まとめてつぶやき1077 自分の役割を知る

5/20火曜日

11:07~ レポートの作成を開始。

 社会生活に必要なのは「何がしたいか」ではなく「何ができるか」である。それは同時に「人をどう扱いたいか」ではなく「相手の能力を引き出し、長所を守るために何ができるか」ということでもある。自分の役割を理解していない人はこの裏の条件を考慮することなく越権行為に酔い痴れてしまい、人を苦しめたり対立を生み出したりすることになる。共感や同情を示す際にも相手に今それが必要と直感で感じるからこそ示すべきなのであってそれを道徳や美徳としたりイエスマンになるような人は良い友人でもビジネスパートナーでもない。

 知恵というものは危機に直面した時にこれを回避するために考え出すものであるから明るいバカは人に愛されて育ってきたことの象徴として保護するべきだし、「私バカだから」と卑下する必要も無いと思う。むしろ私が知らない幸せな世界を知っている人にはそれを忘れないでもらいたい。厄介なのは不幸なクセにバカな人である。彼らの悪知恵は人類に復讐するための呪いでしかないので早急に現実逃避をやめて正しい知識を身に付けていただきたい。幸せを知る人は家庭にも職場にも社会にも海外にも絶対に必要だが不幸を保存する理由はどこにもない。・・・世の中が幸せな人と勉強家の二大政党で成り立っていたら世界平和を維持することなど容易いだろうに。不幸なバカは登下校中の小学生を狙って車で突っ込んだり、穏やかに暮らしている老夫婦を騙して金や土地や健康を奪ったり殺したりする。マスコミは前者の事件の多発になぜ「模倣犯」という言葉を使わないのだろう?犯人たちが子どもを轢きに行く前に酒をあおっているということは計画的な犯行であり、背後に指示役がいる可能性も高いのだから闇バイトとの関連も疑われるはずなのに彼らはケーサツが予算をもらいたい時だけそれを援護するように模倣犯を疑う。ついでに言えばポリ公と米軍は私への監視の執拗さを考慮すれば明らかにテロリストや反社の犯罪行動を見逃し利用している。幸福な人々と勉強家は怒りの矛先を全て金とビジネスに従順なバカとマスコミとケーサツに向けるべきで思い通りにならない人や動作が遅い人にイラつくべきではない。

 大掃除をしていて思うのは家族とはいえ他人が溜め込んだ物(や罪)のせいで私が悪影響を受けるのは割に合わない、不公平だということ。だからみんな実家を捨てて新しい家で人生をやり直すのだな。しかし掃除をしなければ、考えを変えなければ何十年でも不幸な状態を持続させ、入ってくる幸福さえ効力を発揮させないというのは明らかに役割を理解していない奴の処理法だなと思う。人は変わるために幸運や支援や資産が必要で変わるための援助をしてもらったことに感謝をし、与えた方も感謝されて自己効力感を満たすことが出来るのにここの(祟り)神は考えを改めない奴にばかり利益を与え、自己効力感を満たす機会を捨てているだけでなく、廃れるべき者どもおよび人民を苦しめる者を保護しながら「我に祈れば加害者の輪に加えてやるぞ」と奢っている。そのような存在に私たちが祈るべきことは「ご自身の力と役割を自覚して加害者サークルを解体してください」ということであろう。質の悪い人間と付き合っても格を下げるだけ、それで金でしか幸福を量れなくなれば人の心が離れていくのは当然でそれでも格が下がってなお以前と同等の尊敬や畏怖を心ある人々に要求して「神」というサインを殊更誇示するならばもはや動物霊の仕業である。彼は私の説教に対し「自分と同じテンションの言葉でないから聞かない」と耳を塞いで暴力による報復を繰り返す。チンピラを唆す。自分だって人間に感謝して生きているわけでは無いくせに。要するに彼をもってしても組織悪と戦えず、人間の純粋な要求に応えられなくて失望され、罵声を浴びせられることを恐れて組織悪にへつらい、尊大さを演じているのである。彼のこの態度に私は「ならばあなたが間違っていることを知らせるためにあなたを殴る手段を与えてください」と要求したが、高尚な僧侶たちは動物霊に従って幸福を求めても世の中がおかしくなるだけだと悟って世俗を離れ、修行に人生を捧げることにした。しかし神は彼らの真摯な姿を見ても過ちを悔いることをせず、彼らを窮乏させて苦しめ、政治利用してテロに走らせ、同時に質素倹約に正直に暮らす人民にも報いない態度を硬くした。それでも修行者と質素に暮らす人々にも現状維持に必要な財と健康だけは保証してくれた(?)ため、仏教者たちは「この世は苦しみに充ちているが、一心に祈れば(それぞれの)極楽浄土に行ける」との結論を出したのではないかと思う。人間は人間脳を進化させたことにより霊性を備えた存在となったため動物霊に従うべきではないし、願えば人間自身で極楽浄土を創造することができる。

 ビジネスは加害者サークルへの勧誘である。だからアルバイト如きの仕事と給料で若者たちが培ってきた幸福な体質やリズムを破壊するべきではない。

 そもそも仕事というのはニーズから生じるものであって「職業」ありきで人々に押し付けるものではない。したがって政権が不祥事を起こしたことによって生じた仕事は野党が処理するのが自然なこと。政権交代までは行かずとも野党の裁量による人事異動や罰則を受け入れるのは当然である。しかし役割分担を理解していない人々はただ勢いがある人や団体を無条件に支持してやりたい放題やらせてしまう。それこそ占領後の略奪のように。皆が同じ物を欲しがっているという体で大量生産・大量廃棄を常態化している大企業の体質も暴走の一種であろう。彼ら金の盲者たちはすべからく動物霊の真似事をしてサインを示して相手を思い通りに動かそうとし、非難および反対されると報復しなければ気が済まない。彼らは今やコミュニケーション能力さえ動物レベルで文章で話すことができないし、聞いて理解することもできない。一言で変換できないと理解できないのである。そんな人とは意思の疎通も人権を守ることも不可能なのだから腹を立てて苦情を申し立てるのは当然であろう。それがあなたの役割ですか?

 多くの人が個々の状況における自分の役割や振る舞い方を察することができず、またその判断によってお金を適切に移動させることができない集団レベルでベーシックインカム制を導入することは愚策である。一層状況判断能力が低下することが目に見えているからである。社会制度も教育と同じく人々が身に付けておくべき能力を習得するのを助けるものでなくてはならない。それにその制度には政敵を迫害することを当然とする思想を保存する目的が含まれているし、金で犯罪や殺人をやらせる悪習を断ち切れるわけでもない。社会にできない人が増えたからといってそれをしなくて良い方向に社会を変えていくことは役割分担の放棄である。できないことをできて当然にすることでその民族の幸福観や文化を継承し、特に若者のホスピタリティーを養う。教育や社会習慣はそのためにあると私は考える。

ホスピタリティーと直結していることと言えば離婚率の増加や結婚率の低下である。評論家はそれを経済的な理由や子育て支援の不備に求めているが、私はそれらを含めて人々の役割分担の意識の低さに問題があると考える。金がないから結婚できないなら給料を上げればいいのに企業はこれに応じない、長期の育児休暇にもいい顔をしない。女性が結婚および出産のために一時離職するのも休職扱いにしてあげない。(その職場が嫌いで辞めた人はさておき) 困難を乗り越えるためには先立つものが必要であるという常識に対してその支給を受けることをズルいと思っている人が多すぎるのだ。祟り神と同じく変わろうとする人に富やチャンスを与えない。人々がドラマの名言として記憶している「同情するなら金をくれ!」というのも役割分担を理解してという訴えである。変わろうとする人を盛り上げないから社会が回らない。神も人々も感謝の念が起こるような生活、かつその感謝の輪が連鎖的に広がっていくような人生を推奨していないし、演出もしない。そのような働きかけにも懲罰や救済のイメージが関わってくるので感謝に疎い人は適切な懲罰や救済を施す能力も乏しいことになる。個人主義とか自己責任とか自分の身は自分で守れなどと勇ましいことを公言する人たちも役割分担を理解しておらず、彼らが政治や警察を悪役の職業に仕向けているのだ。つまり人格が最悪でもテストの成績さえよければ、また資格さえ取れば高い地位を与えても構わないとして人間が生まれ持った正義観や幸福観を破壊してエコノミックアニマルのビジネス思考に若者たちを洗脳していく。彼らがそれらに代わる価値観として植え付けている「共感」は明らかに役割分担の意識よりも実用性の低い知識である。察するべきは相手の感情ではなく必要なケアと賞罰だからだ。結婚生活で言えば家事をしてくれる妻に必要なのは感謝してもらうことではなく彼女も実家暮らしに戻れば今すぐにでも母親に家事を任せるであろうことを想像して家事を暇な人や時間のある人の仕事ではなく家族の仕事なんだという自覚を持ってやりたくなくてもやるんだと考え直すことである。特に自分が溜め込んだゴミやネガティブ感情のせいで家族を不運にするなんて許せないなと真剣に思うことが集団生活には大事だと思う。女性はそのあたりのことも共感に含めているから不満を口に出さないんだ。お節介な人が女性に多いのも実は役割分担を理解しているから行動にそれが現れるのだ。例えば結婚適齢期の女性に母親や近所のおばさん連中が結婚をしきりに勧めるのは男性社会の不安定で差別的な環境であくせく働くよりも家庭という土台を持って安定を手に入れた方が幸せだと思うからで仕事は安定を手に入れて(子育てを終えて)からじっくり取り組めばいいと考えているのである(現実的ではない)が、働く女性からすれば役割分担を理解しない男と暮らしても苦労を背負い込むだけで、むしろ人間不信が強まるし、身動きが取れなくなるし、休息の場や一人になる時間も奪われる、それに子どもの世話や姑との関係にあくせくするのも同じことだなどの言い分がある。しかし母親がうるさいから連絡を絶つとか年末年始にも帰らないという選択をしても母娘関係を分断しても幸福の伝承が絶たれてしまうだけで社会全体としても損失なので年配者のお節介が機能する社会に作り変えなくてはならない。資本家ファーストの世界が人類の敵であり克服の対象であることは言うまでもない。

Twitter(Xよりもやはりこっちの名前の方が好き)で「応援」を検索するとほとんどの人が「お願いします」と書いている。私の検索結果で「応援します」と書いているのは土井善晴さんと岡本玲さんだけ。この二人は他のポジティブワードでもツイートが出てくるので良い人たちなんだなと思って嬉しくなる。この人たちを好きでよかったと。

 「人に認められたければ人の欠点を責めるな」と言うが、醜い顔のように隠すことの出来ない欠点には指向性がないのであえてそれを指摘する必要は無いだろうと私も思うが、隠すことの出来る欠点には指向性があり、彼はそれをさらす人をなめているので被害者は名誉回復のために怒るのである。ここでも役割分担の話をすれば第三者は自己責任の立場から被害者が彼の承認欲求を満たしてやって欠点を隠す対象になるべきと諭しているのだろうが、被害者側からすればむしろ第三者が彼を承認してやって加害行為を慎めよ、欠点を直した方がいいと諭すべきであって被害者に加害者を承認する義務はないと強く主張する。それに加害者は承認してくれる人は同時に加害行為を矯正し、監視・干渉(お節介)してくることを知っているので世間から距離を取ってコソコソと孤立した人を狙うのであり、あえて嫌われている相手に承認を求めることで加害行為を正当化しているのであるからターゲットから引き離すのが当然の対策なのである。・・・自分以外で発散してこいというのは不妊症妻による風俗通いの許可とかインポテンツ夫による浮気の許可の類ですか?そんなことは馬鹿げてる。「テンションが合わない主張は受け付けない」という態度は役割分担への無理解や社会性の低さにつながっている場合にはたとえ幸福な人でも許されない。

 私のケースだと世間の人々は私の哲学や変革案の承認さえ加害者団体に委ねているが、世間が私の被害報告を承認し、併せて変革案を承認することによって政府、ケーサツに敗北を宣告すれば迅速かつ確実に解決するし、数や権力をサインとして屈服を迫る連中への対抗策としてもそれがセオリーだと思う。なぜわざと役割をずらすのか?どの分野からも聞かれる「想いが伝わらない」という嘆きは人々が瞬時に相手のテンションを把握してこれに合わせる能力が衰えており、併せてその副作用として全体を俯瞰して見る能力、状況判断能力そして役割分担(合理的解決)のセンス(お節介力)を失っていることに原因がありそうだ。ために面倒なことに巻き込まれないためにはたとえ恋人のためでも承認してやらないという気持ちが結婚を遠ざけているのではないか。私だってテレビやSNSを面白くないと思っているが、人の想いを受け取らない人々とも私のテンションは違うだろう。

 悪意は雲や煙のように体積があるが善意は光のように体積がない。したがって人は悪意や思い込みに捕われている時には光を取り込めないだけでなく周囲の人に降り注ぐ光をも遮断してしまう。

動物霊の真似事をする人はサインによって相手を動かそうとするが、霊性としての人間は愛や言葉(説教や励ましを含む)や笑顔、音楽、芸術によって他者に影響を与える。人間は言葉と霊性を手に入れたことによって神を超えて平和的に世界を変える術を知った。しかしこれに適応できない愚か者と半地縛霊どもは愛、言葉、音楽、芸術をも人民支配に利用して新興宗教や美人局、詐欺、洗脳政治、秩序破壊の扇動などを行う。普通の動物ならこういう連中は性淘汰するなり追放運動をすることで簡単に克服するのだが、人間は頑なに淘汰を拒否するのでより難しい、高度な方法で彼らを克服しなくてはならない。・・・役割分担くらいできなくてどうする?この世には罪をリセットする機関がないので罪人は前世も来世も罪人であり続ける。人間に彼らを0.5秒で見抜く能力が無いわけがないのだから悪役商会(芸能事務所)みたいに悪党を隔離する制度を作るべきだと思うけどね。

さて世間はどう動くか。

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