まとめてつぶやき1104 消費税の減税について思うこと

一月二十三日、高市総理大臣が衆議院の解散を宣言した。選挙戦の争点は消費税減税だと言うが減税と総理の「働きます」宣言の間にどんな関係があるのか私にはわからない。日本人はプロセスを説明できない(重視しない)ことで有名らしいが、有権者の方では人生を深掘りすることなく、とりあえずお金があればオールマイティーのイベントに対処できるし、降りかかる人災にも耐えられるということで生活費の保障ばかりを求め、政治家の方でも選挙なんて下々民の初詣(願掛け)みたいなものだと軽く考えているから「減税してやるから投票しろ」なんて独裁的な公約(秘密主義)を恥ずかしげもなく掲げられるのだろう。常識ある社会人なら金のやりくりを駆け引きになんて使わない。

ネットで消費税の減税のメリットとデメリットについて簡単に検索してみたが、よく分からなかったので自分の解釈で意見を述べさせて頂きますと、それが貧困対策なのであれば網で魚を採る排他的な利益団体と竿で魚を採る自立した中小企業から同じようにリリースを要求すれば後者から廃業者が出るのは当然で、それは中国船にサンマを根こそぎかっさらわれて不漁になったのに日本の漁船に猟奇や漁獲量の制限をかけて回復させようとするようなもので全く的外れな規制であります。サラリーマンの給与が上がらないのも結局企業間の利益に格差があって豊かな経済グループが好き勝手に示す物価上昇についていけないことに原因があるわけで、まずは彼らに自立した企業の生存を認め、妨害や圧力をやめるよう制約を儲けなくてはならないと思います。

そしてそれは政治の仕事ではなく、全ての日本企業が公平な発言権を持って臨む企業同士の会議によって議論されるべきことです。経団連の会長が一方的に決定事項を通達する方式は民主主義ではない。日本人は「頑張れ」と「頑張ります」だけで関係が成立してプロセスもゴールも期限も明確にしないからサービス残業や汚職や忖度や身内びいきや同調圧力がまかり通り、アメリカや諸隣国や彼氏や犬に横柄な態度を取らせる一方で彼らに支配される側の人はうつ病や過労、心労に悩まされて自殺してしまったりするのです。

日本社会はままごとの配役が重視され、必ずどこかの団体に所属して与えられた役割を期待通りに演じることが求められています。そのため個々人も相手にそれを期待し、独創的な言動や仕事をする人をずるい、自分勝手、うらやましい、妬ましいといって冷遇し、異論をはさむ人を裏切者と敵視し、恋人や我が子の勝手な行動に「私を軽んじている」と怒ったりします。それは日本人が日々の生活も仕事も組織も固定化、ルーティン化して変えるつもりがないから余計な心配や疑いを考える心のコストを節約するために効率化を図っているんです。それを考えずに済ませたなら自分や集団にとって付加価値となることを新たに考えればいいのにそれもしない。批判や異論も相手に伸びしろを与える物と考えれば建設的にそれを発信し、あるいは受け取ることができるのにそう思わないから相手を委縮させたり信念を変えさせるような批判しかできない。それが習慣化すると待遇が変われば対応を変えるという願掛けスタイルが身に付いて許可鳥の申請に徒に若さを費やす人生を送りがちになり、ポジションが固まったら今度は許可出しを仕事と考えて偉そうなリアクションを用意して人や新しい商品に臨むようになるのでしょう。独りでどれだけ努力しても革新的な提案をしても意味がないから権威ある人や世間に気に入られて打てば響く状態になってから鐘を打とうと打算し、その戦略を集団が共有することで集団圧力が形成される。世の中を良くしようとする改革者よりも圧力団体や右翼団体がもてはやされるのはそのためです。「良くなった世界は誰が私に許可を出すのか」「平凡でいること、怠け者でいることが許されない社会になるのではないか」「そんなのは嫌だ」。このような文脈で利害関係や人間関係を考えるから本来ならプロセスさえ言ってもらえば努力をそこに集中してそれ以上を要求されずに済むので自分らしく適度に距離を保って相手と付き合えると考える人が尊重されるはずなのに感情のままに選べない選択肢ばかり選び、相手が神様のようにそれを察して人間関係を円滑にする努力をすればいいと考えて他人を彼の妄想の世界に縛り付ける子共じみた人が優遇され、市民権を得る社会になってしまう。

頑張り屋さんは馬鹿にされることは優しさではないことに気づかなくてはなりません。優しい人でいるためには相手の状態を瞬時に把握するための知識が必要で、愛情深い親からもらった基本的信頼感を信じ、物怖じしない感性に任せて相手の土俵を渡り歩いても相手に基本的信頼感がなく、ゆえに「何をして生きるのか」というアイデンティティーの軸となる人生のプロセスが定まっていなければ優しさは厳しさや無償奉仕の申し出としか受け取ってもらえません。したがってそういう人と不運にも付き合っていかなくてはならなくなった時には相手にゴール(真意)とそのプロセスを説明することを教え込み、常識ある社会人になれるよう教育することでカッコウの托卵の論理に吞み込まれないようにしなくてはいけません。私たちの脳もただ夢想し、願掛けするだけでは目標の実現に必要なチャンスや資材を引き寄せてはくれないようですから同時に脳の扱い方も学ぶべきでしょう。

日本人のまめまめしさはスタート材とゴール材をつなぐ接着剤としては利用価値がありますが、スタート材と接着剤は分厚く、ゴール材は鹿せんべいのように薄っぺらいという現状は次のステージへのステップとして機能せず、成功者に海外へ出る以外の選択肢を与えていないので変えなくてはいけません。ゴールはそこに留まる人々にとってはいつまでも栄光の地かもしれませんが、情報としてそれを受け取った後輩にとってはプロセスに過ぎませんから古株がうじうじと粘着物を分泌して業界の癒着やしがらみを強化していては迷惑です。芸能界という業界組織もそろそろプロセスであることを認めてタレントたちの踏み台になってやることは言うまでもなく、スポンサー企業だけが彼らを利用できるシステムも変えるべきでしょう。

話を戻してこれらのことも含めて日本社会は米国政府の国際犯罪脅威評価で「世界最大で最も強力な犯罪シンジケート」と呼ばれているヤクザを解体すべきです。「ヤクザは外国企業の強引なビジネス戦略から日本企業を守るための必要悪だ」というのは感情論であってその目的以外には機能させず、日本国民には一切危害を加えさせないし、ドラッグのバラマキや反社会的勢力や闇バイトへの勧誘も中小企業や学校や病院あるいは個人への脅迫行動も政府が責任をもってコントロールしているし、公益通報者の保護もちゃんとしていると公言できなければ社会システムの一つとして認められることはありません。法治国家においては国民も法の管理に携わっており、人権が保障されている限りにおいて強制権を発動する権利があることを理解しなくてはなりません。

それからどこかの政党が言っていた「手取りを増やして経済を活性化させよう」というスローガンも国民感情と乖離があると思います。人々は貯蓄を増やして安心したいと思ってているはずだし、仕事において欲しがっているのはお金じゃなく評価のはずです。そして同じことの繰り返しにかかるコストをなるべく抑えて旅行や趣味やリフォームや新しい活動のために使いたいと考えるのは人の常であっていつまでも生活費(程度)のコントロールができない状況にかなりのストレスを感じているでしょうし、かつかつの生活の中で必要に迫られて大きな買い物を強いられることにも大きな不安や不満を感じていると思います。生活費の議論をするならこの不安の解消を図るべきでしょう。はっきり言ってもう今の政治に関わっているすべての人に国民は飽きています。そろそろコントロールされて下さい。

・・・しかしながらグローバリスト信奉者の著者が書いた『日本が世界一「貧しい」国である件について』(谷本真由美/@May_Roma、祥伝社)によれば彼らは「超ノマド」を中心とする国境のない世界を造りたいらしいです。「ノマド」とは英語で「遊牧民、移動する人々」を意味する言葉でフランスの元高級官僚で経済学者、思想家、作家、グローバリストであるジャック・アタリが著書『21世紀の歴史――未来の人類から見た世界』(作品社)で述べた概念で「21世紀はノマドの時代になる」と宣言しているそうです。続けて引用すると(P.100~)本書が指すノマドとは自身の専門的なスキルを武器に住所や職場にこだわらず転々と移動しながら世界的に標準化されたスキルに応じた報酬をどんな地域でも受け取って自由に暮らす生き方のことで、特に国境を越えて移動する人のことを「超ノマド」と呼ぶそうです。アングロサクソン系の組織では事務系や専門職のスキルや給料が業界横断的にある程度カタログ化されているからそれが可能なわけで日本にはこうした仕組みがなくて遅れているから大企業に勤めても社員の専門性が高まらず、しかし不文律を叩き込まれるので日本以外あるいはその会社以外で通用せず、報酬以上の仕事を要求され、育児休暇や子どものための早退に嫌な顔をされ、自分の意見を言うことがはばかられているのだと主張しています。

しかし一方でノマド社会の弊害として才能がない人や平凡な人がより低い賃金で働くことや非正規雇用に追いやられ、あるいは外国人労働者の受け入れと入れ替わりに彼らが海外へ出稼ぎに出なければならない可能性を示唆しており、これにベーシックインカム制度とA.I.化社会の構想を組み合わせると「才能がない人は非効率で邪魔だから働かなくていい」ということになり、すでにその政策が進行しているイギリスでは上から下までやる気が削ぎ落とされて故障を抱えた電車が修理費がもったいないという理由でだましだまし使い続けられ、ダイヤの遅れが日常化し、運転手が平気で寝坊して職務を怠慢していることにも皆が諦めきっているそうです。日本でも消費税減税と紐付けて社会保障制度の整理が議論されていますが、確実に質を低下させてくるでしょう。その上でイギリスのように「適度に?」いい加減な民族性に上書きするために黒服のコスチュームを着てせっせと退廃的なことをしている連中がいます。政治家はノマドになれず世界からなめられ、経団連もグローバリストの著者から頭が悪いと言われている有様で、警察もヤクザも乞食もマスコミも到底世界で通用する人材ではなく、彼らの規格に見合っていないのに共謀者の大会社の社長の子息や芸能人とその子らに超ノマドを目指させて見栄を張っている状態ですから私のような非力な日本人の批判者に虚勢を張りながら大人しく彼らの言いなりになって売国を進めるしかなく、それを国家の目標として公言することもできないのです。基本的信頼感が養われていないユダヤ人による人類へのしつこい復讐かスパイ戦争の激化といったところ。隙間バイトはその走りでしょうか?プロジェクト一つ単位での雇用期間も想定していますから各社のメインコンピューターに爆弾(サイバー攻撃)を仕掛けるためにスパイが送り込まれることも十分考えられます。まあ日本でのニーズは少ないでしょう。私たちは曲がりなりにも仕事は信頼関係でやるものだと教えられていますからスパイや人を利用し合う関係なんかには向かないのです。

私はお金は人から支えられるために所有するものではなく、人を支えるために所有するものだと考えます。さらに与えられたものをどう膨らませるかを考えます。政府でも会社の社長でも大きな資産を扱う人には多くの人を支える義務があります。古代に遡って考えるならお金は田畑と同じで広大な土地だけ持っていても何の価値もありませんがその土地を利用して多くの人が労働をし果実や利益を作り出すことで価値が生まれます。国家の共有財産であるお金をどれだけ負担して社会奉仕活動をすることができるかということに資産家の資質や価値があり、したがってイギリス人のように高給取りは増やすけれど公共交通機関の修理にさえお金を出さないような人やアメリカ人やユダヤ人のように金の力で他人の人生を狂わせることばかり考えているような連中は資産家を名乗る資格がないと思います。また地域の人々の気質や胃袋を支えてくれている人々に感謝できずに簡単にひねり潰してしまうヤクザや政府にも大きな資産を扱う資格はないと思います。大型スーパーに人々が集まるのも小さい店が彼らと価格競争を戦えないのもお金がないからであって人格的に大企業を信任しているからではないということを彼らは自覚するべきです。少数精鋭の方が面白いことや革新的なことをするの決まっているからです。弱者にお金がない状況を作り上げているのは誰ですか?彼らは自分たちが庭の犬であることを恥じて馬鹿げた野心を取り下げて真っ当な社会人になるべきです。そして社会性が低い人ほど金を欲しがる心理に規制をかけるべきです。―――社会保障や公共機関の健全性を維持するのは税金だけですか?それで本当に守れますか?

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