そしてしつこい。1111111
今週は進化について考察を深める。
犯罪者は草食動物タイプ、すなわち単に生存を有利にするために集団を形成している人々から発生し、群れに紛れて延命を図る。したがって人間社会の秩序は捕食者タイプが執り仕切るのがセオリーであり、彼らが繁殖しすぎたり、権利の拡大を求めて増長したり捕食誘発行動を取ることがあれば速やかに自然淘汰/適者生存/イノベーションを起こして社会の質を高めなくてはならない。地上世界でも地獄でも囚人の更生が進まないのはその監督者が餌ランクだからであろう。日本では平安時代から鎌倉時代に移行した時と明治維新が起こった時に「秩序は時の権力者によって作られるものだろうか?」との疑問を持つ機会があったが日本人はこれを活かせなかった。ために彼らは悪人を制圧せず、死にたがりを殺さず
、正義を立てず、変化の芽を保護せず、改善を実行する者に金を与えず、その効果を無視と屁理屈と座り込みによって発現させず、抵抗のための暴力ばかり無条件に効力を発揮させるなど全ての判断や対策において問題の解決とは逆のことばかりしている。進化に対する認識を誤解して命を私物化するから間違えるのだ。
先週書いたように進化とはそもそも生存に不利な環境を克服するために形質や生活習慣を変化させることである。動物の世界では競争を回避するために夜行性に転じたり、あえて毒性のある餌を食べたり、体の大きさに似合わない植物食を選んで一日の多くを食事に費やしたりする。雑草でも周囲に背丈の高いライバルがいたら翌年にはより高く成長して日を浴びようとする。うちのドクダミでもすねから膝下のあたりまで背丈を伸ばしている。人類も初期の種族は自然環境に適応していたが、恐らく農業を始めた時に自然を克服すべきもの、自身の生産活動を妨害し、収穫物を奪う動物や他者を敵と認識し始め、これらの克服を通して生活環境をデザインするようになった。これが人間社会の始まりである。同時に他者や獲物および家畜を情報化して認識するようになり、それらの命を公共物とし、自身の命を私物化することで生存及び繁栄への執着心を持つようになった。その後、病気(人、作物、家畜)も克服すべき対象になったが、命の私物化の第一人者である国家もまた克服の対象である。したがってそれに従わない突然変異種が生まれ、学問や宗教(や物語)が誕生した。『きずなと思いやりが日本をダメにする』では「進化に目的はない」と書かれていたが、私は突然変異をひらめきと認識し、そこには生物の確たる意志があると考える。また新しい形質の広がりについても生殖活動による遺伝にのみ頼っている訳ではなく、個体同士の情報の伝達によって一斉に広がる仕組みがあると思う。例えば植物はある個体が食害されると匂い物質を分泌して周囲の仲間にこれを知らせ、防御行動を取るよう促す(苦味成分を分泌して不味くするなど)し、先のドクダミも一つだけ突出して背丈が伸びる訳ではなく翌年に一斉に背を伸ばした。こうした機能は動物にもあると思われ、人間社会では進歩(オートメーション化や情報過多など)についてこられなかった個体を発達障害とか自閉症と診断しているのだと思う。ただし人間社会では寿命が長すぎるために生きている間に進化することを求められるので社会習慣や体制が常に正しいわけではなく、特に若者の生存や繁殖に不利になれば克服の対象となる。人類はこのことに無知で命の私物化と他者の公共財化(情報化)に傾倒しているゆえに圧政とか右翼団体の暴力が野放しになっているのである。→12:07無知な抵抗。責任も取れないくせに。年功序列なんか信じているこういうアホ丸出しの権威主義者がその場しのぎの生存を求めて社会不適合者の為政者を支持するから環境の悪化や悪習を改善できない。人類は自然の公共財化によって環境破壊をほしいままにし(焼畑農業および金属の精製および加工のための森林伐採、鉱山開発、火を使ったほかの四要素/風、水、土、金の汚染)、他者の公共財化によって殺人および奴隷化を恣にしている。しかし人々は為政者が考えを改めれば社会は良くなるはずだ、科学技術が発達して為政者が方針を改めれば、あるいはA.I.が発達して為政者に間違いを指摘すれば良くなるはずだと無邪気に信じている。実際には社会環境の悪化に付け込んでその元凶どもが監視体制を強化したり、金儲けを企んだり、安心、安全を求める人々を騙して金を巻き上げたり、生活保護や特別手当を騙し取ったり、法律を改悪したり、クーデターやテロを起こすよう唆したりしているのに。それもマルクス主義の資本家どもが下部構造を変えれば文化も人も思い通りに変えられると信じてやっているのだが彼ら自身が克服の対象であり、進化の妨害者として君臨していることに気づいていない。
進化の観点から考えれば弱者救済は彼らに進化の可能性や芽があると期待すればこそ保護しなければならないのであって現在の体制に従順で外の世界を見ようとせず、学問や見聞を深めようともしない怠け者や利己主義者を保護することはむしろ為政者が進化に対抗するための買収であって社会福祉ではない。種の繁栄に対するテロ、第一級犯罪である。老害に武器を配りまくっているポリ公と米軍などは明らかに進化の妨害者で、そもそも常備軍を作ること自体進化への抵抗である。我々の人生には最盛期と最後にこのような落とし穴があることを知らなくてはならない。
ハンディキャップ理論と権力の終身雇用のために老人を延命させても皆が四六時中怒りを溜めてその矛先を探す社会を作っただけ、当の老人でさえ生かしてもらったことに感謝もせず怒りの矛先を探して一日をドブに捨てている。持て余すなら断ればいいのに。彼らは他者にとって害になることが種の繁栄を促すとでも思っているのか?お前らを私的に罰する権限を与えなければ意味ねえよ。
男性の嗅覚で新しい種を生み出し、女性の嗅覚でこれを繁殖させる。そして男女それぞれが彼らの価値観をコピーすることで進化は成立する。人々の嗅覚が鈍く、感情のない職場でその場しのぎに徹していればチンピラがはびこり安全保障のために物を言わない社会を作り上げるだけだ。そして感情のない環境を好む奴に限って新参者や余所者が感情を表さないと気味悪がって攻撃する。自分は手の内、心の内を明かさないが他人のことは全部把握しておきたい。私はこういう人たちのことを知りたいと思わないので感情と一緒に関心も消すことにしているが、それは彼らの流儀には合わないらしい。要するに彼らは私一人に退屈な場の空気を変えると共に自分たちの利益になるアイデアをもたらしすことを求めているのであり、それが叶った時、雇った甲斐があった、仲間に入れてやろうと考えるのである。企業が期待する「即戦力」や「新しい風」というのもそういうものだろう。ちなみに長谷川眞理子さんと山岸さんの分析によれば最近の企業は新人を育てすぎると他のより待遇が良い会社に引き抜かれて損をするから育てるのをやめて即戦力を求めるのだそうだ。(何言うとんねん) メンバーを固定して閉鎖的な世界に引きこもっている人たちは自らの禁止事項/タブーという負の暗示との闘いによって勝手に疲労して変化に対応出来なくなっているのである。というのも人は負の暗示に影響されやすく、「〇〇してはいけない」と言われるとそれをしたくなり、勝たなくてはいけないと焦るほどミスや過ちや愚策に引っ張られ、眠らなくてはいけないと思うと眠れなくなり、緊張してはいけないと思うほど緊張してしまう生き物だからである。しかも深呼吸をして落ち着きを取り戻す必要がある時に限って時間に追われている。そしてその反動で一人暮らしの家に帰ると何もしたくなくて、何にも縛られたくなくて家事を疎かにしてしまう。そんな彼らが変えるべきことはプライベート空間にべき論を持ち込むことではなく職場の空気を自ら変えることである。それは頭から全体に呼びかけてやらなくても自分のポリシーとして個人的な精神の健康のために惰性でやっていることを丁寧にやるようにすればよい。そうして自分一人だけでも倦怠感や停滞感から抜け出せれば元気になったあなたの姿を見て真似しようと思う同僚がでてくるかもしれない。外部の人間には楽しくなければ認めないというスタンスを取りながらつまらない身内が作りだす空気に従っているなんて矛盾している。自分に正直に生きているとはいえない。彼らはどうせあなたが彼らの流儀に従ってもあなたのことを認めやしない。日本人がイメージする典型的な師弟関係や父子関係を見れば分かる。それが年功序列神話のせいか、天皇崇拝による科学や精神の進歩の否定のせいかは知らないが特に日本人は他者の成功や幸福を認めない度合いが強いらしい。そしてそんな脅しや同調圧力に屈し、落ちこぼれの彼らに同情してしまうセンチメンタルな性格を「日本人らしさ」と信じているうちに成功や幸福に転がり出す良い変化に対して鈍く、トロくなり、意地を張って現実逃避を続けることに安定を覚えるようになってしまった。日本でオタクや研究者や職人がどこまでも趣味や仕事を追究できるのも日本人が彼らを停滞していると見なし、かつその功績や新発見を認めないつもりでいるから、つまり下に見ているからである。私に対する右翼団体の対応も勉強している間は無駄なことをしていると馬鹿にして見ていながら、いざそれを形にして発表すると慌てて迫害に乗り出し、レポートの作成だけでなく情報収集やそのためのツールにさえ必死になって攻撃を加えるようになった。(これは本に書いてあった情報だが)政府や世間が少子化対策を講じながらシングルマザーを保護しないのも彼らの流儀から外れているからである。彼らが矛盾を抱えてまで「流儀」にこだわるのは村八分の効果を高めるためであるが言い換えれば彼ら自身が社会不適合者に転落しつつあることを自覚しているからであろう。グローバル社会などの流動的な世界では生き残れないから身内で集まって抵抗する。彼らが焚き火動画や動物動画、大食い動画(他人の食事)などを見るのが好きなのはそれが意味の無い行動だと思うと安心するからである。しかし彼らが社会不適合者を自覚しなければならなくなったのは自ら設定した禁止事項に飲まれているからであり、自らが作った箱に収まって「他者」を排除した生活を送っているせいで人前に出ると上がってしまうからである。(内弁慶)『サルとヒトのあいだ』から例を借りれば軍隊教育と同じく自身の身体に規制を掛けて人間性を喪失したことで人格障害によって社会に適応できなくなったからである。さらに言えば進化のプロセスから降りて人や偶然を好きでいる努力を怠り、他者を公共財化して仕事を合理化しすぎ、他者の進化、成功、幸福、安全の妨害者になるから克服の対象にされるのである。たとえ人間も与えられた箱に収まって生きることを余儀なくされているとしても性格が悪いやつの遺伝子なんて残したくないということくらい声高に主張するべきである。
自分自身への興味・関心をなくした人はもはや反発や不満にしか意識の置き所や使い道がないらしく、酒やドラッグをやるのもその効果が切れたことに反発するためではないかと思われる。したがって彼らにとって薬は切れてもらわなければ困るのだ。彼らがその対象を人に向けた時の厄介さにもう少し世間は警戒して被害者に同情して欲しいものである。そして社会寿命制度にご理解を。私は彼らへの救済案としてもこれを提案しているのだ。人類は自らの生活環境をデザインする動物なので基本ネガティブで差別主義的な適応に徹する政治にも社会寿命を設定するべきで無知を露呈した政権は直ちに返上させ、抵抗するなら解党さえ命じるべきである。人類が正しく進化の道を歩み、いつの時代も等しく幸福に暮らせるようになりますように。

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